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2018
03.23

共鳴する魂は種族を超えて。『シェイプ・オブ・ウォーター』感想。

The_Shape_of_Water
The Shape of Water / 2017年 アメリカ / 監督:ギレルモ・デル・トロ

あらすじ
ゆで卵もぐもぐ。



1962年のアメリカ。口のきけない女性イライザは清掃員として働く政府の極秘研究所で、運び込まれた不思議な生き物を目撃して心を奪われ、こっそり会いに行くようになる。少しずつ心を通わせていく二人だったが、そんななかイライザは彼が不当な扱いを受けていて、実験の犠牲になりそうなことを知る……。ギレルモ・デル・トロ監督・脚本・製作による、モンスター映画なラブストーリー。第90回アカデミー賞の作品賞、監督賞など4部門を受賞。

言葉を話せないイライザが出会った、アマゾンでは神と崇められる不思議な生き物。"彼"とイライザとの交流、そして愛が描かれます。ユニバーサルの怪奇映画『大アマゾンの半魚人』がインスパイア元とのことですが、むしろ『パンズ・ラビリンス』や『ヘルボーイ ゴールデン・アーミー』など過去のデル・トロ監督作を確かに彷彿とさせ、しかも集大成とも言うべき完成度です。たゆたうように動き続けるカメラ。印象的な色使い。どこかおとぎ話的な展開。それでいて容赦のない現実がそこにはあり、それに屈せず愛を貫く女性の屹然とした姿が描かれます。異形の者に重なるマイノリティの苦痛、孤独を癒す関係の訴求、一方で力の誇示によるやるせなさもあり、実に多層的。

イライザ役は『パディントン2』のサリー・ホーキンス。言葉を話せない女性の役なので台詞はないものの、言葉以上に心情を伝える表情や熱の入った手話での表現、さらに体当たり演技で魅せてくれます。不思議な生きもの役(そういう役名なのね)は『ヘルボーイ』でも半魚人エイブ役だったダグ・ジョーンズ。『パンズ・ラビリンス』『バイバイマン』など人外役が多いんですが、彼が演じることでCGではない生々しさがあると言えます。そしてイライザと"彼"を追い詰めていく警備の男ストリックランド役の『マン・オブ・スティール』マイケル・シャノン、立ち位置的には悪役ではあるものの非常に丁寧に描かれ、イライザたちとの対比が際立ちます。イライザの友人ゼルダ役の『ドリーム』オクタヴィア・スペンサー、ジャイルズ役の『ホワイトハウス・ダウン』リチャード・ジェンキンス、あとホフステトラー博士役の『女神の見えざる手』マイケル・スタールバーグも良いです。

美しい映像と優しげなノスタルジーで彩る愛の物語でありながら、スリルとエロスとバイオレンスも共存するという奇跡的なバランス。モンスターへの愛情を強く感じるものの、ありのままを受け入れるイライザに己を鼓舞し続けるストリックランドと、登場人物の機微もとてもイイ。スゴいよデル・トロ。

↓以下、ネタバレ含む。








冒頭の水に満たされた部屋の風景からして幻想的。このときのナレーションが後でイライザの友人ジャイルズだとわかりますね。水のなかにいるような感じを出したかったという監督の言葉通りカメラは止まることなく常に動いており、最初はそれがちょっと落ち着かなかったんですが、慣れると流されたり漂ったり浮かんでたり、という気分をより感じるような気がします。イライザやジャイルズの部屋のように作り込まれた美術や小道具が心地よかったり、研究所の無機質な情景もどこか間取りが変わってるとか狭くはないのにこじんまりと感じるとか、どことなく独特。水で満たされる部屋や、階下の劇場がおかげで雨漏り状態とか、子供の頃空想したことがあるような情景が色々あって、何だか懐かしくなりましたよ。あとやはり水のシーンはどれも印象的ですね。"彼"のデザインは予想以上に人間離れしてるなと思ったんですが、観てるうちにこれも馴染んできてむしろイケメンに見えてきます。それにしても"彼"の着ぐるみっぽさを感じさせない質感、CGも使ってるようですが実に自然で驚きます。

何度も映されるテレビの古いミュージカル、それに合わせてステップを踏むイライザやジャイルズ、というのがほんのり暖かいんですが、これらのシーンがあるからこそ、終盤でイライザが歌で愛を表現するシーンがドラマチックな関係をさらに強調し、かつ言葉で表せないことのせつなさへと繋がります。絵描きのジャイルズが絵を描くたびに最高傑作と言いながらなかなか採用されない、しかも相手が元同僚というのもやるせないですね。一方でゼルダは『gifted ギフテッド』のようにぼやきながらもイイ人なんですが、とにかく察しのよさがスゴい。"彼"を連れ出そうとするのも、"彼"とヤっちゃったのもすぐに察して「マジー!?」みたいに反応するのが可笑しいです。それにしてもあの「開いて出てくる」のジェスチャーにはやたら想像力をかきたてられるんですが……。そんなコミカルなシーンもありつつ、"彼"を連れて脱出しようとする逃亡シーンは実にスリリング。また、猫が食われたり、顔を撃たれて開いた穴に指突っ込んで引っ張ったりと、デル・トロらしい容赦ないエグさもあったりします。

