FC2ブログ
2018
04.18

青春は命懸けのゲーム!『ジュマンジ ウェルカム・トゥ・ジャングル』感想。

Jumanji_Welcome_to_the_Jungle
Jumanji: Welcome to the Jungle / 2017年 アメリカ / 監督:ジェイク・カスダン

あらすじ
弱点:蚊(夏はヤバい)。



居残りを食らった4人の高校生が、学校の地下室で古いテレビゲーム機と「ジュマンジ」というゲームソフトを発見。しかしそのゲームで遊ぼうとキャラクターを選択した途端4人はゲームの中に吸い込まれ、選んだキャラの姿となって危険なジャングルの中に放り込まれてしまう。彼らは与えられたスキルを使って元の世界に戻ろうとゲームのなかを進んでいくが……。『ジュマンジ』の続編となるアクション・アドベンチャー。

止まったマスに書かれたことが現実に起こる謎のボードゲームを描いた1995年のジョー・ジョンストン監督『ジュマンジ』、その続編がなんと23年ぶりに登場。正確には2005年のジョン・ファヴロー監督『ザスーラ』というコンセプト的続編がありますが、本作はタイトル通り正当な続編のようです。始まりは1996年、ということは前作の1年後ですかね。一夜にしてボードゲームからTVゲームに超進化(すげえ)したジュマンジをプレイしてしまった青年が消え、それから二十数年の後、今度は居残り高校生たち4人が発見したジュマンジをプレイ。途端にゲームのなかに吸い込まれ、選んだキャラとなってVRどころじゃないリアル・アドベンチャーに挑む羽目に。これがもう最高に楽しい!前作の父と子という家族の話から若者たちの友情物語へとシフトしつつ、とにかく笑えて、アクションも豪快、おまけに泣かされます。

ヒョロ体型でナードな青年スペンサーが変わるのは筋骨隆々のブレイブストーン博士、演じるは『ヘラクレス』『カリフォルニア・ダウン』のロック様ことドウェイン・ジョンソン。アメフト選手のフリッジはコメディアンのケヴィン・ハート演じる力も背丈も縮小された博士の助手ムース・フィンバーに。ちょっと変わり者のマーサが選ぶのはセクシー格闘家ルビー・ラウンドハウス、演じるは『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のネビュラことカレン・ギラン。そして自撮り大好き女子のべサニーは『スクール・オブ・ロック』のジャック・ブラック演じるデブ親父オベロン教授となります。この肉体変化だけで既に面白いんですが、各キャラに設定されたスキルや3回死んだらゲームオーバーなライフ制などテレビゲームらしい設定もあり、これが存分に活かされているのもとてもイイ。

島の石像から奪われた宝石を悪党から取り戻す、という明確な目的の前に次々と立ち塞がる極限状況や謎を、知力と体力と運、そして勇気と信頼でもって進む冒険家たちにワクワクします。96年のゲームにしてはやけにオープンワールドだったり、そもそもなぜ学校の地下室に?などとも思いますが、NPCの融通の利かなさに笑ったり、復活して落ちてくるときの効果音がまたゲーム的だったりとそれっぽさも満載。前作を観た者としてはドンドコ太鼓が鳴り響くのが懐かしくてニヤニヤ。練られた脚本に緩急のある演出、実際に高校生にも見えてくるロック様らキャスト陣の熱演もあり、観る者を選ばない全方位娯楽作。最初から最後まで面白いです。

↓以下、ネタバレ含む。








高校生4人がゲーム中で本来の自分とは全く別のアバター、しかもほぼ真逆の人物になるというのはそれだけで愉快。いきなり超マッチョになったスペンサーが自分の筋肉を見て「おぉ……」ってなったり、ガタイのよいフリッジが逆に非力になったり、セクシーさとは無縁だったマーサがへそ出しホットパンツ(最高)で華麗に暴れ回ったり、べサニーに至っては性別まで変わる始末。このゲーム中のキャラを演じる4人による「中の人」の雰囲気が実に見事です。弱気でビビりなロック様などは新鮮で超面白いし、「得意技:キメ顔」でSEまで鳴るのは爆笑だし、ある意味映画史に残るキスシーンも最高。カレン・ギレンは走ってくるバイクへの回し蹴りが最高にカッコよくダンス武道のアクションもイカしますが、ほとんどゾンビのようなセクシー演技が壮絶。ケヴィン・ハートが無意識に披露してしまう動物豆知識も何度も重ねられて笑ってしまいます。驚くのが女子高生が憑依したJBことジャック・ブラックで、JKがJBになるという設定以上に、JBがJKにしか見えなくなってくるというのがホントにスゴい。完全に女子なので可愛くさえ思えてくるという恐ろしさ。マーサへのセクシー講座とか、ちん◯に対するリアクションなども最高です。

