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2018
07.03

偽物と本物、過ちと正しさ。『万引き家族』感想。

manbiki_kazoku
2018年 日本 / 監督:是枝裕和

あらすじ
コロッケ食べる?



マンションの谷間に建つ古い平屋、そこに住む5人の家族。父の治と息子の祥太は生活費の足りない分を万引きで補っていた。ある日帰る途中に近所の団地で一人きりだった幼い女の子を見た二人は不憫に思って家に連れ帰り、そのまま娘として育てることになる。やがて家族の間にある事件が起こり……。『三度目の殺人』『海街diary』の是枝裕和監督によるヒューマン・ドラマ。

是枝裕和監督作というだけで期待していたところに、2018年の第71回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で日本映画として21年ぶりに最高賞のパルムドールを受賞、というとんでもない箔が付いた本作。11歳ほどの少年・祥太と、父の治と母の信代、信代の妹の亜紀、祖母の初枝が、古く狭い家で暮らす柴田家。この家族、和気あいあいとはしているものの何かがおかしい。しかも祥太が父と一緒にスーパーで万引きをする、というところから始まるのです。やがて見えてくる家族の秘密、そしてそこに加わる幼い少女ゆり。これは家族を模したコミュニティの、決して正しくない在り方を通して浮かび上がる家族の物語。どこを取っても意味のあるショットに唸り、共感ではなく実在感によって際立つ役者陣の演技に惹き付けられます。わかりやすい感動には振らず、それなのに心をとらえて離さない。重さはあるけど軽やかさもあって、スゴく良いしスゴく面白いです。

父・治役の『SCOOP!』リリー・フランキー、祖母の初枝役『海よりもまだ深く』樹木希林は是枝作品の常連ですが、今作では何と言うか、スリル満点。母の信代役の『百円の恋』安藤サクラ、信代の妹・亜紀役の『勝手にふるえてろ』松岡茉優も共に素晴らしい。とにかく皆自然すぎて、でもそのなかで時折見せる凄まじさというのが抜群というとてつもない演技合戦。祥太役の城桧吏とゆり(りん)役の佐々木みゆという子供たちもたまらなくイイ。また脇を固める芸達者たち、池松壮亮、緒形直人、森口瑤子、柄本明、高良健吾、池脇千鶴といったチョイ役で出てる人たちまで強烈。

台詞の端々や細かい動作、美術や撮影に至るまでいくらでも考察できる密度で、是枝演出が冴えまくり。ここがイイあそこがイイというのは山ほどあるんだけど、例えばリリーさんが「男は皆おっぱいが好き」と言うのは名言というより真理であり……いやちょっと待ってそういうことを言いたいんじゃなくて、例えばおれも松岡茉優の4番さんになりたいと心から……いやそれも違う、いや違わないけど、とにかくそんな枝葉の部分にまで言及したくなるくらい濃いんですね。家族というものを描き続けてきた是枝監督が、いま持てる力を全て注ぎ込んだかのような出来。温かさや愉快さと、悲しさやせつなさのせめぎあいが凄まじいです。

↓以下、ネタバレ含む。








柴田家が本当の家族ではない、というのは事前のあらすじ紹介などで知ってはいたものの、序盤では巧妙に隠されていて、帰宅時の様子や食事時の団らんなどがあまりに自然なので「おや?」と思うんですね。初枝を訪ねてきた男が「息子さん福岡だっけ?」と言うところでようやく似非家族であることが示されてきます。なぜ治や信代が初枝の家にいるのかは謎のままですが、それぞれが抱える秘密というのは徐々に、かつさりげなく語られ、彼らが家族として集うようになった経緯はりんを迎えてからの経緯に垣間見ることができます。なぜ彼らが一緒に暮らしているのか、ひとつ言えるのは、皆が本来の家族と上手くいってない、あるいは家族としての繋がりを求めるがために一緒にいるということでしょう。

治と信代は客と店員という関係だったようですが、信代が子供を産めない体であるというのは子供たちを育てようとすることに繋がっているのでしょう。信代の腕にはりん同様に虐待を受けた傷があり、その傷をりんが撫でるシーンは、傷を舐めあうというよりは苦しみを知る者のいたわりのようで優しいです。これは終盤でりんが実の母親の傷を撫でて怒られるのとは対称的。治は適当で道徳心に欠け、ふにゃふにゃした歩き方が情けない感じも与えますが、悪人ではないんですね。治で印象深かったのは仕事で来た建設中のマンションで、自分が家に帰ってくる姿を想像して「祥太ぁ」と呼びかけるところ。祥太少年の元に父として帰ってくる自分を想定してるのか、あるいは「祥太」が治の本名であることを考えると、自分が子供の頃に父親にそうされたかったということなのかもしれません。

そんな二人のセックスシーンは、そうめんを食べるという食欲からダイレクトに性欲へと繋がっており、それができるというのが二人の関係の深さを物語ります。背中にネギが付いてるとか、治が「できたろ?」としつこく言うのとかもちょっと可笑しい。治が亜紀との会話で、信代とは今はそんなんじゃない(やってない)みたいなことを言いますが、それもまた結婚してから長い夫婦のようです。逆に治と亜紀が二人きりのシーンは妙に性のニュアンスが漂っていてスリリングで、二人が本当の家族ではないということを意識させられます。

