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2018
08.22

容赦なきサバイバルの街。『ブッシュウィック 武装都市』感想。

bushwick
Bushwick / 2017年 アメリカ / 監督:ジョナサン・ミロ、カリー・マーニオン。

あらすじ
もう結婚指輪は付けられない。



ニューヨーク州ブッシュウィック、家族に会うために彼氏と一緒に地下鉄の駅に降りた大学生のルーシー。しかし地上に出ようとしたルーシーの頭上で爆発が起こり、銃声が鳴り響く。見慣れたはずの街では、まるで戦場のように銃弾が飛び交っていた……。市街地が戦場となるサバイバル・サスペンス。

地下鉄を出たら街が戦場になっていた!突如戦場と化したニューヨーク州ブッシュウィックの市街地に放り出されることになった女子大生ルーシーが、謎の男ステュープと共に生き残りをかけた逃避行に挑む姿を描いた話。SFか不条理劇かと思いきや、これがすぐそこにあるリアルな危機の話です。特筆すべきは驚異的なワンカット長回しの連続。冒頭のヘリからの俯瞰シーンなどを除けば全部で10カットしかないらしく、全編通して長回しシーンが延々と続くので、カット数は体感的にはもっと少ないです。さらには銃を構えた軍人がいきなり撃ってきたり手榴弾が炸裂したりヘリが飛び交ったりして、普通の市街地がいつ撃たれるかわからない戦場になっているという緊張感。そしてなぜ戦場と化したのかという謎。臨場感に満ちた終わらないサバイバルをリアルタイムで経験することになる、凄まじい94分です。

ルーシー役は『ピッチ・パーフェクト』シリーズのクロエ役、ブリタニー・スノウ。ひたすら困惑しながら家族のもとへ行こうとするもその無力な感じが観る者に近い立ち位置。また謎の男ステュープ役は『ブレードランナー2049』『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズのドラックス役、デイヴ・バウティスタ。哀感に満ちながら抑えた演技が実にシブくて良いです。監督がゾンビ・コメディ映画『ゾンビスクール!』のジョナサン・ミロ&カリー・マーニオンというのが意外なんですが、戦争映画というよりはむしろゾンビ映画に近いテイストとも言えるのでなるほどなあと。ちなみに『ザ・レイド』スタッフ最新作、とありますが、これは制作が『ザ・レイド』シリーズの「XYZ Films」ということのようです。

道路と建物内を自在に行き来し、止まることなく動き続けるカメラワークには驚きで、これだけでも長回し好きは必見。加えて何が起きているかわからない不安、断続的に鳴り響く銃声の恐怖、容赦ない悲劇などが襲い掛かり、緊張感で気持ち悪くなってくるほど。現実があっけなく崩れて顔を見せる非現実に恐怖し、社会派なテーマに唸ります。

↓以下、ネタバレ含む。








地下鉄を降りても人がいないという不穏さから、火だるまの男が駆けていくという尋常ではない雰囲気、そして地下鉄出口でさっきまでラブラブだった彼氏がいきなり死ぬという容赦なさ。地下鉄に乗っている間にこの事態が始まったということなんでしょうが、直前までの呑気な現実からは想像もできないタイミングなので、パラレルワールドにでも来たのかと思います。ここからもう長回しは始まっており、この途切れない視点によって否が応でもこれが現実だと受け入れざるを得なくなる効果もあります。基本的にカメラはルーシーの後を付いていくので、曲がり角から覗く時の緊張も突然の襲撃も相当な臨場感。またカメラは別の人物に付いていって違う状況を映しながらまたルーシーの元に戻ったり、道路から建物へ、建物から道路へ、時には窓から建物内へと自由に行き来、バイクに乗って移動したりもして実になめらか。カットが変わっても時間は経たないまま繋がるので、なかなか気が休まりません。あちらこちらで断続的に鳴り続ける銃声などの音響も凝ってるのでなおのこと。あと意外と音楽が邪魔にならず、緩急を付ける役割を上手く担っていて良い感じです。

ルーシーはごく普通の女性であり、最初こそ軽率な行動をして危機を招いたりするものの少なくとも泣きわめいて動けないというタイプではなく、祖母や妹ベリンダを何とか助けようという強さを見せていきます(妹はラリってるけど)。それが最初は恐怖や悲しみだったであろうルーシーの心に、やがて「怒り」を植え付けていくんですね。理不尽な殺し合いへの怒り。恋人と祖母を失った怒り。知り合いの店主を殺した火事場泥棒への怒り。人を襲っている奴を咄嗟に撃ってしまうのも怒りの末の行動。しかし撃ち返されて左手薬指を失う、というのが容赦ないです。

一方ルーシーを助けることになる巨漢のステュープ、バウティスタが演じているというだけで無双感出そうなものですが、それを巧みに抑えることで生身の人間であることを意識させ、かついざというときは信頼できる存在として描かれます。窓から入ってきた若い軍人をブチのめして腕を折る、というのが容赦ないです。元衛生兵という設定により、傷の手当てに精通しながらサバイバルにも長けている人物になってるんですね。妻子が待っているというのになぜそこまでルーシーに付き合うのか、というのが引っ掛かるんですが、人がいいというだけではない理由のあることが終盤に明かされます。妻子のことを語るバウティスタの長台詞演技は見事。つまりステュープは生きる目的を失っており、逃げるのもただ生存本能に従っているだけなのでしょう。成り行きとは言えルーシーという守るべき対象を得たことで、ステュープは生き延びる理由を見つけます。

それだけに身の上を話したステュープがあっけなく、しかも兵士ではなくパニクった一般女性に撃たれるというのはショッキング。本当に容赦ないです。思えば本作は容赦のなさの連続で、祈ることさえ放棄して絶望で自殺する神父であるとか、助け合うかと思ったら妹を盾に要求をするギャングのおかんなど、極限状態に追い込まれた人間の弱さや醜さも随所に表れます。そもそもが政策に反対する南部の州が独立を掲げた軍事侵攻であり、予定通り鎮圧できないから制圧するという泥沼も容赦がありません。極めつけはあと少しというところでのルーシーのあっけなさ。そこからカメラは離れていき、燃え盛る街を映して終わるのです。この救いのなさは今のアメリカで起こりうる狂気の帰結です。10カットという実験的構造は、武力が怒りの感情を煽り生きる希望を奪い去るという説得力を持つための手法でもあります。ルーシーを撮り続けたカメラはそんな危うさを皮肉ったアイロニカルな視点なのでしょう。

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