2018
02.15

怒りと悲しみのその先。『スリー・ビルボード』感想。

Three_Billboards
Three Billboards Outside Ebbing, Missouri / 2017年 イギリス / 監督:マーティン・マクドナー

あらすじ
砂漠がある国???



ミズーリ州の片田舎の町はずれで、巨大な三枚の看板に掲げられたメッセージ。それは何者かに娘を殺された女性が、犯人を逮捕できない警察に業を煮やした抗議の広告看板だった。これを快く思わない警察や住民とのいさかいが広がるが、事態は思わぬ側面を見せていく……。『セブン・サイコパス』のマーティン・マクドナー監督によるヒューマン・ドラマ。

娘を殺された女性ミルドレッドが広告看板に載せた三つのシンプルなメッセージ、それにより様々な人々に起こる変化を描いていきます。事件そのものはとても重くツラいもので、かつ打開策が見えない閉塞感が漂います。娘のため孤軍奮闘の女性、名指しで責められる警察署長、看板に怒る警察、看板を管理する責任者、無遠慮なマスコミ。そんな人々がぶつかり合い、息苦しさで動けなくなりそうな話……のはずなのに、停滞することなくどんどん予想もしない方向に話が転がっていくのがとんでもなく面白い。事件の行方や背景といった主軸に絡むように浮かび上がる理不尽や差別、見下し、他人事といった負の状況や言動が、いつしか勇気と理解と優しさに変わっていく。忘れられない怒りや憎しみを包み込んでいく暖かさが心に響きます。素晴らしい。

頑なに壁を崩さない母親ミルドレッド役に『ファーゴ』『ヘイル、シーザー!』のフランシス・マクドーマンド。静かな怒りから発する気っ風の良さと、時折見せる本心。その繊細な演技には圧倒されます。ウィロビー警察署長役の『猿の惑星:聖戦記(グレート・ウォー)』『グランド・イリュージョン 見破られたトリック』ウディ・ハレルソンが見せる実直さ、レッド役の『バリー・シール アメリカをはめた男』『ゲット・アウト』ケイレブ・ランドリー・ジョーンズのそれでも差し出すグラスとストローの位置、皆素晴らしい。特にディクソン役の『月に囚われた男』『セブン・サイコパス』サム・ロックウェルの表現力には泣けます。『ピクセル』ピーター・ディンクレイジや『ジオスオーム』のスーパーSPことアビー・コーニッシュも良かった。

面白いと言うと不謹慎にさえ感じる設定ではありますが、移ろい行く人の思いが、関係性がもたらす転機が、そして生きている限りあり続ける日常が、上手く噛み合わなかったり緩やかに同じ方向に向かったりして人生を彩っていくのはやはり面白い。脚本、演出、演技、全てが出色。ラストの余韻は格別です。

↓以下、ネタバレ含む。








静かな怒りに燃えるミルドレッドは、誰もが、それこそ息子でさえ忘れようとしている重い現実を、車を売った金をつぎ込んでまで三枚の看板に露にします。自らも傷口を抉られながら、やんわり諭そうとする者も退け、娘のために犯人を見つけようとする。しかしそこには娘のためと言うより自分のため、という側面もあるでしょう。娘との最後の朝とおぼしきシーンでは後悔するに十分な言葉を投げつけており、むしろ自分が娘を殺したという意識さえあるかもしれず、だからこそ頑なに犯人逮捕を求めます。一方で神父をギャング呼ばわりしたり、歯医者に指ドリルかましたり、空き缶を投げたガキどもに股間蹴りしたりとコメディ要素も随所にあり、指ドリルも放火もやってないと嘘をつき通すのが笑えたりと軽やかさもありますね。しかし毅然とした態度に感じる強さとは裏腹に、実際はギリギリのところで踏ん張ってるようなところもあり、店に来て脅す男に緊張したり、不意に現れた鹿に「娘の生まれ変わりか」「でも違う」と涙したりと、虚勢もあるのだろうと思わせるフランシス・マクドーマンドの絶妙な演技がイイ。

