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2017
11.19

世界の脅威は巨大で矮小。『シンクロナイズドモンスター』感想。

colossal
Colossal / 2016年 カナダ / 監督:ナチョ・ビガロンド

あらすじ
フトンは至高。



職を失い飲み歩いて同棲中の彼氏に追い出され、ニューヨークから故郷の田舎町に帰ってきたグロリア。そんなとき韓国のソウルで謎の大怪獣が出現したというニュースが流れ、テレビに映った怪獣の映像を見たグロリアは、自分の動作が怪獣の動きとシンクロしていることに気付く……。アン・ハサウェイ主演の異色モンスター映画。

巨大怪獣が出現する、ということから怪獣映画かと思うんですが、そんなストレートな話ではありません。仕事を退職させられ彼氏からは家を追い出され失意のUターンをした飲んべえの女性グロリアが、アメリカの田舎町でなぜか遠く離れたソウルに現れる怪獣とシンクロするという、スゴく変な話。自分が手を上げれば怪獣も手を上げる、つまり怪獣を操ることができるという事実に気付くグロリア。一体どう展開するのかわからないまま話は進んでいき、怪獣映画のノリを期待してると肩透かしを食らうんですが、実はこれがなかなかのスリラーであり、かつ人間ドラマなんですね。町を容易く破壊できる巨大な存在、それが閉鎖社会の闇に繋がっていくという奇妙さ。さらには彼女が自らの人生に立ち向かうことになるという意外性。ちょっと強引なところもあるけど実にユニークです。

主演は『ダークナイト』『レ・ミゼラブル』のアン・ハサウェイ。製作総指揮まで務めてますね。演じるグロリアはかなりダメな感じなんだけど、頭ポリポリかいて猿みたいと言われたり、顔をふにゃってしたりするのがまあ可愛い。尻を強調した服装のちょっとエロい感じもたまりませんが、そこにだらしなさが透けて見えるというのが絶妙。グロリアを追い出す彼氏ティム役は『美女と野獣』で野獣を演じたダン・スティーブンスで、グロリアとは逆にキッチリしてる感じが滲み出てます。あとグロリアの地元仲間となるバーのマスター、オスカー役のジェイソン・サダイキスがね、とてもイイんですよ。同じく仲間のジョエル役に『セッション』『ブリッジ・オブ・スパイ』のオースティン・ストウェル、ガース役に『ファンタスティック・フォー』のティム・ブレイク・ネルソンといった布陣です。

グロリアは言ってみれば「負け組」であり、再起の目途も立たないドン底状態なわけですが、怪獣が操れるとしてもそこでやけを起こしたりはせずまず人命のことを考える、というのがまだ救いがあるわけです。しかしそうでない者がいるとしたら?独特な設定にジワジワとくる見せ方も面白く、現代のネット社会が抱える現実感の薄さ、田舎町の抱える異様な捻れに唸り、そして一人の女性が立ち上がるまでの姿がなかなか熱いです。ただせっかく怪獣が暴れるなら東京にしてほしかったですけどね。きっと日本の制約が厳しくて韓国にしたんだろうなあ……そこはちょっと残念。

↓以下、ネタバレ含む。








グロリアは彼氏の留守中に友達呼んで騒ぐようなダメ女ではありますが、自分が暴れれば怪獣が大惨事を起こすということにもすぐ気付くし、なんとかロボットを止めようとするしで、悪人とかバカではないんですね。職を失ったのもオンライン記事にダジャレを書いて叩かれてリストラという理不尽なものだし、ティムに追い出されはしたものの未練もあります。最初こそ街を壊してしまうものの、怪獣で地面に謝罪の文字を書くというまさかの手段を実行したりするし、ソウルばかりに怪獣が出現することに対して「人々の関心が薄れてしまう」と懸念したりもします。この「実はマジメである」という設定が、やがて彼女を追い込み、かつ世界を救うことに繋がってもいくわけで、上手いところ。ただ酒が入ってジョエルを誘ってしまうというだらしなさもあったりして、若干グロリアの人物像がブレて見えるのは残念。

