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2018
09.18

劣等感と才能の侵食。『累 かさね』感想。

kasane
2018年 日本 / 監督:佐藤祐市

あらすじ
よかなーん!



顔に大きな傷のある女性・淵累は、それを塗ってキスをすると顔が入れ替わるという不思議な口紅を母親から遺された。天才的な演技力をもちながら顔の傷のために表に出れない累は、ある日容姿に恵まれながら大成できない舞台女優の丹沢ニナと出会う。口紅を使ってニナと入れ替わり舞台に立つことになった累だったが……。松浦だるまの同名コミックを実写映画化したサスペンス。

頬を切り裂くような大きな傷がコンプレックスとなり、まともに人と接することもできない累。そんな彼女が亡き母親の知り合いである演劇業界の男・羽生田に誘われて会ったのは、自信家で高慢な舞台女優、ニナ。スランプだというニナの代わりに累が舞台に立つことになるのですが、その方法が「キスをすると顔が入れ替わる」という奇妙な口紅を使うというもの。この顔入れ替え設定についてはファンタジーかオカルトか『フェイス/オフ』かという感じですが、それはあくまで舞台装置であり、顔が入れ替わることで「重要なのは顔か中身か」という問いかけが成されるというのがポイントです。そしてニナの顔の累が世間に認められていくにつれ、一体どちらが本物なのかというアイデンティティまで曖昧になっていくのです。顔を替えることで心の奥に隠したものが徐々に表出し、ぶつかり合い、混ざり合う二人の女性の対峙。これは壮絶。

ニナ役は『青空エール』土屋太鳳、累役は『64 ロクヨン』芳根京子。入れ替わることで両者とも累、ニナそれぞれを演じることになるわけですが、これが凄い。いや正直、土屋太鳳をナメてました。すげー嫌な女と自閉気味な女を自在に行き来し、下手と上手を演じわけ、結果的にサロメも演じるという、まさに「女優!」という驚愕の演技。芳根京子もまた、睨み上げる目の力や表情の変化などとにかく迫力で、累とニナの境界を見事に行き来します。二人とも他人を演じながら自分を出していくという役なので、どちらがどちらかわからなくなるほど。二人を結びつける羽生田役には『沈黙 サイレンス』浅野忠信、胡散臭さの裏にある偏執的な面が際立ちます。ほか、累の母親である淵透世役に檀れい、若き舞台監督の烏合役に横山裕といった顔ぶれ。

「醜い」という設定である累役が芳根京子というのは美しすぎるのでは、という声もあるようで、確かに傷以外にぱっと見の醜さというのはないんですが、この傷こそが目に見える劣等感としての象徴であり、累の醜さ=歪みの部分と言うのは芳根京子の演技で十分すぎるほどまかなえているので問題ないんですよ。むしろ累とニナのどちらがどちらかを傷の有無で判別しなければならなくなるくらい、主演二人のせめぎ合いが凄まじいです。

↓以下、ネタバレ含む。








口紅による入れ替わり、ルールとしては口紅を塗ってキスをした相手といつでも顔だけが変わる、元の顔にあるものは傷やクマなどもそのまま、入れ替わってるときに付けた傷などは元の顔に反映される、というところでしょうか。顔の形や大きさが合わない場合どうなるか、男女間でも入れ替わるのかなど細かい点は謎です。原作は未読ですがその辺り言及されてるのかな?とは言え、そこに理詰めの説明を付けてもあまり意味はないでしょう。あくまで顔が入れ替わるという現象が起こる、そしてそれが累とニナの間で起こる、ということこそが重要だからです。また、12時間経つと元の顔に戻る、というのもポイントで、これがカウントダウンによるサスペンスを高めると同時に、入れ替わり続けるならずっとそばにいなければいけないという制約、そしてそのために相手をどうするか……というおぞましさにまで繋がります。

あとは女性同士のキスという絵的な美しさ、みたいなのはあるでしょう。土屋太鳳と芳根京子がむっちゃチューしてる!みたいな興奮も人によってはあるかも。唇が触れ合うときの粘着音をしっかり拾っていて、これが生々しくてちょっとエロいです。ただあまりに何度も繰り返すので、その辺りはだんだんマヒしてくるんですけどね。本来憎み合ってる二人なので、個人的には百合という感じもそんなにしないんですが、でもこの二人の運命共同体としての関係性はある意味百合を超えてると言えるでしょう。それにしても二人の演技、それぞれの累のとき、ニナのときに違いを感じられなくて、本当に顔だけ入れ替わってるように見えるのが凄い。もちろん服装とか映し方とかの工夫もありますが、徐々に変化していく累とニナの関係も取り込みながら、演技を合わせていくというのが見事ですよ。土屋太鳳はわざと少しだけ下手に演じる加減とか、あと舞台シーンでは『るろうに剣心 京都大火編』で見せた身体能力が活かされてて、まさにこういう役こそやってほしかったというのを実現。芳根京子は初めて意識して観たんですけど、劣等感を抱えたままで徐々にニナを侵食していく姿は薄気味悪さ満点ですね。

「美しい者への称賛と自信」を知り、天性の才能を開花させていく累がやがてニナの人生を奪うわけですが、その残酷性はニナが最後まで累を陥れようとするタフさのために薄れ、徹底して「対決」として描かれるのが面白い。目が覚めたら5ヶ月も経っていて事態が全く変わっている、というシーンはかなり衝撃ですが、それでも折れないニナ強い。その上で「教えてあげる、劣等感ってやつを」という言葉のように、見た目からくる劣等感を抱えて生きてきた累は、ニナに女優としての劣等感を植え付けるのです。美醜の優劣を覆したとき物語は才能の優劣へとシフトし、結果持つ者と持たざる者に分かれるという残酷ショー。そして最後は文字通り正面衝突。でも正直どちらに肩入れしてよいのかわからない、というバランスがむしろ良いです。

ただ、最後に時間を5分だけズラした、というのはリスキーすぎないか?とは思います。あと実は累の母親も人の人生を奪っていたとわかるものの、母が死んだとき顔は誰の顔だったのか、実家の写真ではニナが気付いたように女優の顔だったようだし……というのも不可解。また累が演技の天才というのは伝説の女優を母に持つから、という一点にのみ依っているというのもちょっと弱いです。羽生田がどうやって累の演技力を見出したのかもよくわからないし、ニナの人生を奪うという欲望は累の本心なのか、累にその母の姿を見たい羽生田のエゴなのか?……といったような細かい点で色々気になるところはあります。ただ描写不足は尺の関係もあるだろうとは思うし、それに「偽物が本物を越える瞬間」というのを目の当たりにしてしまったために、些細な引っ掛かりも丸められて「凄かった」という一語に集約されてしまうんですよ。それこそ累の母に魅せられた羽生田のように。そこが快感なのです。

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