肉体の変化は笑いに繋がるだけでなく、自分にないもの、あるものをわからせる効果もあります。マッチョな自信家であったフリッジは肉体的優位性を剥ぎ取られ、自分がスペンサーに与えていた圧迫感を味わうことに。逆にスペンサーは「弱点:なし」である肉体のもつ魅力を味わいつつもそれが本来の自分にはないこともわかっていて、マーサに対してそれを気にするわけです(あと髪がないことにショックを受ける)。マーサは自分が自信のなさから人を遠ざけようとしていたことを悟り、べサニーは自分を可愛く見せるためのキャラ作りで無理をしていたことを実感します。SNS依存へのアンチテーゼも含まれてますかね。虚構が現実を侵食する前作と異なり、今作は虚構のなかで現実を見つけるという構造的な違いがあるんですが、それは自意識以外を切り離したところでどう自分と向き合うかということにも繋がっているわけです。

そして各人が持つスキルがそれぞれ要所要所で活かされていくのも楽しいのですが、これはつまり一人のスキルだけではゲームクリアできないということを意味しています。この点はもう一人のプレイヤーであるアレックスの登場でさらに顕著に。アレックスは前作でのアランに相当する「取り残された者」であり「孤独」の象徴なので、一人で無理をしてきたり虚勢を張っていたり自分中心に考えてきた者たちに響き、結束を固めることにもなるんですね。スキルの活用によってそれぞれのできることを精一杯やり、その結果仲間を認めていくことに繋げていくのが上手いです。

また上手いと言えばそれぞれ3つあるライフが、ゲームっぽさを出すことに加えて様々な使われ方をするのが絶妙。カバに食われることでルールをわからせつつ、フリッジがキレてスペンサーを突き落とすという心情の表出に使ったり、ヘリから落としたすきに宝石を拾うという戦略として利用したり、ケーキで爆死という無理矢理さで笑いにしたりとバラエティに富んでます。ちゃんと残1に減らしておくことでスリルにし、アレックスのあと一回という危機感を演出し、その上で蚊に刺されて死んでしまった後にライフを移すという荒技にも使い、マーサの一回を最後に取っておくことで逆転のカタルシスにもするんですね。ビビるスペンサーにフリッジが言う「現実ではライフは一つだ」という言葉は下手をすると上滑りするところですが、これだけ使い倒したあとにクライマックス前のここぞというところで言うのでしっかり響きます。

性格も所属もバラバラで接点もあまりない若者たちが徐々に互いを認めていく、という点では『ブレックファスト・クラブ』を彷彿とさせます。キャラ的にも、スペンサーが文系、フリッジが体育会系、べサニーがお姫様、マーサが不思議ちゃん、のように重なります。アレックスはメタルTシャツを着てるのもあってアウトロー役っぽい。ただ異なるのは、それぞれのスタイルは否定していないというところです。スペンサーはずっとゲームのなかにいたいと言い出しますが、それでもマーサが戻った現実に自分も戻り、現実世界で再びまみえるわけです。みな戻ったあとも見た目は変わらず、でも確実に視野は広がっている。それは多様性を受け入れて他者の価値観を認めながら自分らしさも卑下しないという、『ブレックファスト・クラブ』の現代へのアップデートとして素晴らしい出来。

そしてそんな彼らの大冒険を観てるうちに、こいつらのことが大好きになっちゃうわけですよ。それもアバターではなくちゃんと中の人のことをです。だから最後に宝石をはめても戻らない!というところで「そうだ最後に唱えるんだ」で、観てる方も「それだ!」と一緒に叫びそうになるし、現実に戻った彼らの姿にも違和感を感じないし、幸せな家庭を築いている盟友アレックスの姿にホロリとするのです。ここにおいてアレックスは「孤独」の象徴から「未来」の象徴に変化するんですね。最後はまたドンドコ鳴り出したジュマンジを粉々に砕いて終わりますが、果たしてジュマンジとは何だったのか、悪魔の罠か神の試練か?なんて思ったりするものの、でもそこはちゃんとミステリアスなままで終わらせるというのも粋です。そしてエンド曲がガンズの「Welcome to the Jungle」で、最後に勢いを付けて終わる。とことん面白かったという思いがして心地よいです。

スポンサーサイト



トラックバックURL
http://cinemaisland.blog77.fc2.com/tb.php/1372-c6e707f3
トラックバック
back-to-top