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2017
11.14

ピエロの闇と僕たちの痛み。『IT イット “それ”が見えたら、終わり。』感想。

it
It / 2017年 アメリカ / 監督:アンドレス・ムシェッティ

あらすじ
アイ・ティーじゃないです。



児童失踪事件が相次ぐ静かな田舎町。ある大雨の日に外出して行方不明となった幼い弟のことで自分を責める少年ビルは、ある日「それ」を目撃する恐怖に遭遇する。ビルの友人たちもそれぞれ「それ」を目撃。彼らは力を合わせて「それ」と立ち向かうことを決意するが……。スティーヴン・キングの原作を『MAMA』のアンドレス・ムシェッティ監督で実写化したホラー。

ホラー小説の王者・キングの『IT』、1990年にはテレビドラマ化もされてたようですが、今度は映画化です。子供たちが行方知れずになる事件を背景に、少年たちがその根元である「それ(IT)」の恐怖に襲われるという話。原作は未読ですがまあキングなのでね、怖いんだろうと思って観ましたが、しっかり怖いホラーになってます。人のいない大雨の道、何かが潜んでいるような下水道の通路、暗い部屋のなかで蠢く闇、そしていかにもヤバい雰囲気の廃屋といった舞台の薄気味悪さ。赤い風船、黄色いレインコートといった鮮やかな色味の印象深さ。そして襲いくる「それ」の恐怖表現のバリエーション。堅実で着実な怖さとインパクトがあります。

しかしそれ以上に目を引くのが、主人公ら子供たちの素敵すぎるジュブナイル展開です。ビルとその仲間はいじめにあったり虐げられていたりする子供たちで、自分たちを「負け犬クラブ」と自虐的に呼んでいるほど。そんな少年少女がいわれのない恐怖に襲われるのは非常に心が痛むんですが、だからこそ弱き立場の者たちが勇気と友情で立ち向かう姿に、いつの間にか心底エールを送っている自分に気付きます。その点、キング原作のジュブナイルの代表『スタンド・バイ・ミー』に劣らぬ出来。子供たちはみんな良いですね。特にソフィア・リリス演じるベバリーがとても魅力的。ベバリー好きになるよねー(なった)。「それ」=殺人ピエロ・ペニーワイズを演じる『アトミック・ブロンド』のビル・スカルスガルドもまさに怪演。素顔の面影ないのがスゴいです。

舞台が80年代になっているということで、自転車を放り出すのが『E.T.』的だったり、子供たちの冒険という点ではジャンルは違えど『グーニーズ』だったりするのもたまりません。ペニーワイズの動きのある怖がらせ方が多彩だし、短くも丁寧なキャラ描写も上手い。強さとは力ではなく勇気だ、という一見青臭いメッセージを、実に爽やかに届けてくれます。君たちは負け犬なんかじゃないぞ。

↓以下、ネタバレ含む。








■恐怖のピエロがやってくる

最近では『アナベル 死霊人形の誕生』などもそうですが、ペニーワイズが昼間でも容赦なく襲ってくるというのが逃げ場がなくて怖いんですよ。加えて首振って迫ってくるとか、変な体勢で箱に入ってるのを体ぐねぐね戻しながら出てくるとか、動きの気持ち悪さも抜群。外斜視の状態からこちらに視線を合わせてくるのとか怖いです(あれはCGじゃなくビル・スカルスガルドの自前の演技らしい、スゴいな)。スライド写真が連続して動画みたいになる、あの止められない怖さもイヤですねえ。よく喋って一見陽気なだけに不気味さが倍増してて、西洋圏の人が抱えるピエロへの恐怖というのが伺えます。廃屋地下ではサーカスがもつ異世界感みたいなシーンもあったりして、『ゲット・アウト』とはまた違った方向性で現実と非現実の境界が歪む感覚を味わいます。

“それ”が見えたら即終わり、というわけではないですが、ペニーワイズを目にした者は確実に狙われるし、スクリーンから突然出てくるとか、おまけに井戸まで登場した日にはもう陽気な貞子という感じ。あの廃屋に住み着いてるという点では家に憑いてる伽椰子のようでもあり、『貞子vs伽椰子』を一人で体現してるので最恐です。その正体は27年に一度現れて子供の肉体と恐怖を食いまくる悪魔であり、序盤いきなり幼いジョージーの腕を食いちぎるというところで容赦のなさを示します。姿を様々に変えるというのも万能感があって、スタンリーの家の不気味な絵画で実体化したり、ベバリーの家のバスルームを血まみれにしたり。子供にしか見えないので大人を頼れないという心細さもあり、画面から少年たちの無力感が滲み出てきてツラいです。


