FC2ブログ
2018
07.20

僕の宇宙を救うクマ。『ブリグズビー・ベア』感想。

Brigsby_Bear
Brigsby Bear / 2017年 アメリカ / 監督:デイヴ・マッカリー

あらすじ
中の人などいない!



外界から隔絶されたシェルターのような家で、両親と3人で暮らす25歳の青年ジェームス。彼は子供の頃から見続けてきた、着ぐるみのクマが悪者と戦う教育ビデオ「ブリグズビー・ベア」が大好きだった。そんなある日、家に押し入ってきた何者かにより取り押さえられたジェームス。それを機に彼は生まれて初めて外の世界に触れることに……。特異な設定で魅せるハートフル・クマ・コメディ。

閉ざされた建物内で慎ましやかに暮らす三人家族。まるで『10 クローバーフィールド・レーン』のような始まりで近未来SFかとさえ思わせますが、主人公のジェームスが突如外からやってきた男たちに捕らえられたところから事態は一変。彼らは警察であり、両親が本当の家族ではないことをジェームスに告げます。ここからどんどん思いもかけない方向に転がる話が実に面白い。重要なファクターとなるのが、着ぐるみのクマが悪党と戦いながら宇宙の平和を守る、ついでにお勉強にもなるビデオ番組「ブリグズビー・ベア」。人生を奪われた青年ジェームスがそれでも憎めないすっとぼけた顔のクマ、それは彼に変わらぬ情熱を与え、創作意欲を刺激し、新たな人生を手に入れるための鍵となっていきます。

監督デイヴ・マッカリー、脚本ケヴィン・コステロ、そしてジェームス役で共同脚本のカイル・ムーニーは『サタデー・ナイト・ライブ』で活躍する人たちなんですね。カイル・ムーニーの醸し出す、同情するけど若干めんどくさいナード感が実にイイ。多感なメガネっ子である妹オーブリー役ライアン・シンプキンズの複雑な家庭をもて余す感じや、スベンスことスペンサー役ジョージ・レンデボーグ・Jrの好奇心と情熱に目をキラキラさせる超ナイスガイっぷり、ヴォーゲル刑事役グレッグ・キニアのハンパない熱演姿など、登場人物も皆イイ。そして『スター・ウォーズ 最後のジェダイ』のマーク・ハミルをそこにキャスティングするか!というのも最高です。あとカウンセラー役、見覚えあると思ったら『ターミネーター3』のクレア・デインズじゃないですか!

かなりヘヴィで暗い設定のはずなのに、爽やかで生きることの喜びに満ちているのがスゴい。青春映画であり、ものづくりによる救済を描いた物語でもあります。宇宙を救うブリグズビー・ベア、その空虚であるはずの存在が一人の青年の宇宙を救う。素晴らしいです。

↓以下、ネタバレ含む。








赤ん坊の頃にさらわれて25年間、両親だと思っていたのは誘拐犯だったと知らされるジェームス。世界中の人と語らいたいと思っていた「ブリグズビー・ベア」も、世界中で観ていたのは自分だけ。当たり前だと思っていた自分の世界がある日突然偽物だと知るわけです。そして外には自分の知らない世界がある。監禁されて育った少年を描く『ルーム』を思い出すような犯罪行為の被害者であり、ヴォーゲル刑事がジェームスに「触られたか」と聞くのも性的いたずらを疑ったからでしょう。既に成人しており、本当の世界を新たに生きていかなくてはならない、という点では『トゥルーマン・ショー』のようでもあります。そしてこれは人生を取り戻すと言うよりは、特殊な状況で育った男がいかに自分の人生を手にするか、という話なわけですね。

ジェームスが限定的ながら知識もありコミュニケーションも取れるのは偽両親のテッドとエイプリルがそのように育てたからで、そこに大きく関わるのがブリグズビー・ベア。着ぐるみが喋る教育番組ながらそれにしか触れてこなかったジェームスは、観るだけではなく研究し考察してパソコン通信のフォーラムで議論するほどハマっており、完全に好きな作品に没頭するオタクです。作り物という認識はあるようですがあくまで物語の世界だけを論じていて、それを作るスタッフまでは思いが至ってないようですが、ともかく「人生のすべて」と言い切るほど好きなわけです。作者が古い父だと知って喜ぶのは、身近な人が創っていたという事実が嬉しくてしょうがないのでしょう。

