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2017
12.18

殺人者は誰か、悪は誰か。『オリエント急行殺人事件』感想。

Murder_on_the_Orient_Express
Murder on the Orient Express / 2017年 アメリカ / 監督:ケネス・ブラナー

あらすじ
ヘラクレスではありません。



トルコ発フランス行きの寝台列車オリエント急行で、殺人事件が起こる。列車に乗り合わせていた世界一の探偵、エルキュール・ポアロは、乗客と車掌の合わせて13人を容疑者としてこの密室内の事件解決に挑むが……。アガサ・クリスティ原作のミステリーをケネス・ブラナー製作・監督・主演で映画化。

走る密室で刺殺された富豪。列車にいるのは教授、執事、伯爵夫婦、秘書、家庭教師、宣教師、未亡人、セールスマン、医者、公爵夫人とメイド、という共通点のない乗客たちと車掌。鉄道会社の友人に乞われて事件を調べることになった探偵エルキュール・ポアロは、そんな事件の真相に迫っていきます。本作はクリスティのミステリーでも特に有名だろうし、1974年にもシドニー・ルメット監督で素晴らしい映画化がされているため、結末もまあ知ってる上で観たわけですが、これがとても良かったです。序盤の旅に出るという高揚感に、機関車が走る描写の迫力とワクワク感。美しい風景とゴージャスな美術による幸福感。そして豪華な出演陣。シドニー・ルメット版に引けをとらない出来。オチは知ってるにも関わらず、解決編が始まる辺りからずうっと泣きそうになりながら観てました。それくらい美しく、そしてエモーショナルです。

キャストの布陣は豪華です。半マフィア的なラチェット役に『パイレーツ・オブ・カリビアン 最後の海賊』ジョニー・デップ、未亡人役に『ダーク・シャドウ』ミシェル・ファイファー、教授役に『ジョン・ウィック』ウィレム・デフォー、家庭教師役に『スター・ウォーズ フォースの覚醒』デイジー・リドリー、公爵夫人役に『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』ジュディ・デンチ、宣教師役に『悪の法則』ペネロペ・クルス、セールスマン役に『マグニフィセント・セブン』マヌエル・ガルシア=ルルフォなど。伯爵役にダンサーのセルゲイ・ボルーニンというのは新鮮。

何よりポアロ役である『ダンケルク』のケネス・ブラナー、変わり者ではあるがそこまで嫌味ではなく、こだわりの強さと何より正義感を感じさせる、という新たなポアロ像がスゴくイイです。謎解きは若干あっさりに感じるものがありますが、それは今作が事件の真相そのものもさることながら、ポアロの価値観を揺るがすというのが最大の焦点だからじゃないでしょうか。ケネス・ブラナーは過去の監督作『シンデレラ』が大好きなんですが、今作でも美しい映像と心に響く演出で魅せてくれます。

↓以下、ネタバレ含む(犯人やトリックはボカしてます)。








豪華キャストを集めただけあって、乗客たちはみな存在感が良いですね。もちろん演技合戦という点でも楽しめるし、何より出番が少なくても印象に残るという利点があります(そのぶん人物の掘り下げをちょっとはしょってる感もありますが)。ジュディ・デンチは佇まいが強烈だし、ペネロペ・クルスのどこか病んだ感じも不穏さを煽ります。ジョニー・デップは『ブラック・スキャンダル』を思わせる危なさと、さっさと退場させられる役回りが面白い。『美女と野獣』のジョシュ・ギャッドもいい味出してたし、デイジー・リドリーは予想はしてましたがクラシックな装いも似合うなあ。ウィレム・デフォーの教授から探偵への豹変と真相を語るときの痛々しく微笑む姿、陽気で若々しいミシェル・ファイファーが真相を明かしたのち突然老け込んで見えるのなどもなんとも物悲しい。セルゲイ・ボルーニンなんて序盤の華麗なる回し蹴りが無駄にカッコよくて、そりゃポアロも吹っ飛ばされますよ。

そんな乗客たちを相手取るポアロの捜査シーンは、狭い列車のなかという制約のなかで、アングルやカット割りなどが工夫されて単調にならないようになっています。食堂車をカメラがゆっくり移動したあと、ポアロとラチェットを切り返して映すシーンは同じ車両とは思えない変化を見せるし、並んだ客室を映す方向なども変えてきます。途中で雪原を力強く走る列車の姿や美しい風景などを挟むことでメリハリも出てるし、終盤でトンネルに並んで座る11人はまるで『最後の晩餐』のような絵画を思わせる美しさ。ポアロが助手を追って車外に飛び出すというちょっとしたアクションも。ただちょっと部屋の並びがわかりにくいとか、赤い服の扱い方が若干雑であるとか、絡みの少ないセールスマンや車掌が目立ちにくいとか、ミステリー的な伏線の描き方としては少々難はありますかね。

コミカルな描写はノイズにならない程度なので許容範囲です。ポアロの名前であるエルキュールをヘラクレスと言われたり(ポアロの返し方も愉快)、あとあのヒゲカバーは斬新すぎて笑うんですが。当時では普通だったんだろうか?ポアロってなんとなく恰幅がよくてちょっと取っ付きにくいイメージでしたが、自分を世界一の探偵と呼ぶときも、おなじみ「灰色の脳細胞」の言い方もわりと控えめで、新しいポアロ像が新鮮。そしてポアロの持つ正義の尺度というものがよりクローズアップされてるんですね。序盤の遺物盗難事件の前後に口にする「バランスが大事」、そして「人間は善か悪しかない」というのがポアロの性質を示しています。人は善悪どちらかに明確にわけられ、罪を犯した者は裁かれるべきという確固たる信念。それがポアロの正義です。

クライマックスの全員を集めての謎解きでは、ポアロは怒りに声を荒げます。「二人を騙せると思ったか、自分の神と、エルキュール・ポアロを」という台詞には、この犯罪を遂行した「悪」に対する怒りが込められています。いや、ひょっとしたら犯人への理解を感じてしまう自分自身に怒っていたのかもしれません。畳み掛けるように明かされる動機、奪われた幼い命、人が人を思うあまりに修羅となる現実。そんな悲しみに満ちた真相と、善悪を信じ、バランスを尊び、嘘をつくことを否定するポアロの正義のせめぎあいには心を抉られ、涙せずにいられなかったです。

最後に本当の被害者、アームストロング大佐に宛てた手紙の形で心情を綴るポアロのモノローグ。殺人者は誰か、悪は誰か。価値観を揺るがされたポアロが出した結論は、世界一を自称する探偵にはとても苦く、それでもこれしかないというものだったでしょう。乗客に自身の思いを告げるポアロの表情は、穏やかで寂しげ。その後は乗客たちは窓越しにおぼろげに映るだけで終わってしまうことからも、これは何よりもポアロという一人の探偵の話であると言えます。場を乱し、動機に関わらず犯人を断罪するという点で、ミステリーにおいて探偵は異物でしかありません。そんな探偵という存在をこそメインに据える、この構造がとても面白かったです。ラスト、夕陽に走り去るオリエント急行の美しさが染みます。

さて、どうやらケネス・ブラナーのポアロは早くも続編の準備が進んでいるようです。ラストの展開からして次作は『ナイル殺人事件』なんでしょう。いやあ、楽しみです!

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