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2018
04.28

世界を救う準備はいいか。『レディ・プレイヤー1』感想。

Ready_Player_One
Ready Player One / 2018年 アメリカ / 監督:スティーヴン・スピルバーグ

あらすじ
オアシスに行きたい……(切実)



2045年、VR世界「オアシス」では開発者ジェームズ・ハリデーが遺した莫大な遺産を探す者たちで溢れていた。17歳の青年ウェイドもそれに参加していたが、ある日ウェイドはまだ誰もクリアできない謎のヒントに気が付き……。アーネスト・クラインの小説『ゲームウォーズ』をスティーヴン・スピルバーグ監督で映画化したSFアクション。

貧富の差が広がる近未来、人々は本物のような仮想空間であるVR(ヴァーチャル・リアリティ)の「オアシス」に入って別の人生を楽しむことで現実を忘れようとしているという、わりとディストピアな世界。そんななか、亡くなったオアシスの開発者ジェームズ・ハリデーが、オアシス内に隠した3つの謎(イースターエッグ)を解明した者に遺産とオアシスの運営権を譲るというメッセージを残したことで、世界中の人々が謎解きに夢中になっていた、というのが背景。簡単に言えば電脳世界という虚構と現実世界とが描かれていくんですが、それ自体は古くは『トロン』とか、あと『サマー・ウォーズ』『GAMER』『シュガー・ラッシュ』(はちょっと違うか)、最近でも『操作された都市』『ジュマンジ ウェルカム・トゥ・ジャングル』など色々とありますが、本作で特筆すべきはそのVR世界にアメリカのコミック、映画、音楽は元より日本のアニメやゲームまで、実在するキャラクターや乗り物、アイテムなどがそのまま登場することです。これがスゴい。

パロディ、オマージュではなく、作品やキャラそのものがアバターとして、アイテムとして、ときには舞台として大量に登場します。スピルバーグの関わった作品も多数。何でもありの世界なので何でも出てくるんですね。版権がものすごい大変だろうなーなどという心配を吹き飛ばすほどの怒濤の勢いで出てくるのがもう圧巻。そしてこれが仮想世界という言葉が陳腐化しそうなほどの、めくるめく映像的快楽をもたらします。それはもう一つの人生とも言うべき圧倒的な世界の拡がり。大好きなキャラたちとのシームレスな共存。そんな夢のような世界で出会う人々と、謎に秘められた思いが、やがて逃げた先での逃げない選択と、リアルを生きることの意味を示してくれます。

ウェイド役は『ダーク・プレイス』『X-MEN:アポカリプス』サイクロプス役などのタイ・シェリダン。鬱屈した現実から逃げ、ガンター(イースターエッグを探す者)としてVR空間で生きる彼を中心に物語は進んでいきます。死してなおオアシス世界を統べるハリデー役には『ダンケルク』のマーク・ライランス。『ブリッジ・オブ・スパイ』『BFG ビッグ・フレンドリー・ジャイアント』でもスピルバーグと組んだオスカー俳優ライランスが、まさか最上位オタクを演じるとは……まあすでに巨人とか演じてますけど。でもさすがの存在感で魅せてくれます。また『ローグ・ワン スター・ウォーズ・ストーリー』の悪役も印象深かったベン・メンデルソーンがこれまた素晴らしい悪役だったり、『ミッション:インポッシブル ローグ・ネイション』『スター・トレック BEYOND』のサイモン・ペッグが意外なところに登場したりします。ほか、『シグナル』のオリビア・クック、これがハリウッドデビューとなる森崎ウィンなどが出演。あとスタッフについてひとつだけ言ってしまうと、音楽がアラン・シルヴェストリです!これが熱い!

予告に映る以外にも細かいネタは色々あるので、何が出てくるとかは知らずに観てほしいところ。とは言え知ってても断然面白いですけどね。とにかくオアシスの世界に入りたいと強烈に思わせられるのがスゴいんですよ。劇中でも言及される80年代ポップカルチャー、その愛に溢れながらも、そこから素晴らしい人間讃歌へと繋げて見せるこの手腕と情熱!娯楽系スピルバーグ作品の集大成とも言うべき出来に興奮が止まりません。