それにしてもここまでジェームスがのめり込むほどの世界観を作り続けた偽父テッドがスゴい。設定からストーリーからデザイン、撮影や編集もこなし、ブリグズビーの声まで演じ(月の顔も!)、フォーラムの対応まで行い、なおかつそこに教育まで施すというこだわり。頭の後ろにテープを入れれば音に合わせて口が動くとかも結構スゴい仕掛けです。実生活でも、汚染された世界だという設定を作り、外に出るときはガスマスクを付け、食事前は握手をするという独自文化まで作り上げるテッドの凝り方は、ハッキリ言って異常です。ただ、そこには外部にバレないようにとかジェームスを外に出さないといった理由だけでなく、同時に正しいことを教えようという思想も見られるんですね。誘拐という犯罪をしておいて非常に矛盾してますが、それほどの手間をかけてでもジェームスを手元においておきたい、本当の息子として育てたいという愛情は感じます。だからブリグズビー・ベアは現実を補完するための虚構でもあります。

ジェームスにとってもそれは同じで、だからこそ本当の家族の元へ戻ってもブリグズビーのない世界に欠落感を覚えます。初めての映画や初めてのパーティー、初めての異性との行為などを経ながらも満たされない思い。しかしブリグズビーに興味を示したスペンスの協力や、ヴォーゲル刑事の計らい、そしてネットに上げた映像を世界中の人が見ているという共有感により、現実を補完するための虚構は徐々に現実を侵食し始めます。そして二度と新作は見られないと思っていたブリグズビーの続編を自分で作るという発想に至り、現実と虚構の境界はさらに曖昧になっていきます。それは端から見れば二次創作かもしれない、でもジェームスにとっては念願のクリエイティブな挑戦であり、同時にそれまでの人生を肯定することでもあるのです。

スペンスが超イイやつで、ジェームスのことをバカにしないどころか親しい友人になっていくのにはすごく救われます。突然現れた兄に最初は明らかに迷惑そうだった妹オーブリーが、共に撮影に臨むうちに打ち解けてジェームスと抱き合うまでになるのもイイ。何とか新しい生活に慣れさせようとする本当の両親が、ビデオのなかで「仲間と一緒に前に進むだけだ」とはしゃぐジェームスを見て、複雑な思いを抑えてブリグズビー制作に協力するのには泣けます。ヴォーゲル刑事の演技へのこだわりには笑いますが、それもジェームスによってかつての夢を思い出したからこそです。そして事情を知らずブリグズビーに出演していたシスター役の女性が、一度は断りながらも最後に映画に出演してるんですね。オリジナル・キャストにこだわるのは世のファンの常ですが、「愛してる、ずっと昔から」と告げるジェームスにとって彼女は初恋の相手(&オカズ)でもあったわけなので、観てる方も感無量。

ジェームスが自分自身で「ブリグズビー・ベア」の続編を作ることは単なる執着ではなく、共感し協力してくれる人々、そしてさらに多くの人々と、好きな物語を分かち合いたいという欲求でもあります。それはネットに上げたブリグズビーを気に入った人で満員の劇場で、「皆が楽しんでくれるだろうか」と吐くほど緊張する場面にも見て取れます。そして何より自分のために、自らが辿ってきた道を振り返り、さらにその先に進むための手段でもあります。25年間共に育ったブリグズビーを自身の解釈によって再構築することで、奪われていた人生に意味を与えるためです。それらの理由からブリグズビーの声はオリジナルである必要があるし、25年間育ててくれた人である必要があるのです。刑務所で申し開きをしていたテッドがジェームスの考えを知って即座にブリグズビーに変わる瞬間、そこには宇宙を駆けるヒーローの世界が一気に広がる。この場面のマーク・ハミルが、声の演技も含めて実に素晴らしい。

本当の両親、妹、友人、そして偽両親がジェームスに与えてくれた優しさ。テレビのニュースで取り上げられ好奇の目に晒されたジェームスは、それでも自身を支えてくれた優しさを受け入れ、結果万雷の拍手で迎え入れられます。もう自分がいなくても大丈夫と、最後に消えていくブリグズビー・ベア。それはジェームスが真の意味で自分の人生を手に入れた瞬間なのです。

スポンサーサイト
トラックバックURL
http://cinemaisland.blog77.fc2.com/tb.php/1406-ba43d64f
トラックバック
back-to-top