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2018
05.14

普通の男の大きな選択。『タクシー運転手 約束は海を越えて』感想。

A_Taxi_Driver
A Taxi Driver / 2017年 韓国 / 監督:チャン・フン

あらすじ
カメラを回せ。



1980年5月、民主化を求める大規模なデモが起こっている実態を確かめるべく韓国にやってきたドイツ人記者ピーター。ソウルのタクシー運転手マンソプは多額の報酬につられ彼を光州に送ることになったが、厳戒態勢の光州を見て自国の現状を知ることになる……。多数の死傷者を出した光州事件を元にしたヒューマン・ドラマ。

光州事件は1980年5月に韓国の光州市で起こった民衆蜂起で、軍のクーデターや金大中の逮捕などをきっかけにした学生デモに軍が武力行使を行ったために、多くの市民もデモに参加した大規模な民主化運動。そんななか娘と二人で暮らすタクシー運転手のマンソプは、取材のためデモの中心地へ行こうとするドイツのジャーナリスト、ピーターことユルゲン・ヒンツペーターをソウルから光州まで乗せていくことになります。家賃の支払いにも困っているマンソプの目的はあくまで多額のタクシー料金であり、光州でそんな厳戒体制が敷かれていることさえ知らないんですね。しかし機転を利かせなんとか光州に潜り込むもそこで彼が見たのは報道とは全く異なる凄惨な現実。序盤はコミカルな人情劇でさえあったのが、徐々に不穏さを増していき、やがて戦争映画なみの臨場感に変わっていくのが実にスリリング。そしてあくまで一小市民であるマンソプが、ピーターや光州の学生、タクシー運転手たちと接するうちに命懸けの選択をするに至ります。

キム・マンソプ役は『復讐者に憐れみを』『グエムル 漢江の怪物』などに主演し『スノーピアサー』にも出演したソン・ガンホ。イイ人とは言いきれないけど見て見ぬふりもできないという男を演じる匙加減が絶妙でさすがです。ピーター役は『アベンジャーズ エイジ・オブ・ウルトロン』のトーマス・クレッチマン。報道魂で異国の地を突き進む姿が頼もしく、マンソプとの言葉の壁を越えて築くタッグが熱いです。他、光州のタクシー運転手テスル役に『コンフィデンシャル 共助』の顔面破壊力ユ・ヘジン、学生ジェシク役に『ザ・キング』の若マフィアとは随分イメージの異なるリュ・ジュンヨルらが人情味溢れる姿を見せてくれます。

どの程度脚色されてるかはわかりませんが、光州事件を元に日常がまるで戦場のように変わる緊迫感を描きつつ、迫りくる軍部のサスペンスや予想外のカーチェイスなど、しっかり娯楽作としても成り立つように作ってあるのが実に秀逸で、ヘヴィさもありながら引き込まれる面白さです。そして歴史のうねりのなかで一人の男が見せる選択の物語でもあります。

↓以下、ネタバレ含む。








ピーターは韓国で何かが起こっているらしい、ということでやってきますが、マンソプにとってはたまたま聞いた情報を元に奪った他人の仕事なので、前提も状況も何も知りません。厳戒体制が敷かれているなんて思いもしないので、光州へ行くのも行って帰ってくるだけのボロい儲けだと思っています。そんなマンソプの「自分は部外者だ」という最初の立ち位置は、観る者ともほぼ同じであるため同化しやすいと言えるでしょう。現地に行ってようやく事の重大さを知り、軍がそんなことをするわけがないという思い込みは打ち砕かれ、部外者どころか当事者となっていき、どんどん巻き込まれていく。このスリルへの繋げ方は上手い。裏道を探したり検問を切り抜けたりというのも最初は金のためでしたが、後半は生き延びるために切り抜けることになります。

マンソプは無条件にイイ人というわけでもないし利己的な面も描かれますが、それなりに人情家ではある男として描かれます。妊婦を乗せたときは文句たらたらで財布を忘れた夫婦に不満げながら最後に一言励ましの言葉をかけるし、光州に行った後は途中で逃げ出すものの、息子を思う母親を放っておけずに病院まで送ってしまう。ヒーローではないけども、悪人ではないという程度の善人。要するにごく普通の男です。娘をいじめた大家の息子に文句を言いに行って、逆に滞納した家賃を責められてシュンとしてしまう。でも娘の笑顔のために何とかしたいと思っている。クーデターだのデモだのとは縁遠いところにいる一小市民です。しかしそんなマンソプが、逃げたことを責めつつも不調なタクシーを診てくれる運転手たちや、家に泊めてくれたテスルやジェシクらの人情に触れ、軍による虐殺を目の当たりにし、娘のために黙って帰ろうとするのを引き止めずに送ってくれるテスルや金を渡すピーターの思いを受け、悩むことになります。

