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2017
10.26

星に選ばれし者たち。『猿の惑星:聖戦記(グレート・ウォー)』感想。

War_for_the_Planet_of_the_Apes
War for the Planet of the Apes / 2017年 アメリカ / 監督:マット・リーヴス

あらすじ
Apes Together Strong.



高度な知能を得た猿たちが人類と戦い始めて2年。リーダーのシーザーを始めとした猿たちは森の奥にある砦でひっそり暮らしていたが、ある晩人間たちの奇襲を受けて犠牲を出してしまう。シーザーは仲間たちを別の土地へ向かわせ、自らは復讐のため人間のリーダーである"大佐"を探して旅立つが……。リブート版『猿の惑星』、シリーズ第3弾。監督は前作に続き『クローバーフィールド HAKAISHA』のマット・リーヴス。

『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』『猿の惑星:新世紀(ライジング)』と続いたリブート版シリーズも、遂に最終章。前作で人間との戦いを強いられた猿たち。平和と自由を求めているだけなのに、戦わざるを得ない状況が続いている、というところから物語は始まります。容赦なく猿への攻撃を仕掛け、猿たちを奴隷と化していく人間たち。そこには種の存続への危機感が伺えます。もはや戦争映画と言ってもいい迫力の攻防には驚き。そんななか我らがシーザーは復讐心に駆られて、人間たちの元へ乗り込む道を歩んでいきます。シーザーに同行するのはモーリス、ロケット、ルカの三人の仲間、道中の廃動物園にいたチンパンジー、そして口のきけない人間の少女という奇妙な一行。やがて辿り着く先に待ち受けるもの、猿たちの行く末、人間たちの足掻きに、響くものがあります。

映像的には猿たちがCGかどうかなんて全く気にならないのは前作からそうですが、今作は猿たちの表情、特に目の演技がとても活かされています。コメディリリーフまでまさかの猿というのも面白い。シーザー役は『ロード・オブ・ザ・リング』『アベンジャーズ:エイジ・オブ・ウルトロン』のアンディー・サーキス。モーションキャプチャーよりも高精細というパフォーマンスキャプチャーで演じてるそうで、その演技力がさらにダイレクトに反映されている印象。円熟味と貫禄の増したシーザーのカッコよさには種を越えてホレるしかないですよ。また人間代表の大佐役で『ハンガー・ゲーム』シリーズのウディ・ハレルソンが狂気と紙一重の絶妙さを見せてくれたり、『ライト/オフ』のアミア・ミラーちゃんがキーとなる少女として可憐だったりします。

「創世記」「新世紀」「聖戦記」と、シリーズの邦題が上手く韻を踏みつつハマっているのもいいですね。基本的に猿側に寄った描写が多いのもありますが、何か「人間はもういいよね?」と自然と納得してしまう展開が秀逸。まさに猿による猿のための猿映画ですが、単に人間は悪、猿は正義という一面的な話にはしてないのがまたイイ。犯した禁忌に苦しむシーザーと無垢な少女が交錯するドラマの深みもありつつ、オリジナル版『猿の惑星』に繋がるような仕掛けもたまりません。そして神話への昇華。三部作の締め括りに相応しい、素晴らしい出来です。

↓以下、ネタバレ含む。








■映像の強さと美しさ

冒頭の20世紀Foxファンファーレがジャングルを思わせるドラミング音なのが面白いです。そこから続く戦闘シーンは、林の中で吹っ飛ぶ猿たちや、木々の間を飛ぶ火線などド迫力。終盤での北の軍の攻撃もミサイル飛び交う臨場感が凄まじいし、大爆発の炎をバックに駆けるシーザーというのも高揚感あります。そんな怖ささえ感じるエキサイティングなシーンだけでなく、灰色がかった空、雪の白、夕陽を背景にしたシーザーなど美しい映像も随所にあって惚れ惚れ。滝の中でぶら下がるショットなどは新鮮だし、シーザーら四人が馬で並んで歩く横からの映像などはオリジナル版『猿の惑星』(以下「オリジナル版」、原作とは別)を思い出します。

猿映像は前作よりさらに自然で、本物の猿が演技してるようにしか見えない度がさらに増してます。猿のアップがかなり多いのに、それでも違和感を感じないのがスゴいですね。シーザーは長い戦いを経て毛に少し白いものが混じり、顔にも疲れが浮かんでいますが、それがまたシブくてシビれます。一人スッとした立ち姿がカッコいいんですよねえ。睨み上げる表情や戸惑いの表情、怒りや悲しみに苦悶する表情など、アンディ・サーキスは素晴らしい表現力。他の猿たちも目での語り方が良くて、オランウータンのモーリスが少女を見つめるときの優しい目、チンパンジーのロケットが身を呈した囮作戦に出るときの決意の目、ゴリラのルカがシーザーを守って散っていくときの満足気な目などは、ノバとの絡みもあって泣けます。


