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2017
12.25

揺らぎと決別と大いなる意思。『スター・ウォーズ 最後のジェダイ』感想(その1)。

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Star Wars: The Last Jedi / 2017年 アメリカ / 監督:ライアン・ジョンソン

あらすじ
遠い昔、はるかかなたの銀河系で……(第8章)



帝国に代わる脅威であるファースト・オーダー、そのカイロ・レンを目覚めたフォースの力で退けたレイ。彼女は隠されていた地図を元に、ついに伝説のジェダイ騎士を見つける。一方でレイア将軍率いるレジスタンスはファースト・オーダーに追い詰められ、撤退を余儀なくされていた……。10年ぶりに復活した『スター・ウォーズ』、その新たな三部作の2作目。

前作『スター・ウォーズ フォースの覚醒』から始まった新たなる『スター・ウォーズ』のカノン(正史)、その続編となるエピソード8です。今回は前作のほぼ直後から始まり、帝国から枝分かれしたファースト・オーダーによるレジスタンスへの猛攻、そして伝説のジェダイ騎士、ルーク・スカイウォーカーへと辿り着いたレイを軸に物語が進みます。前作の監督J・J・エイブラムスは製作に回り、今回の監督、そして脚本も務めるのは『LOOPER ルーパー』のライアン・ジョンソン。監督・脚本兼任として単独でクレジットされるのは、シリーズ産みの親ジョージ・ルーカス以外では初めて。これがどう影響するのか期待と不安が入り交じる本作でしたが、良くも悪くも過去作とは一線を画すものになったと言えるでしょう。

フレッシュでアガる熱い映像には引き込まれ、次々と襲いくる予想外の展開には驚愕します。古きと新しきの交錯が織り成す関係性に、善と悪との境界が揺るがされるドラマはスター・ウォーズとしては新鮮。一方でスター・ウォーズとしてどうなんだ、という展開も多々あり、何度も「あれ?」と引っ掛かるような作劇として雑な点もあります。あまりに濃い内容なこともあって観賞後もどう受け止めていいのか少し戸惑うくらい。世間の評価も真っ二つに分かれているようで、それもわからなくはない。ある意味問題作です。でもそんな引っ掛かりを感じながらも、観ながら何度も震えたり何度も泣いたりした、というのが自分にとっては事実なのですよ。

レイ役のデイジー・リドリーは前作に続き素晴らしいですが、今作ではより濃く彼女の苦悩が描かれます。ジョン・ボイエガ演じるフィンはひたすら直情的。ちょっとせっかちですね。オスカー・アイザック演じるポー・ダメロンはエースパイロットですが、実は青さもあるという一面も。カイロ・レン役のアダム・ドライバーは、抑えた感情が溢れそうになる表情がスゴく良いです。そしてルーク・スカイウォーカー役のマーク・ハミルは存在感も表現力も素晴らしい。前作に続き重厚さと包容力を感じさせるレイア・オーガナ役のキャリー・フィッシャーは、2016年12月に急逝したためこれが遺作に。ありがとう、永遠のレイア姫……。

色んな語り口があるのが面白いと思うんですよ。何と言うか、スター・ウォーズがここまで懐の深さを見せてくるとは思わなかったと言うか。冒険譚であり家族の物語であり善と悪の戦いであったスター・ウォーズ(スピンオフやアニメ版などは除いた正史)に新たな観点を持ち込んだことは、今後もシリーズを続けていくうえでも必要なチャレンジであるでしょう。オールドファン(僕もそうですが)にとっては喪失感もあるし、どうしても過去作と比べてスター・ウォーズらしさを求めてしまうというのはあります。しかし足枷になりかねない過去の制約を切り捨て、固定観念を打ち破っているとも言えるんですよ。上映時間152分は長さはあるけど退屈はしなかったし、結論としてはとても良かったです。

↓以下、ネタバレ含む。








■映像の醍醐味

映像の迫力や目新しさにはやられます。オープニングから惑星へ向かって急降下していくカメラ、地上から見上げた空中に次々現れるスター・デストロイヤー、ドレッドノートのキャノン砲の脅威。ポーが見せるファイター戦は宇宙空間で思い切り操縦桿を倒して急ターンとか斬新。スノークの赤い部屋もまた斬新ですが、そこでレイとベンが背中合わせになって共闘を始めるのがまた激アツ。色んな武器を使って戦う親衛隊とのアクションもイカします。レイは戦うときの吠える姿が野獣のようで、前作序盤でフィンを追ってくるときの鬼の形相といい、別の意味で迫力がスゴい。またカント・バイトのカジノは多種多様な人種で溢れててゴージャス。ファジアーの疾走する姿も力強くて美しいですね。

惑星クレイトでの真っ白な塩の地面とその下の真っ赤な土、という舞台は『クリムゾン・ピーク』を思い出しますが、スピーダーが白いキャンバスに赤い軌跡を描くのが面白いです。これによりルークの足元が赤くならないことで幻だということも示しています(最初は軽功でも使ってるのかと思いましたが)。ファルコンが敵を引き付けて飛ぶ真っ赤な岩石の洞窟というビジュアル、そこを突き破り空中に飛び出すというショットもカッコいいです。ベンが片足ダン!て踏みしめながらライトセーバーを出すのとか、ルークにライトセーバーを突き出したアップのショットなどもイイ。