初枝は元旦那の息子の家に来て金をせびるということをしており、しかもその長女である亜紀を自分の家に住まわせています。家族を持てなかった恨みを、自分を捨てた男の家族を奪うことで復讐しようとしたのでしょうか。亜紀は本当の家族が存在しているのに自分はオーストラリアだかに行ってることになっていて、JKリフレで働きながら日本にいる、というちょっと特殊な立ち位置。彼女としては次女である妹を可愛がる両親への反抗心なのでしょうが、初枝とは本当の祖母と孫のように仲がよく、それは偽りではないように思えます。亜紀はお店で「あ」しか言わない「4番さん」が自身を殴った手のあとを見て「私も自分を殴ったことあるよ」と言うように、自分への苛立ちであるとか妹へのコンプレックスなどが強いのでしょう。信代ともわりと親しげなのがちょっと意外なんですが、それは柴田家では彼女は信代の「妹」だからなのかもしれません。それにしても松岡茉優のおっぱいが(略)。

そんな人々が古い平屋のとっ散らかった部屋で過ごす様子からも社会的には底辺の生活をしていることは伺えます。ただ年金暮らしの初枝を除けばみんな日雇いやクリーニング屋といった仕事はしているので、全く収入がないわけではないんですね。そう考えると万引きという行為は、共犯という事実を通して家族の溝を埋める手段としているようにも見えます。もちろん誉められたことではないのですが、正しくないことをしているからこそ本当の正しさとは何か、ということも見えてきます。元地上げ屋の男に「この家売ったらいくら儲かるの?」と言う初枝に見る弱者を搾取することへの対峙(ここの樹木希林の迫力がスゴい)。りんを返そうと言う信代が、りんの親の怒号を聞いてへたり込む暴力への恐怖。柄本明に菓子を渡されながら「妹にやらせるな」と言われる、祥太が恩情を受けていたという事実。黄色い水着を買おうとしたら「怒らない?」と言うりんから見えてくる虐待親の言動。

決して彼らが正しい、というようにも描いていません。祥太は学校に通えず「学校に行くのは出来が悪いから」と言いくるめられているし、治と信代は初枝が亡くなった後は遺体を床下に埋めて溜め込んでいた金を見つけて喜んだりします。仕舞いにはりんを救うため怪我をした祥太を置いて逃げようとする始末。悪いところやズレているところもちゃんと描いたうえで、それでも彼らは家族らしい家族に見えるのです。皆で音だけの花火を見上げるカット。夜の広場でじゃれあう治と祥太の幻想的な引きの画。海水浴で手を繋いで波打ち際でジャンプする姿。いくらでも感動を誘う展開にもできるだろうに、あえてエモーショナルに泣かせるような作りにはせず、ごく普通の日常の幸福感というものをじわりと浮かび上がらせます。海水浴場で初枝が信代に「あんたきれいだね」と言いますが、それは初枝が日常の光景のなかで不意に認識した美しさであり、偽りの中にも本物があることの気付きなのでしょう。だから最後に初枝が声に出さずに口だけで言うのは「ありがとうございます」というお礼の言葉なのです。

正しさという点では、池脇千鶴の演じる宮部刑事が信代に言うことが「正しいこと」であるのでしょう。しかしそんな頭ごなしの正論は信代たちのような人々を救えません。刑事の言葉に対し「捨ててない、拾ったの。捨てた人は他にいるんじゃないの?」というのが彼女たちの正しさなのです。だから刑事が信代を理解することは決してないでしょう。でも施設に入ってまともに勉強できるようになった祥太を思えば、「子供たちになんと呼ばれてたか」と聞かれた信代が「なんだろうね」としか答えられない、というのもまた現実なのです(安藤サクラの髪をかきあげながらの泣き方が素晴らしい)。親としての愛情はあっても親としての義務を果たせていないというのが悲しく、最後に信代が将太を拾った場所を教えるのは「親」としてのせめてものけじめだったのかもしれません。

治と信代の話を刑事に聞かされ、それでも誰もいなくなった家を覗きにきてしまう亜紀にもまた、拭い難い寂寞感があるのでしょう。こうしてバラバラになってしまった家族。そのきっかけとなったのは、初枝の死と、この家族に対して疑問を感じ始めていた祥太です。解放された治と久々に会った祥太は変わらぬ態度で接しているようにも見えますが、「逃げようとしたのか」という問いかけに、もう以前のようには戻れないという喪失感があります。治が「泊まっていけ」と言うのもこれが最後という覚悟があったのでしょう、「父ちゃんからおじさんに戻る」と言う姿がどうしようもない悲しみをもたらしつつも、お互いどこかでこうなることがわかっていたような諦めも感じられて、エモさにまでは繋げないんですね。

でも祥太の乗るバスを思わず走って追いかけてしまう治。その情けない姿も途中で切れてしまい、祥太にはそこまで未練もないのかと思いきや、振り返り音に出さずに言った言葉が、それまで一度も呼ばなかった「父ちゃん」です。それは血縁はなくとも本当の家族であったことの証であり、同時に家を出て一人立ちする少年の親離れでもあります。そしてラストは迎えを待つかのようにベランダの向こうを見るりん。彼女の境遇は元に戻ってしまったわけですが、今までベランダのなかにこもっていたりんがその外側に視線を向けられるようになった、と捉えることもできます。絆は作ることができる、という微かな強さを得たのではないかと思えるのです。

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