■交錯する猿模様

その人間の少女ノバ、演じるアミア・ミラーちゃんは、その激キュートさで猿たちをも狂わせる小悪魔ガール!そんな少女にメロメロなおっさん猿たち!モーリスは優しく人形をあげ、ルカは花をあげてイケメンな顔をし、ロケットは身を呈して少女を逃がす!そしてシーザーのために乗り込み、水を運び食料を渡すノバちゃんはまさに天使(ここでシーザーも陥落)!ノバはオリジナル版で主人公のパートナーとなる女性と同じ名前ですが、この少女があのノバと同一人物とは限りません。でもオリジナル版でも人類の生き残りの女性であったノバの名がここで出てくるというのが感慨深いです(コーネリアスという名も出てきますね)。彼女が「私はエイプ?」と聞くのに対してモーリスが「ノバだ」と答えるのも、猿とか人間とかではなく名のある一つの命であるという思いやりがあってイイ。

バッド・エイプの登場も面白いです。シーザー以外は言語を話さないのでその代替という役目もありつつ、まさかの猿によるコメディ・リリーフでありツッコミ役。ものを引っくり返したり「あげないあげない」言ってたガラクタをあげてご機嫌取ろうとしたり「オーノー!」って超ビビったり、ノバとはまた違ったマスコット的な位置付けでもあります。シーザー不在時の、モーリスやロケットの言葉はバッド・エイプには通じないが逆はわかる、みたいなコミュニケーションの取り方も可笑しい。バッド・エイプのおかげでずいぶんと重さが軽減されます。

あと息子ブルーアイズの恋人だったレイクが周囲に働くことを促してシーザーを救うところとか、至るところで猿たちの知能の高さが見られます。序盤で見せた「猿は団結して強くなる(Apes Together Strong)」の拳を合わせるポーズを再び見せるシーンには泣けますよ。同時に、差別や奴隷制、収容所やホロコーストといった虐待を猿を通して描くという、オリジナル版にも通じるアイロニカルな視点も色濃いです。序盤の戦闘シーンで人間側にゴリラがいて「おや?」と思うんですが、一部のゴリラたちは生き残るため自ら使役されることを望んだ、というのが痛ましい。それだけに大勢の仲間が死んでいくのを見たドンキーが、最後にシーザーを救うためグレネードで狙撃手のプリーチャーを木っ端微塵にする、というそれまでの反感を一発で覆すシーンは見事です。


■種の興亡

大佐は発症者を切り捨てることで人類を生かそうとしますが、狂っているわけではなく本気で人類を存続させようという意思があると見れます。大佐の部隊員たちも少し狂気じみているように見えますが、それだけ追い詰められている感があるんですね。大佐は発症した自分の息子を撃ち「解放された」と言いますが、もはや後顧の憂いなく役割を果たせるということなのでしょう。しかしそれは終わりを先延ばしにしているだけでもあるのです。喋れなくなり、思考もできず、獣のようになるという、まさにオリジナルのセッティング通りに変貌していく人類。人は退化したわけではなく、自然により淘汰・制御されていったわけですね。そこに滅び行く種の悲哀を感じないのは、猿寄りの物語というのももちろんありますが、戦争、虐待といった人類の蛮行がもはや滅ぶしかないという納得をもたらすから。それは歴史のなかで人が散々繰り返してきたことでもあるわけです。そして我が子を殺した人間である大佐と、我が子の復讐に来た猿であるシーザーが対峙することになります。

しかし復讐心に囚われたシーザーの独善さは、もはや人間と変わりません。そして前作で同族を殺すという禁忌を犯したシーザーは、その高潔さゆえに罪の意識に苛まれ続けます。「俺はコバだ」と自戒するシーザーの苦悶は痛々しいほど。しかしウィルスが発症して喋れなくなった大佐を見て、憐れむような虚しいような表情をするシーザーは、結局大佐を手にかけることができません。アルビノゴリラのウィンターが「今すぐ逃げよう」と言ってその夜に裏切ったり、シーザーが駆けつける直前に家族が殺されたり、猿たちが脱走しようとするちょうどその夜に北の軍が攻めてきたりとギリギリ間に合わない展開が多いなか、シーザーはギリギリのところで闇堕ちせずに済むのです。

人間は研究のために知能の高い猿を生み出し、その余波で発生したウィルスにより淘汰され、それでも愚かしく人間同士で戦い、最後は大雪崩という自然現象に全て飲み込まれます。自業自得としか言いようのない愚かさと虚しさがありますが、まるでこの星自体が人類を種として切り捨てているかのようでもあります。一方で新天地へと辿り着く猿たちはこれからより進化してくのでしょう。大佐が言った「このままでは猿の惑星になる」が現実となるわけですが、そこに文明化・人間化した猿の姿はまだなく、明るく和やかで希望に満ちた猿たちの姿があるのみです。それを見届けて静かに息を引き取るシーザー。その功績は語り継がれ、彼は伝説となっていくのでしょう。そんな英雄の悲しみ、苦しみ、喜び、怒りのすべてを描き切った本作は、シーザーという一人の猿の生き様を最初から最後まで描いたシリーズの、まさに完結編として文句なしの素晴らしさです。そして知らず猿を「一人」と数えてしまう自分にちょっと驚きます。

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