↓以下、ネタバレ含む。








■何にでもなれる、何でもできる

冒頭でトレーラーハウスを縦に積んだようなスタック(集合住宅)の情景がワンカットで映されますが、ここで建物の構造的な危うさと長屋感が近未来の貧しさを表しており、なおかつ多くの人がVRに興じていてそれが当たり前であること、ピザの宅配にもドローンが使われていることをわからせます。しかも初っぱなから流れるヴァン・ヘイレン『Jump』でテンションも爆アガり。さらにそのままウェイドがオアシスに入ってVR世界の広大で雑多で自由に溢れた雰囲気も見せて、ハリデーがエッグ探しを宣言してタイトル!このリアルとバーチャル両方の背景説明をこなし世界観まで知らしめるアバンタイトルだけでスゴい。またゲーム内のコインは現実でも使え、操作系も相互作用と、バーチャルと現実がリンクしていることも序盤で示されます。全方位ランニングやギアによる感覚のリアル化や音声の反映は、単にモニター越しに見る電脳空間とは異なり、実際にオアシス内で動き喋るというまさにもう一つの現実と呼べる実在感を感じさせます。観てる方もオアシスに入り込んでるような感覚になるのが秀逸。

オアシス内のアバターはわりとCGっぽさを残している印象。アニメやゲームの様々なキャラクターが出てくるというのもありますが、現実と区別化するという効果もありますかね。でも終盤で実映像と一緒に映っても違和感はないというバランスの良さ。コインやアイテムを集めたり、胸を押すとウィンドウが開いたりといったゲームっぽさがありつつも、表情まで反映されるリアルさで「生きてる」感を出しています。そして何と言ってもあらゆるサブカルチャーの奔流ですよ。本筋にフィーチャーされるものだけでも『バック・トゥ・ザ・フューチャー』『キングコング』『ジュラシック・パーク』『AKIRA』『シャイニング』『アイアン・ジャイアント』など枚挙に暇がないですが、一瞬だけ映るそれこそイースターエッグのようなキャラもあちこちに紛れ込んでいて、宝探しの気分を味わえます。

台詞に登場したり大映しになったりする分かりやすいところでは、バットマン、『エイリアン』のチェストバスター、『チャイルド・プレイ』のチャッキー、『ストⅡ』のリュウや波動拳、マイケル・ジャクソンの『スリラー』、デュラン・デュラン、ハリデーの着るスペースインベーダーのTシャツなどなど。「ゼメキスのキューブ」が時を60秒戻すアイテム、というのが最高です。しかも使用時には『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の曲がわずかに流れるという感涙サービス!また名前だけ出るものでも『ビルとテッドの大冒険』、ジョン・ヒューズと『ブレックファスト・クラブ』などの監督作、『メリーに首ったけ』、『ザ・フライ』などにはニヤリとします。音楽もティアーズ・フォー・フィアーズ『ルール・ザ・ワールド』やビー・ジーズ『ステイン・アライヴ』などはアガるぜ(世代的に)。あと細かいところで僕が気付いたのは、ロボコップ、『エルム街の悪夢』のフレディ、『スーサイド・スクワッド』のハーレイクイン(たぶん)、バットモービル(たぶん)、ハリデーの葬儀で『スタートレック』のエンタープライズ号、『ミュータント・タートルズ』のカメたちなど。

ほかにも気付いたのがあったかもですが、多すぎて覚えきれませんよ。この辺りは元ネタ知らない人にはもちろんピンとこないわけで、僕も『ダーククリスタル』とか『バカルーバンザイ』とか知らないのも色々あったんですが、とにかく何かがいっぱい出てるというだけで愉快だし、気になったらそこから遡ってみても面白いんじゃないですかね。何が隠されているかを調べて載せているサイトなどもあるので、調べてからまた探してみるというのも一興。そんなところが一つのゲームのようです。


■3つの試練

物語はハリデーの隠したイースターエッグを探す3つの謎を中心に進みます。第一の試練は難しすぎて5年間誰もクリアできないレースゲームで、5年もクリアできないとかそんなバカな(笑)みたいに観てたら本当に激ムズでした。この第1ステージはとにかく物量とスピードと迫力がスゴくて熱いです。主人公機が『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のデロリアンという時点で「ギャー!(歓喜)」となるのに、トレーラーをくぐるときに飛行形態になって車高を下げるのに至っては「ウギャー!(狂喜)」となりますよ。アルテミスの金田バイクやエイチのモンスタートラックもスペックの活かし方が上手いし、T-REXに追いかけられる『ジュラシック・パーク』ばりのスリルや、ビルを飛び渡るキングコングの恐ろしいほどの巨大感も圧倒的。裏道を行くときの安全な道から見上げるシーンなどは、スーパーマリオで安全な天井の上を歩いてる感覚を思い出して楽しいです。この第一の試練クリアのヒントは「ハリデー年鑑」に隠されているわけですが、ヒントに気付き攻略を閃くというところに高揚感がありつつ、この「逆方向に全速力で走ってもいいじゃないか」は、現実世界になじめなかったハリデーがオアシスに込めた思いでもある、というのがやがて見えてきます。