■驚きと戸惑い

今回はとにかく驚きの展開が多いです。驚きと言うよりは奇をてらった、と言った方がいいところも。ルークのライトセーバーポイ捨てからして「えええ!?」ってなります(レイの「マスター・スカイウォーカー?」という戸惑った言い方がイイ)。ラスボスかと思っていたスノークが中盤で真っ二つにされるのも衝撃。宇宙に放り出されたレイアがフォースの力でシャトルに帰還するのも驚きです。というかレイアがそこまで強いフォースの持ち主だったというのも驚き。そして終盤のルークが幻だったというのには度肝を抜かれます。全火力を向けられても平気なのスゲー!と思ったらそういうことか。海に沈むXウィングは伏線ではなくミスリードだったわけですね。一方でコミカルなシーンが意外とあるのもちょっと驚きではあります。特にハックス将軍は気の毒になってくるほど。

ただサプライズや新鮮味を重視したためか、雑な点も多いです。序盤の爆撃機の不自然なほどの遅さや、宇宙空間での爆弾投下にはさすがに「え、無重力……」とあんぐりします。フィンとローズがトラッカーを切る作戦はカント・バイトから敵旗艦にまで展開しますが、全く役に立ってません。武器商人の金で潤う上辺だけキレイな街を破壊し、レース用に調教されて傷だらけだったファジアーを解放した、だから「意味はあった」というのは正直苦しいところですが、しかしこれはEP1のポッドレースという意味ありそうでそうでもない前例があるのでまだいいでしょう。ただ重要な役割であるはずのコードブレイカーの代わりをどこの誰かもわからない怪しい男に頼むのは適当すぎではあります。

そしてファースト・オーダーがハイパースペースをも追跡できるために、レジスタンスはただ逃げるしかない、というのが展開として若干停滞をもたらすんですよね。シャトルから輸送船が逃げるときもガンガンやられていくので酷い喪失感。トラッカー切断はそれを緩和するエピソードでしかないのか?とさえ思えてきます。加えてクレイトでのスピーダーによる攪乱作戦も、結局何の成果もなく犠牲だけを増やして終わります。ただそれらは「失敗も伝えるべき」という教訓をそこに見出す目的ではあるんでしょう。一度観ただけではちょっと難しいですが。

他にも、ホルドがポーに作戦を隠す意味がないとか、玉砕覚悟で残ったのにハイパースペース特攻のタイミングが遅いとか、ローズのキスがさすがに唐突だとか、アクバー提督がいつの間にか戦死しているとか、至るところに不満もあります。勢いがあるので観てる間はそこまで気にならない、というわけでもないんですよ。カットされたのかもしれませんが、せめてほんの少しでも疑念を解消できる台詞なりショットなりがあれば、ここまで戸惑わなくて済んだのに、とは思います。


■価値観の揺らぎと選択

前作から始まった新三部作のキーパーソン、レイとカイロ・レン。フォースに目覚めたレイはルークにフォースとは何かを教えられつつ、闇の力をも知ることになります。でも島の地下に渦巻く闇の力(なのか?)に両親のことを聞いたりしますが、特に闇に飲み込まれたりはしません。一方のカイロ・レンことベン・ソロは、ダークサイドでありながら光の誘惑に駆られつつ、闇の師であるスノークを自らの手で葬りながら光の側に戻るわけでもなく、結果自らファースト・オーダーのトップとなります。何が言いたいかと言うと、ライトサイドとダークサイドのどちらに属する、あるいはどちらへ移る、といったハッキリ分かれていたはずの領域が、今作ではなんだかボンヤリしてるんですよ。もっと簡単に言えば善悪の境界が揺らぐのです。

これを最も分かりやすく示しているのがベニチオ・デル・トロ演じるDJで、フィンとローズにしてみれば(観ている者にとっても)、ローズのペンダントを返すシーンなどもあるために、彼はレジスタンスの新たな協力者くらいに思っちゃうわけですが、捕まったあとはあっけなく寝返ります。いや、彼にしてみれば金のために動いていたわけでそこに矛盾はなく、フィンに「間違っている」と言われても「かもな」だけで去っていく。ひょっとしたら次作で何かあるかもしれませんが、少なくとも今作では「人は善と悪だけではわけられない」と示す役割でしかありません。演じるのがベニチオ・デル・トロだから期待しちゃうという効果もあるでしょう(だから無駄遣いではないとは思います)。つまり光と闇とか、善と悪とか、そんな側面は誰もがどちらも持っているのだというように一旦境界をあやふやな状態にして、その上でどちらの道を行くかを各人に選ばせているのです。結果レイはベンの誘いを断り、ベンは最高指導者となり、フィンはそれでも愚直であろうとするのです。