■負け犬クラブは負けない

吃音だが勇敢なビル、小太りだが知的なベン、ビビりで理屈っぽいエディ、口数多くすぐにゲスいことを言うリッチー、弱気なスタンリー、黒人で自分は余所者だと言うマイク、そしてアクティブな紅一点ベバリー。この負け犬クラブの面々が個性豊かで良いんですが、彼らは皆がいじめられたり孤独だったりします。さらに、先に大人を頼れないと言いましたが、そもそも最初に頼るべき親が酷いんですね。ビルの父親が息子を叱るのはジョージーの死を受け入れるためであろうし、マイクの父親が息子に厳しく当たるのは生きていくためのスパルタではあるんでしょうが、子供の心情を汲もうとしない押し付けがましさがあります。エディの母親は息子を病気と称して所有物であるかのように閉じ込めようとするし、何よりベバリーの父親は娘に性的虐待を繰り返していることが伺えるクソ野郎。「まだ私のものか?」にはおぞ気が走ります。そんな子供たちがさらに恐ろしい目に遭うのが理不尽ではあります。

しかし彼らはその恐怖に共に立ち向かうことで、人生の困難にも立ち向かう勇気を手に入れていくのです。最初は嫌がったりもするし、「皆でいれば大丈夫だ」というビルの言葉に渋々下水道や廃屋に入っていきとんでもない目にあったりもしますが、それでも彼らが魅力的なのは、傷を舐めあったりはしないし、いざというときには見捨てたりはしないからですね。それにちょっとしたやり取りや描写が実に良くて、みんなで血だらけのバスルームを掃除する和やかさだったり、崖からの飛び込みに男子が躊躇してるあいだにサッと下着姿になって真っ先に飛び込むベバリーはドキドキもん。その合間にビルとベバリーの仲良さげな雰囲気に気が気でないベンとかね、もう青春ですね!ベンはああ見えて賢いし、囚われたベバリーをキスで戻すという男気を見せたりイイですよ。ぽっちゃりの希望ですよ。

あとはリッチーがビルに「お前なんか嫌いだ」とか言いながら協力しちゃうとか、スタンリーが皆が自転車倒すのに一人ちゃんとスタンド立てたり、絵の女に顔面もってかれた!と思ったら顔の中心部は無事だったりとか、エディの折れた腕を無理やり直すリッチーとか。ちょっとユーモアがあったりするので、少し恐怖感も薄れてくるんですね。だから彼らが最後に、怖がらない勇気でもってペニーワイズを打ち負かすというのも自然と納得できるんですよ。エディが腕のギプスに書かれた「LOSER」を「LOVER」に変えるのも笑えますが、これが最後に輪になり手を繋いだ皆の心を表すように映すのがジワリときます。

一方で暴力で他の子供たちを支配しようとするヘンリーは、ペニーワイズにより手先に貶められます。彼もまた父親に抑圧され否定されるという虐待めいた扱いを受けているわけですが、それが外への暴力衝動へと向いてしまっているため、負け犬クラブの面々とは異なる利用のされ方をしてしまいます。友人が行方不明になったときの彼の描写がないですが、友人たちは父親に泣かされたとき彼のことを気遣う素振りがあったりするので、もっと違う生き方ができていれば、と思わせるキャラです。父親を殺すときのテレビから流れる物騒な歌がまたイヤですねー。


■再び君たちに会う日まで

イヤな感じの演出は他にも、ベバリーがポストカードの情熱的な詩に嬉しそうにしてたら暖かい感じだった音楽が不意に音程がびよーんと下がって不穏な感じになったり、行方不明になった子供たちが空中に無数に浮かんでいたりと色々ありますが、最後にペニーワイズが化けたジョージーが本物のようにビルに話しかけるのはツラい。幻影とわかっていても心揺さぶられ、それでもついに弟の死を受け入れるビルがせつないです。それだけにジョージーの服を抱えて泣くビルを、友人たちが皆で抱き抱えるシーンには感涙。かけられる言葉は見つからないけど、それでも一緒にいるよ、という仲間の暖かさが沁みます。

それにしても一番驚いたのは最後のタイトルでしたよ。第一章なのかい!ということは続編あるじゃないですか!原作未読なので知らなかったんですが、27年後に大人になった彼らの前にまたペニーワイズが現れるということですかね?大人役に誰がキャスティングされるかも興味深いですが、成長した彼らが子供にしか見えないというピエロとどう決着を付けるのか、今から楽しみ。待ちきれず原作読んじゃいそうです。

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