第二の試練は「作者に嫌われた作品」がヒントということで『シャイニング』。作者のキングがキューブリックの映画版に激怒したというのは有名で、それだけに愉快。ところがこの「映画のなかに入る」というのを本当にやってしまったのには驚きです。しかも音楽からホテルのロビー、双子、エレベーター、237号室のバスタブに迷路までそのまんま。足を引きずる男が追ってくるのにはジャック・ニコルソンの顔が浮かぶし、婆さんはオリジナルよりも怖くてヤバい。ホラー映画のなかに入るといえば『ファイナル・ガールズ 惨劇のシナリオ』という作品もあったりしますが、入るのが架空の映画ではなくあの『シャイニング』ですからね。そりゃIOIの企業戦士たちも阿鼻叫喚になりますね。この第二の試練ではハリデーの「ジャンプできなかったことの後悔」を見抜き、キーラに声をかけることでクリアとなります。つまりこの試練はハリデーの心を探る旅でもある、というのがわかってくるのです。

第三の試練は「隠されたドットを探す」のが正解なわけですが、列に並んではアタリのゲームをやって氷の下に落とされるという、謎解きの絵面自体はシュール。しかしその表では天球のバリアを巡りクライマックスにふさわしい大バトルが繰り広げられます。ついに起動するアイアン・ジャイアントが思った以上の再現度で、この役目は元々はウルトラマンの予定だったそうですが(それはそれで観てみたかったけど)、往年のファンとしてはアイアン・ジャイアントの予想以上の大活躍には感涙ですよ。しかも最後に溶岩に沈むときに親指を立てるというまさかの『ターミネーター2』ネタに爆涙!また、ソレントの出すのがこれまたまさかのメカゴジラ!デザインはオリジナルより攻撃的ですが、登場時に流れるのは伊福部昭のゴジラのテーマのメロディ!マジか!そしてガンダムですよ!しかもRX-78-2!トシロウが最終決戦でなかなか動かなかったのは、序盤のドゥームで入手した2分だけ巨大ロボットになるアイテムの使いどころを待っていたからなわけです。早くも今年のベスト台詞決定かという「俺はガンダムで行く!」は森崎ウィン本人が考えたそうですが、ここで既存の台詞ではない独自のカッコいい台詞を放ったのには称賛ですよ。ゴーグルに映る『機動戦士ガンダム』のロゴ、そしてビームサーベルでメカゴジラに斬りかかる連邦の白い悪魔!なんだこれ!おれは一体何を観てるんだ!という異質な興奮を味わいます。


■バーチャルとリアル

パーシヴァルことウェイド・ワッツはアルテミスに現実を見ていないと指摘されますが、両親を失い、叔母には冷たくされ、そのヒモには虐められ、というツラい現実から逃れるためにオアシスに来ているわけです。なりたい自分になれるというのは魅惑的であり、それはアルテミスであるサマンサも「これは自分が見せたい自分」と言ってるように自己の希望が反映されるものです。その分身での行動がオアシス世界を揺るがし、それが現実にもフィードバックされることで、ウェイドは図らずもヒーローへと成長していきます。ピーター・パーカー(P・P)やブルース・バナー(B・B)のように、父が「ヒーローっぽい名前がいい」と付けたウェイド・ワッツ(W・W)の名が体を表すかのように、ウェイドはオアシスとリアルを繋ぐ存在として現実にヒーロー味を帯びてくるのです(ちなみにスティーヴン・スピルバーグもS・Sだったりしますね)。