意外な展開には引き込まれますが、その意外性というのは驚きやどんでん返しというよりは「この人がこんな言動を」という、人が見せるステレオタイプではない姿が安易な予想を覆す、という方が近いです。そこにその人の思いや本当の姿が垣間見えるからより印象深い。署長がガンで死にかけてるというのが突然の吐血で実感を伴い、まさか自殺するとは、というのも心情としてはわからなくもなく、それでいてやはりショッキング。最後の責任として手掛かりのない事件を洗い直そうとする姿勢、ミルドレッドに手紙を残し看板料を払うというので、彼が皆に慕われるのも納得できます。署長の妻がミルドレッドに手紙を渡す際のやりきれない思いの表出も秀逸。また吐血の際に心底心配そうな顔をするミルドレッドには本来の優しさを垣間見ることもできます。看板を出したミルドレッドとテーブルをひっくり返して怒る元夫とのやるせないやり取り、それをひっくり返したテーブルを元に戻すというマヌケさで緩和してたりするのも面白い。

自分を投げ落としたディクソンと同室になったレッドがとる行動は、予想に反して最高にイカしたものです。例え憎むべき相手でも全身火傷の人にオレンジジュースを出してやり、ストローの位置まで相手に向けてやる細かな気遣い。ミルドレッドの看板を出す依頼も、あくまで事務的に対応しようとするものの「あの事件の」ということをわかって協力しているふしもあり、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズが醸し出す見た目のチャラさからは図れないイイ人ぶりがたまりません。またジェームズは小人と蔑まれたり困ったような顔をしながらも、これだけは言わなきゃ、みたいな意思を感じる食事シーンにハッとさせられます。彼にしてみればミルドレッドのアリバイ作りは純粋に好意であり、彼の「見下している」という言葉にミルドレッドもまたディクソンと大差ない差別を行っていたと気付かせます。ピーター・ディンクレイジの優しさが滲み出るような表情の演技も相まってスゴく良かったです。

最も意外な変化を見せるディクソンは、最初は差別主義者であることを隠そうともしない南部の男、というあからさまに嫌なヤツであり、ミルドレッドを脅したりレッドをとんでもない目に逢わせたりとちょっとサイコ気味ですらありますが、少々おつむが弱いとか差別主義の母親に引きずられたマザコン野郎だとか色んな実態が見えてきます。このような何気ない描写でいつの間にか人物のイメージが想定できるんですが、それを裏切るのが本作の特徴でもあるでしょう。敬愛する署長が見せる自分宛に(自分のためだけに!)書いた手紙にあった「おまえは警官に向いている」という言葉、そして半殺しにしたレッドが見せる優しさ。もちろんバカだから流されたという見方もできるでしょうが、むしろ母親に南部の男だから~と叩き込まれた彼こそが偽りだったのかもしれない、とちゃんと思えるような描写が重ねられているのです。ここら辺の描き方とサム・ロックウェルの演じ方がとても良いし、看板を燃やしたのがディクソンかと思わせるような繋ぎ方の上手さも効果的。むしろ警察をクビになって自棄になり燃やしてもおかしくないのにそれをしない、というのが何気なくディクソンの本質に迫っているとも言えます。

だから殴られてまで怪しい男のDNAを採取するのも、意外ではあるものの妙に納得してしまうのです。それでいて「希望を捨てるなと言いたかった」で泣かされるまでになるとは。始まりはミルドレッドへの敵対だったはずなのに、回り回ってミルドレッドの一番の協力者になるというのがね、何と言うか、嬉しくなるんですよ。この「嬉しくなる」という感覚がとても面白いのです。復讐を果たそうとするミルドレッドに振り回されていたかのような周囲が、それとは別の要因や元々の矜持により変化を見せる。誰もが持っている優しさが徐々に見えてくると言うか。ミルドレッド自身も獣臭いと嫌っていた元夫の19歳彼女のことを(ビンでブン殴るのかと思いきや)「大事にして」と言うまでになるんですね。

それだけについに犯人を見つけたという希望が砕けるのは悲しく、ミルドレッドとディクソンが言葉少なに天誅を下そうという思いに至る展開はせつなくなるんですが、そこでも安易な予想は覆されます。「警察署をやったのは私」に「あんた以外誰がいる」という告解と赦し。そして「殺すのか」に「それはあんまり」という本心の吐露。ツラさと悲しみが消えるわけではない、でも「道々決めればいい」という台詞に宿る生きることへの軽やかな希望。この重い話になんと爽やかなラストシーンでしょう。単純な正義感でも復讐譚でもなく、差別や偏見への痛烈な批判でもなく、とても自然な癒しを持って終わるこの稀有な作品に、最大級の賛辞を送りたくなるのです。

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