■切り捨てられた血統

レイは何かしらの血統を継ぐ者では、という予想もありましたが、今作で両親が飲み代のために娘を売った名もなき人でしかない、というのが明かされます。つまり過去のジェダイとは何の繋がりもなく、ただ能力をもって生まれたということ。それでもルークがアナキンを解放したことを是とし、ベンを光の側に戻そうと考え、レジスタンスを救うことを諦めようとはしません。そこにはルークやレイアらの精神性を受け継ごうとする姿勢が見て取れます。

一方でベンはスカイウォーカーの血を引きジェダイに師事しながらこれを切り捨て、父殺しにより親子の繋がりさえ絶ちます。しかも暗黒面のマスターであるスノークまで殺してしまう。そこには受け継ぐことを拒否し、自分が新たな秩序をもたらすのだという思いが見られます。ルークに殺されそうになったという思い込みと、スノークに見限られたという苦しみ、それが「過去を葬れ、殺してでも」という言葉に繋がっているのでしょう。血統を持たぬ者が過去を引き継ぎ、血統を持つ者が過去を切り捨てる。これは、重要なのはもはや血筋ではない、というシリーズの転換を示すものでもあります(スカイウォーカー家の話を描いてきた過去作からの脱却という意図もあるでしょうが)。そしてその転換は、名もなき者だって活躍できるのだ、ということに繋がります。

これは『ローグ・ワン スター・ウォーズ・ストーリー』でも描かれていたことですが、本作でその方向性を分かりやすく担っているのがローズです。どこかの血筋でもなく、フィンのような元ファースト・オーダーという特異性もなく、あくまで一介の整備士でしかないローズが、フィンと共にレジスタンスの窮地を救う秘密作戦に自ら乗り出す。目立つ容姿でもないのは敢えてのキャスティングなんでしょう。しかし彼女は、最後まで戦って散った姉の思いを受け継ごうとして行動するわけで、そこに光の側の精神性を感じさせます。

あるいはレイアを引き継いで提督となるホルド、彼女は歴戦の指導者ではあるもののジェダイでもフォースの使い手でもないわけですが、それが「フォースと共にあらんことを」を劇中で唯一口にする人物となっています。正確にはフィンも言いますがそれはローズをごまかすための表面上のものだし、レイアが言おうとするもののこれはホルドと被ったため結局全部は口にしません。ホルドの台詞が「May the force be with you, always.」と、フォースは常にそこにあるというような普遍性のニュアンスを含んでいるのも意味深です。思えば前作でもマズ・カナタがフォースについて語っていたりするし、ルークによるフォースの教えもそれがジェダイに帰属するものではないことを強調しています。


■決別と成長

ヨーダの登場には「まさか!」という感じでグッときましたが、それ以上に驚いたのはヨーダがジェダイの聖樹を燃やしてしまうことです。ルークでさえ躊躇したのに「かび臭い本など燃やしてしまえ」と雷を落とし、「まだ地平線を眺めているのか」と、過去との決別を促すべきであることを示します。そして「越えられるために我らはいる」と去り際を示唆し、伝えるべきは失敗も含めて伝えよ、と言うわけです。言い換えれば、ジェダイという枠にこだわるべきではない、誰もが失敗から学ぶことができる、みたいにも取れますね。

そうして振り返ると、ポーはドレッドノート攻撃を強行して犠牲を増やし、レイアに「Xウィングを飛ばすだけでは解決しないこともある」と言われますが、終盤にルークが一人戦う意味を考えて皆を逃がすという行動を取るに至ります。フィンはスピーダーでキャノン砲に特攻をかけようとしてローズに救われます。共に若さゆえの熱意が先走った結果であり苦さを伴うものですが、そこから何を学びどう成長するかということを描いていると言えます。犠牲は出てしまった、しかし思いの強さから発した行動自体は無駄ではない、という観点。だからその観点に沿って見れば、フィンとローズのトラッカー停止作戦の失敗も無意味ではないし、レイの悩みやベンの葛藤も越えるべくしてある試練です。

ルークはレイへのフォースの認識に関するレッスンで「素晴らしい、全て間違えている」と言いますが、ベンが「レジスタンスもジェダイも滅ぶ」と言うときも同じ台詞を返します。「反乱軍は再び立ち上がる。戦いは始まったばかりだ。そして私は、最後のジェダイではない」。そこには新たな力への継承の意思が感じられるし、これが元弟子へ光の強さを教える最後のレッスンであるとも思えます。価値観は揺らぎ、血統は途絶え、失敗は繰り返される。それでも前へ進むのだという教え。そこにあるのは老兵が残った若者たちに託す未来です。そしてそんなルークの大いなる意思は、ラストのホウキを取るときさりげなくフォースを使う少年のような者たち、次世代へと自然と受け継がれていくのです。

 ※

長々書きましたが、細かいところまでは語りきれなかったなあ。近いうち補足的な記事を追加で書くかもです。

※追記:書きました!続きはこちら。
 →もう一度EP8を振り返ってみよう。『スター・ウォーズ 最後のジェダイ』感想(その2)。

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