このオアシスとリアルを繋ぐ存在というのは、アルテミスに対する愛情が現実のサマンサに会っても揺るがないというところにも表れています。サマンサは顔に大きな痣があることを気に病んでいますが、それも受け入れてしまう。見た目ではなく中身だ、と言うと少々陳腐ですが、そういうことなんですよ。まあぶっちゃけアバターよりリアルのオリビア・クックの方が可愛いというのは反則じゃないかという気もしますが……。そしてオアシスでのチームがリアルでも協力して事に当たることで、より虚実の境界は薄れてきます。女性である自分をもっと強く見せたがっていたエイチことヘレン、三船敏郎顔でおっさんかと思ったらイケメン好青年な上に肉弾戦までこなすダイトウことトシロウ、ニンジャはハグしないというストイックさがイカす世界一クールな11歳のゾウことショウ。この「無敵じゃないけど信頼感あって何とかなりそう」な面子がまるで『グーニーズ』のようで良いのです。


■現実での戦い

ラストバトルに多くのプレイヤーが集まるのは決してお祭りだからじゃないんですね。やられたら金もステータスもリセットされてしまうのだから決死の覚悟で来ているのです。だからこれはパーシヴァルの呼び掛けに応え、IOIの経済的支配に対して人々が立ち上がったということでもあります。アルテミスことサマンサがIOIのせいで父を失ったというのを裏付けるような非人道的な強制労働。目的のためにスタックを破壊し人命を奪う非道さ。オアシスで立ち上がった人々は、終盤で現実世界でも集合してソレントの前に立ちはだかります。

逆にソレントはオアシス世界など金儲けの手段にしか過ぎなくて、心底どうでもいいと思っているんですね。だから自分のアバターごと消し去る爆弾を使ったりもするし、パスワードを紙に書いて張っとくとかギアの着脱を部下にやらせたりとかまあ雑。ただソレントはオグとハリデーのオフィスで働いていて、ハリデーへの憧れみたいなのはあったのかもなあと思うんですよ。課金制度を進言してスルーされてたりして目指す方向性はその頃からズレてたんだろうけど、ウェイドに向かって「ハリデーは死んだ」と半ば吐き捨てるような言い方に僅かに滲む感情とか、何より最後にエッグを持って涙するウェイドを見て微かに微笑むところで、ひょっとしたら遺産云々よりもハリデー自体をずっと追い求めていて、ようやくエッグが見つかったということが嬉しかったのでしょう。でも最後は腹心のフナーレにワンパン食らって終わるというのが愉快。

IOIは集団で次々人を入れ替えていく組織的な歯車っぽさとか、一気にやられてギアが赤くなるところとか、ザコ集団的な描き方が面白いです。あと研究チームの人たちの見せるプロジェクトの様子や、クリアしたパーシヴァルを見てイエー!ってなるところとか良いですねえ。なんかあいつら可愛い。そういえばビジュアルが強烈なアイロックは『デッドプール』のバーテンことT・J・ミラーが演じていたようですが、なぜか本体が出てこないですよね?そこはちょっとモヤモヤします。


■好きなものへの肯定

第三の試練は世界発のイースターエッグを探すだけでなく、ハリデーの後悔を理解するものでした。現実になじめずオアシスを作ったハリデーが行き着いたのは「リアルでしか美味い飯は食えない」ということです。現実だけがリアル。それはキーラに伝えられなかった思いでもあり、オグと離れてしまった悔いでもあります。現実から逃げてオアシスに来てるのに現実を生きろというのはちょっと酷な話ですが、現実とは別のもう一つの人生で逃げずに立ち向かったことでリアルでもそれはできるんだということを伝え、それを理解し受け入れた者を後継者とするというのがハリデーの意思だったのでしょう。そんなハリデーと袂を分かちながらも、案内人としてオアシスを見守り続けてきたオグにも泣けます。ウェイドが生き残るエクストラ・ライフの25セント硬貨にちなんでの給料が25セントというのも粋ですね。

ウェイドとハリデーの最後のやり取りで、あのハリデーはアバターではないし、ハリデーは既にこの世にはないということが明言されます。そして「あなたは何?」の問いには「私の作ったゲームで遊んでくれてありがとう」と微笑んで去ります。物語としては弱者だった若者が仲間を得て困難と対峙するという、実は王道の構造ではありますが、そこに好きなものを好きでいることへの肯定が含まれているのが本作の大きな特徴です。映画もゲームも音楽もコミックも、あらゆるサブカルチャーは現実を豊かにするものであるという絶対的な肯定。そこにはこれまで生み出してきた作品を受け入れてくれた人々への、スピルバーグ自身の感謝が込められているのかもしれません。もうね、こちらこそ「ありがとうスピルバーグ!」と言いたいです。

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