怪獣と言っても、造形はゴジラなどよりウルトラマンに出るような人型に近いものですね。ダンスさせたりハングル文字書かせたり、怪獣ファンが現地のソウルでこれを見たらショック受けそう。そして続いて登場する巨大ロボット。見上げる巨大感が『パシフィック・リム』を彷彿とさせたりもします。グロリアたちがシンクロする理由、あの公園で操れる理由、登場するのが二体だけの理由、それらは後半には語られるわけですが、ただ巨大怪獣やロボットに重ねるのは寓話性ではないんですね。実際にリアルな世界で死人も出ている状況であり、これは倒すべき障害として実存するわけです。しかしいくら怪獣を操れても男の腕力には敵わないというのが緊張感としてあり、加えてオスカーの凄まじい存在感とイカれっぷり、弁が立つだけに正当性を感じさせてしまう危うさなどにより、絶望感が広がっていきます。

オスカーは再会した時は色々グロリアのことを気遣ってくれたり、自分のバーで仕事まで与えて、まあグロリアのことが好きとかそこまでいかなくても善人なのかと思うんですが、どうもそんな単純な感じではないわけです。グロリアがジョエルと消えた翌朝からの態度の豹変っぷりは、意中の女を寝取られた嫌がらせくらいに思えますが、やがてそれが職場でのパワハラへと変化し、支配欲、独占欲の塊かと思わせてきます。ティムが現れたときの特大花火などはグロリアを行かせないためとは言え常軌を逸していて、それも泣きそうな顔で謝ったすぐあとのことというのが怖い。とんだサイコ野郎だったのか、となるわけですが、実はそれも微妙に違っていたことがグロリアによって見抜かれます。「自分が嫌い、自分の狭い世界が嫌い」。思えばオスカーは最初の頃「グロリアが現れたことが刺激になる」と言っており、彼女から自分の世界が拡がることを期待したのでしょう。「自分を中心に世界が回ってると思うなよ」とグロリアに言うのは、自分が中心になれない妬みであったわけです。「自分のバーにはテーマがないのがテーマ」と言いますが、ティムに言わせれば「統一性がない」であり、様々な憧憬があの店を飾り立てていたのでしょう。しかし使っていなかったあと半分のスペースにある昔ながらの店構え、古く支配的なイメージこそがオスカーの本性だったのかもしれません。このオスカーの共感できそうでできないバランスが絶妙。

そんな狭い世界に閉じ込められていると思い込んでいるから、遠く離れたソウルの地で起こる惨劇などどうでもいいわけです。ネットで見知らぬ人を叩く感覚に近いのでしょう。そしてグロリアはまさにそんな自覚なき残虐性を持つネットの炎上により職を失ったわけです。グロリアが思うドン底は、オスカーにとってはよほどマシに見えていたのでしょう。さらには幼き日のオスカーが彼女の工作を破壊した恨みこそが怪獣が現れたきっかけであり、とんだクソ野郎だったわけです。クソ野郎といえばジョエルも結果的にはそうです。イケメンと言われて舞い上がり、なんの雰囲気作りもせずキスしようとする田舎の童貞野郎なうちはまだよかったですが、結局オスカーについて回る腰巾着となり、ロボットが暴れていても止めにくる気配もない。さらにはオスカーに言われてグロリアの家に家具を全部セッティングしたりもする。脅されたのか魅入られてるのかわかりませんが、最後に見せる「やったぜ」みたいな笑顔がグロリアの勝利への喜びなのか、オスカーが消えたことへの安堵なのかもわからない、とも見れます。

破壊させないために従ったり、かと思うと好戦的に阻止しようとしたりと、グロリアの行動がちょっとブレるのは気になりますが、実際DVとかハラスメントにあったらこうなるかもしれません。だからもうラストはカタルシス。よくソウルに行く金があったなとか、なぜソウルのあの場所で怪獣になれたのかなどは、ここまできたら野暮というもの。みじめに命乞いするオスカーはさすがに気の毒にも思うんですが、表面に騙されてはいけないという教訓さえ感じるような痛快な幕切れ。何よりアン・ハサウェイのクライマックスの立ち姿が実にカッコいい。これは人生の重大な障害に立ち向かった一人の女性の話であったわけです。あの彼氏とは正直合わないような気もしますが、仕事はきっとまた見つかるよ!

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