2018
04.22

あるべき姿を守る決断。『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』感想。

The_Post
The Post / 2017年 アメリカ / 監督:スティーヴン・スピルバーグ

あらすじ
犯罪か、英断か。



1971年、ニクソン政権下でベトナム戦争の泥沼化を記した国家機密文書の存在をニューヨーク・タイムズがスクープ。ライバル紙であるワシントン・ポスト紙は編集主幹のベンらが文書の入手に奔走するが、社主のキャサリンは報道の自由と経営の間で苦悩することに……。スティーヴン・スピルバーグ監督による実話を元にしたドラマ。第90回アカデミー賞で作品賞と主演女優賞にノミネート。

ベトナム戦争についてアメリカ政府がひた隠す国防省の最高機密文書、通称ペンタゴン・ペーパーズ。亡き夫の代わりにワシントン・ポストの社主となったケイことキャサリン・グラハムは、ベン・ブラッドリーら記者たちと共にそれを公表するか、株式公開したばかりの新聞社を守るかという選択を迫られます。保身かスクープか、日和見か正義か、という堅いテーマではありますが、これが想像を越えて面白い。何気ないテクニックを駆使した随所に光る演出はスリルとパッションをもたらし、重さのある話を全く飽きさせない娯楽作に仕上げています。その手腕はさすがのスピルバーグ。新聞社の話と言えば『スポットライト 世紀のスクープ』などが思い出されますが、相手取るのがアメリカ国家という巨大なものなのでよりシビア。反戦ムードの高まる当時の空気感も相まって、70年代アメリカの剣呑な世界に放り込まれます。

ケイ役は『マダム・フローレンス! 夢見るふたり』『イントゥ・ザ・ウッズ』メリル・ストリープ。そしてベン・ブラッドリー役は『ハドソン川の奇跡』『インフェルノ』のトム・ハンクス。このオスカー俳優二人、意外にも初共演だそうですが、主要人物で目立つんだけどいつもほどアクの強さを出してないと言うか、しっかり周囲とのアンサンブルを成り立たせていて良いんですよ。そしてまわりを固める他の多くの役者たちも印象に残るシーンが必ずあって、群像劇としても秀逸なんですね。皆なかなかの顔面力で、知ってる人では『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』のボブ・オデンカークや、『バトルシップ』のあいつことジェシー・プレモンス、『シェイプ・オブ・ウォーター』の博士ことマイケル・スタールバーグなどが出ています。

メリル・ストリープの気弱さとトム・ハンクスの押しの強さが際立つ朝食会から、やがて馴れ合いを捨て報道する立場を共有していく関係への推移がスリリング。そして女性社主による決断が、女性の社会的自立まで描くというさりげない志の高さ。さらには国の最高権力に垣間見る危うさが、現政権への警鐘にもなっている社会性。しかも全然難しくなくて飲み込みやすいんですよ。いやあ、スピルバーグはやはり凄かった。アメリカ現代史を繋ぐ一本です。

↓以下、ネタバレ含む。








序盤のケイとベンの朝食会で、大統領の娘の結婚式という一見どうってことない会話を固定カメラでじっくり見せることで、権力に逆らえないと思っているケイと記事に関して口出しさせまいとするベンという二人の立ち位置や力関係、主義主張をわからせます。こうしたさりげなくも的確な演出は随所に見られます。ベンの自己主張の強さは常に足を机の上に乗せているところから見て取れるし、ビジネスとプライベートを画面を分割した柱を跨ぐことで切り替えたり、誰かを訪ねたり新聞の束が置かれたりと何か動きがあるときには水溜まりがあったりします。バグディキアンが情報提供者に屋外で電話するシーンでは、空いてる背後のスペースが不安感を煽るんですよ。ベンの家で文書をまとめる作業のなか、ベンの娘がレモネードを売って歩くというフッと滑り込むほんわかシーンなどもイイし、終盤ついに新聞を刷り始めたことを輪転機が回って部屋が揺れることで示すところにもニヤリとします。

スクープとして文書を公表したのは実はニューヨーク・タイムズの方が先なわけですが、本作でワシントン・ポストをメインに据えたのは社主のケイを中心に描きたかったからというのはあるでしょう。元々は父が経営していて夫に受け継がれた一族経営の地方紙で、夫の死によりその座を引き継いだケイは経営も素人、何を決めるにもブレーンのフリッツの意見を求め、自分が話すべきときも上手く言葉が出てこず、周囲も彼女はお飾りだと思っている。上流階級のご婦人でしかなかったケイにはアウェイなんですね。物語はそんなケイに寄り添って進むので、小難しいことを知らずに観てもケイと同じように理解しながらいけるわけです。加えて心情的にもケイにリンクしやすいので没入感もあるんですね。「掲載しましょう」と言うケイの震えを隠せない言い方にはこちらもハラハラするし、終盤で役員のアーサーに「私の会社だ、それを認めない者は役員ではない」と言い放つシーンでは快哉を叫ぶわけです。

一方で文書を巡る調査や掲載に向けた法的裏取りのいざこざなど、編集や政治的な部分はベンをはじめとしたスタッフが担い、それがスリルを生み出します。ベンもケイのことは軽く見ているわけですが、しかし妻の言った言葉を噛み締め、ケイが友人である国防長官を報道しないことで守るようなことはしないと言うのを実践することもあり、ケイの心情を理解します。そこにはかつて親密だったケネディとの関係もダブるんですね。全員投獄されるかもしれないという状況を報告しながら「それはともかく、あなたがどれだけ重い決断をしていたかがわかった」と言うのは、スカウトによりポストに来て自らもアウェイであったベンが、同じくアウェイであったケイの孤独を理解したということでもあるでしょう。またケイもベンも家族とのシーンが印象的であり、また勝ち目のない戦争に家族を取られることにも言及していて、その点では国家という形のない概念よりも家族という最も大事なものに寄り添う話でもあると言えます。

そんな紆余曲折があって会社の保身より報道の自由を選んだだけに、他紙もポストに続いて掲載していくというシーンは実に熱い。ちょっと意外だったのは、最高裁での裁判シーンが映されず、判決が知らされるところまでシーンが飛ぶことです。普通なら裁判シーンによりスリルとカタルシスを出してきそうなものですが、そうはしないんですね。これは暴かれた不正の行方そのものより、それを暴こうとした女性の決意を描くことがメインだったからなのでしょう。裁判後タイムズ陣営とは別に脇の出口から去るケイたちは報道陣の注目の外にいますが、しかしそんなケイたちを多くの女性たちが敬意の眼差しをもって見送っているんですね。そして判決を待つポストのオフィスで「6対3で勝利だ」と言うのは男性スタッフですが、電話を受けた女性が判決理由の「報道は国民のためにある、施政者のためではない」という、ある意味結果よりも大事であろう「報道が持つ真の自由」を告げるのです。

ラストはニクソンがポストの出入り禁止を電話する姿、そして民主党に何者かが忍び込んだらしいシーンで幕を閉じます。これは民主党に仕掛けられた盗聴器から発展するウォーターゲート事件の発端を表しており、それがニクソン辞任へと繋がるわけですが、本作で描く政治スキャンダルと共に国家の危うさを今の時代に突き付けることまでやってのけている、ということに驚きます。

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