2018
06.27

依存を越えて求める二人。『ファントム・スレッド』感想。

Phantom_Thread
Phantom Thread / 2017年 アメリカ / 監督:ポール・トーマス・アンダーソン

あらすじ
キノコパワー!



1950年代のロンドン。ファッション界の中心で活躍するオートクチュールの仕立て屋レイノルズ・ウッドコックは、ある日ウェイトレスのアルマと運命的な出会いを果たし、自身の家に招き入れる。しかしレイノルズの調和のとれた日常がやがてアルマにより崩れていく……。ポール・トーマス・アンダーソン監督による異色のラブストーリー。

50年代のロンドン社交界を舞台に、有名デザイナーと若いウェイトレスとの究極の愛を描く『ザ・マスター』『インヒアレント・ヴァイス』のポール・トーマス・アンダーソン監督作。これがなんとも奇妙でありながらある意味究極の愛のドラマ。完璧を求める仕立て屋レイノルズと、彼の求める完璧な体型を持つ女性アルマの恋愛を、一筋縄ではいかない展開で描き出します。自分のペースをまるで崩さないレイノルズに対し自分のやり方で思いをぶつけていくアルマ、という二人の関係は、ときにサスペンスともホラーとも取れる異質な愛の形として映されていきます。終始優雅で、でも波乱万丈で、どこか滑稽。そして美しいショットで綴る解放の物語でもあります。

レイノルズ役は『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』でもPTAと組み『リンカーン』などで3度のアカデミー主演男優賞を受賞しているダニエル・デイ=ルイス。仕立て屋で修行までして役に臨んだというこだわりで、厄介で複雑な主人公を演じます。今作で俳優業からの引退を表明しているというのがなんとも残念。『ラスト・オブ・モヒカン』とか大好きなんですけどね。アルマ役はヴィッキー・クリープス、一見地味めながらスレンダーな美人さんで、負けん気の強さをほどよく見せてくれます。レイノルズの姉シリル役の『マレフィセント』レスリー・マンビルも良かった。

ファッション業界の話でもあり、第90回アカデミー賞で衣装デザイン賞を受賞した50年代オートクチュールのシックでハイセンスなファッションや、その舞台裏も面白いです。そしてこの時代において待ってるだけじゃない女性の愛の貫き方というのが印象的。ブラックなコメディでありながら、こいつはドラマティックですよ。

↓以下、ネタバレ含む。








ペースを乱されるのを嫌い、完璧主義で芸術家、多くの部下を従える「ハウス・オブ・ウッドコック」の王、というのがレイノルズのキャラクターで、少なくとも観る者にはそう映ります。付き合う女性は近くに置くもののほったらかし。さらに仕事人間であり、アルマと最初に別荘に行ったときも二人で夜を過ごすのかと思いきや仕事に没頭、しかも姉のシリルまでごく普通に現れ、アルマは採寸されるだけ(ついでに乳がないと言われる……)。シリルが「完璧だ、彼の好みだ」というように、レイノルズがアルマに惹かれたのはスタイルのよさであり、彼女の中身まで見てるわけではないんですね。ハウスに呼ばれてからは恋人なのかモデルなのかスタッフなのかさえわからなくなります。わりとすぐ口論っぽくなるし、アルマが意外と前に出るタイプなのでどう見てもこの二人は合わないのではと思うんですが、それでもアルマがレイノルズの元を去ろうとしないのは、まあラブがあるからってことなんでしょうね。

コミカルだったり非道だったりするなかで、そういったラブによるドラマティックな展開もとても印象深いです。最初にレイノルズに出会って夕食に誘われるとき、既に手紙を用意しているアルマであるとか、バーバラ夫人の結婚式で何かに耐えるようなレイノルズに「ドレスが可哀想」とアルマが言って、二人でドレスをひっぺがして帰るときのキスシーンであるとか。頑固なレイノルズに対してアルマの負けん気の強さも随所に出てきて、朝食で音を立てるなと言われてもやめないし(なんでパンにバター塗るだけであんなにうるさいんだ)、シリル姉の忠告を無視したサプラ~イズなどは大失敗に終わるものの、なんとか自分のいる意味を出そうとする大胆さも示します。その時の螺旋階段の上からレイノルズを見るアルマには、普段は上の部屋にいるレイノルズを逆に見下ろすことでマウントを取ろうという気概さえ見られます。

「服の内側には秘密や言葉などをしまえる」と言うレイノルズは、王女のドレスの内側に「決して呪われぬように」という言葉を縫い込みます。そして自身の服の襟には母親への思いが縫い込まれているんですね。文字通り自分を隠しているわけですが、アルマははなからそれを見抜いているかのように、自身の思いを貫いて隠そうともしません。レイノルズを「気難しいだけ」と言い張るのも見抜いているから。あるいはそうである、という決めつけかもしれませんが、それによって主導権が移っていくんですね。まさか家政婦から聞いたキノコをあんなふうに使うとは。そして毒にやられて朦朧とするレイノルズが見る亡き母の姿に、重なるように動くアルマ。彼女はレイノルズを縛っているファントムに取って変わるわけです。

皆あまり感情を顔に出さないので表情からは読みにくいんですが、それがちょっとスリリングで、かつ行動による結果に驚かされるんですね。アルマのことを、弟の恋愛相手の切り捨てまでやっていたシリルが「いつまで亡霊にする気か」「彼女のことは好きだ」と、アルマがファントムにはならないように庇い、あまつさえ口論なら負けないと静かにキレるのも意外。毒から復活したレイノルズが、何とか朝に間に合ったドレスの横で初めて自ら「愛してる」と言い、しかもプロポーズまでするのにはブッ飛びます。レイノルズが中心だったハウスでアルマが勝ったと言ってもいい、見事な世界の反転。すぐにアルマをこのハウスに連れてきたのは間違いだ、仕事に集中できない、と言うレイノルズ。しかしキノコパワーを手にしたアルマは、仕事を終えて弱った赤ん坊のようなレイノルズへといつでも変えることができるのです。

レイノルズに自分は待ってるだけなのか、と怒っていたアルマが、今度は逆にレイノルズを待たせる立場になり、身も心も支配する。いや、支配とは違いこれは庇護なのかもしれません。そしてそれは母の面影を追い求めるレイノルズが熱望していたものでもあるのでしょう。だって自分を無力化しようと目の前でキノコパワーを調理し、あえてうるさく水を注ぎ、生かさず殺さずがいいと言うアルマに対して「倒れる前にキスしてくれ」ですよ。女性って怖い、という声が聞こえてきそうですが、でもこれはそうではなく、これこそがレイノルズにとってもアルマにとっても理想的な関係なのです。だからこのラストは二人が互いを求めあう最高にドラマティックなシーンです。糸で何度も折り返し縫うようにくっついては離れてだった二人が手にしたものは、依存を乗り越えた共存。いやあ面白いです。

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