イライザは日々規則正しい生活を送り、人並みに仕事もこなすし、なんなら自慰も行いますが、それでも施設で育ち口がきけないというハンデを抱えていること、そして女性であるということで、何かしらの差別を受けていたことは伺えます。ジャイルズという性別も年齢も越えた友人、ゼルダという何かと気にかけてくれる友人もいますが、それでも不思議な生きものこと"彼"に惹かれてしまうのは、アマゾンから連れてこられ実験という虐待を受ける"彼"に自分と同じような孤独を見たからでしょう。「彼は孤独なの」と言ったり「お前は孤独なのか?」と問われたり、他者と異なる者が抱える孤独という共通点。しかしイライザにとってはその孤独はむしろ孤高と呼ぶものであり、"彼"を「美しいもの」と表すようにその異質な見た目は他にない高潔なものとして映っていると思われます。何より見た目以上に魂の共鳴を感じたからこそ、水槽のなかにいる"彼"と手を重ねたり、ゆで卵を与えたり音楽を聴かせたり、そういった人生の豊かさを与えようとするんですね。そういったイライザの行動はとても自由に思われ、そこに幸福感を感じます。サリー・ホーキンスの「美人ではないが気になる」とストリックランドに評される外見も(失礼ながら)むしろ安心感を伴います。

一方でストリックランドは高圧的な態度と権力により場を牛耳ろうとする典型的なマッチョ気質です。常に持ち歩き威圧感を与える警棒とか、解放感と水難事故との諸刃の剣であるノーハンド放尿とか、『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』でも見た意識高いポジティブシンキングの本とか、とにかく自信ありげな上から目線の言動が多く、ディーラーに「成功者の車だ」と言われてティール色(初めて聞いた)の車を買ってしまうような野心家でもあります。あらゆる点でイライザとは逆であり、イライザのラブシーンがファンタジックであまりエロさは感じないのに比べて、ストリックランドの方はぼかしが入るほどあからさまで生々しいのもそういう対比なのでしょう。しかし上司に「いつまでまともな男というのを証明し続けなければならないのか」と言うように、実際には常に追い詰められ、マッチョであることを強要されているんですね。切断されてくっつけた指が徐々に腐っていくのが、彼がどんどん堕ちていくのと比例しているようで、ついには限界を迎えて指を引きちぎるに至ります。その点では彼もまた誰にも理解されない孤独な者であるわけです。

孤独を抱えているのはスパイとして潜入しているホフステトラー博士も同様で、敵国の人々に囲まれながら自分を偽って過ごす博士は結果的に国家をも裏切って孤独に死んでいくわけですが、しかし彼はイライザ同様美しいものを守るために命を懸けるのです。またジャイルズが不味いと言いながらキーライムのパイを買うためにパイ店に通ってしまうのは、お気に入りの店員が親しげに話しかけてくることで孤独が癒されるからでしょう。その店員の酷い差別的言動によって傷付いたジャイルズは、それだけに"彼"へ無償の愛を注ぐイライザに余計肩入れして命懸けで二人を守ろうとします。ゼルダはしょっちゅう旦那の愚痴を言いながらもそこまで嫌ではないのかなと思うんですが、旦那がイライザのことをストリックランドにチクってしまうことで旦那との壁を感じることになります。でも旦那も奥さんを守ろうとしたわけですからね、あんなデカくて狂暴な顔の男が指引きちぎったらそりゃビビるだろうし、あの夫婦のその後はちょっと心配。

口のきけないイライザ、黒人であるゼルダ、ゲイであるジャイルズ、60年代という時代がより彼らの受ける差別を浮き上がらせ、友人や家族とは別に「世界」との隔絶という孤独感を強めます。しかし"彼"はイライザたちの世界とは別の存在であり、それでいてイライザたちと何も変わらないと言われる存在です。それはこの世界のあらゆるしがらみや常識、縛りや息苦しさ、引いては苦難や苦痛をも超越しているということであり、それゆえに"彼"は傷を癒す力を持っているのでしょう。イライザの首の傷をエラに変えるのは、様々なものからの解放の象徴でもあるのです。だからこそ深く青い水のなか二人が抱き合い、脱げた靴がゆっくりと沈んでいくショットは実に美しく、二人には自由な精神を感じられます。語り部がジャイルズであり、それこそおとぎ話のような言葉で始まることを考えると、ひょっとしたらイライザの物語を美化して聞かせているという可能性もあるでしょう。でもそれによりさらに寓話性は増し、普遍的な愛の物語として提示されているとも言えます。水が形を変えたり分かれたり流れたりしながらも最後は一つの水滴になるように、愛の形も一定ではなく、そしてそれは肯定されるべきなのだ、という強い思いを感じることができます。

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