それは事実を知りながら逃げ出す後ろめたさでしょう。後ろめたさを感じるということは、何が正しいかを知っているということ。歌いながら誤魔化しつつも、信号で止まって「俺はどうすればいいんだ」からのUターン、それは最初に逃げ出したときのUターンとは真逆の意味を持ちます。ピーターと「選択しろ」と言い合うシーンがありますが、今度はマンソプ自身が「逃げない」という選択をして光州に戻るわけです。言葉の通じないピーターに涙ながらに亡き妻と娘の話をしたように、失ったものへの悲しみと守るべきものへの愛情を抱える男が命懸けで戻る理由、それは戦う者たちもごく普通の守るべきものがある人々だという事実でしょう。ソン・ガンホの演技は、マンソプという実在はしたが実態はわからない運転手に、深いドラマと決断に至る心情を付与していて素晴らしいです。

トーマス・クレッチマンの演じるピーターは、言葉が通じないもどかしさや厳しい情報統制のなかそれでも切り込んでいくタフさがありますが、撃たれる人々を苦悶の表情を浮かべながら撮影し、人々からは期待を込めて声をかけられて、現実の重さを目の当たりにします。さらには命を狙われるという危機まで。それでも自身の重要性を自覚していたピーターですが、一緒に飯を食ったジェシクが自分たちを逃がすために犠牲になったことに打ちのめされてしまうんですね。そんなピーターを立ち上がらせようとするのが、戻ることを選択したマンソプであるというのが熱い。マンソプが「何のために大学に入ったんだ」とジェシクに聞いたとき、彼は政治とは関係ない「音楽をやりたかったから」と答えます。ジェシクもまた夢も希望もあるごく普通の若者であり、それだけに彼が命を落とすのはキツいですね。テスルの家で歌うあどけない顔のアップが死亡フラグのようで痛々しい。マンソプがジェシクの遺体に靴を履かせようとするシーンには、靴が小さいと言ってかかとを潰して履いていたマンソプの娘の姿が重なります。

マンソプ視点のシーンが中心なので脚色はかなりあるのでしょうが、普通の男がヒロイックな行動をとることになる過程は嘘くさくならないよう、それでいてエンターテインメントとしても見れるバランスになっていると言えます。虐殺の現場にタクシーの群れが駆けつけて撃たれた人を救っていくシーンなどは胸熱。最後のタクシーチェイスはさすがに盛りすぎな気はしますが(封鎖されてるのに脇道から出てくるし)、体当たりのぎこちなさなどは却ってリアル。あと市民に発砲する兵士に躊躇の様子が見られないのはちょっと気になりますが、その分得体の知れない恐ろしさはあります。脱出時の検問でソウルのナンバープレートに気付きながら見逃してくれる、というところで人間味の残った兵士もいることも示されます。

韓国の民主化への契機となったと言われる光州事件は、取材を敢行したジャーナリストと一タクシー運転手による命懸けの選択により世界に実態が知られることになりました。二人の間に漂っていた相容れない感は、運命共同体として行動を共にするうちバディの信頼感へと変わり、千切り取ってしまったマンソプの写真をピーターが自分のネックレスでかけ直したりもします。それでもマンソプがピーターにキム・サボクという偽名を使ったのは、あくまで一市民であることを選択したからでしょう。そこも脚色ではありますが、その後ヒンツペーターさんがいくら探してもキム・サボクという人は見つからなかった、ということにドラマチックな解釈を加えても、二人の行った勇敢な行為が貶められるものでもないでしょうね。ちなみに本作の公開後キム・サボクの息子さんが名乗り出て、父親が1984年に亡くなったことが明かされたようです。ラストにインタビュー映像が流れるヒンツペーターさんも映画公開前に亡くなったとのこと。二人の思いは、今はスクリーンの上で感じることができます。

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