2017
10.19

作られるべき前例。『ドリーム』感想。

Hidden_Figures
Hidden Figures / 2016年 アメリカ / 監督:セオドア・メルフィ

あらすじ
数学が必要だ。



1961年、ソ連との宇宙開発競争が激化するアメリカのNASA。そこで働く黒人女性、キャサリン、ドロシー、メアリーらは、ロケット打ち上げに必要な計算やエンジニアという仕事を行いながらも、人種差別の壁にぶつかっていた。そんななかキャサリンは、有人地球周回を急ぐ宇宙特別研究本部に抜擢されるのだが……。NASAの「マーキュリー計画」に関わった人々の実話を元にしたヒューマン・ドラマ。監督は『ヴィンセントが教えてくれたこと』のセオドア・メルフィ。

1962年に米国人として初めて地球周回軌道に成功した宇宙飛行士ジョン・グレン。その功績を影で支えたというNASAの3人の黒人女性、キャサリン・ジョンソン、ドロシー・ヴォーン、メアリー・ジャクソンのドラマが描かれます。しかし時代は61年、舞台となるNASAがあるのは人種差別が根強く残る南部のバージニア州。黒人はあらゆる場面で差別され、それはNASAでさえも例外ではないのです。天才的な計算能力を持つキャサリン、優能な管理者であるドロシー、秀でたエンジニアであるメアリーもその差別の前に苦悩し、本来の能力を発揮する場面さえ与えられません。

しかし三人は努力と勇気をもってその差別に当たっていきます。差別が当たり前の社会では差別している自覚さえないのだ、という怖さをしっかり描きつつ、それでも自分の能力を信じ、誇りを捨てず、諦めずに自分の仕事に邁進する三人の、何という輝き。宇宙を目指すという前例のない挑戦は、前例を作った女性たちにより支えられたのだ、ということを教えてくれます。

キャサリン役は『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』のタラジ・P・ヘンソン、ドロシー役は『ヘルプ 心がつなぐストーリー』のオクタヴィア・スペンサー、メアリー役は歌手でもある『ムーンライト』のジャネール・モネイ。この主演三人のそれぞれの見せ場がとても感動的で良いです。『ムーンライト』で印象深かったマハーシャラ・アリのジョンソン中佐もイイ。そして『マン・オブ・スティール』『クリミナル 2人の記憶を持つ男』のケビン・コスナーが演じるハリソン本部長の、ナチュラルな平等さが実にカッコいい。女性管理職ミッチェル役のキルスティン・ダンストの熟れ具合にもやられます。

前半にキャサリンたちが受ける苦渋は相当なもので、トイレ問題やコーヒーポットには観てる方も頭に血が上るほど。それだけに後半の痛快さが熱く、それでいて爽やか。脚本はよく練られ、演出はだれることなく軽やかにドラマを描き出し、音楽や映像で語る細部も好ましい。差別という重いテーマと宇宙へのロマンが融合しながら解離していない、素晴らしい出来です。

↓以下、ネタバレ含む。








■差別の壁

バージニアは州として人種差別が当たり前、というのがまずあるわけです。口に出して黒人だからと言う場面はそれほど多くはないものの、看板や水飲み場、ポットのラベルなどはあらかじめ白人用とは別に分けられ、ごく普通の女性が図書館で「ここは黒人用の書架ではない」と言う社会。至るところに平然と"colored"の文字が踊り、科学の最先端であるはずのNASAでさえ職場やトイレが分かれているわけです。驚くのは、NASAなんて頭のいい人たちばかりいるだろうに、キャサリンがキレるまで自分達のやってることがどれだけ彼女を傷付けていたか気付かないということ。心情的なものを抜きにしたとしても、合理的な作業をする職場で非合理的な対応をしていることにさえ気付かない。当たり前であることの怖さがここにあります。1862年のリンカーンの奴隷解放宣言から100年経とうというのにこの根深さ。

周囲の常識に絡め取られれば屈するしかなくなるのが社会ですが、しかし彼女たちはそれに屈せず実力と粘りで道を切り開いていきます。特にそれぞれが見せる大一番が素晴らしい。800メートル先の西棟にある黒人用のトイレへ、書類を持ってヒールで走るキャサリン。それでいて「どこに行っていた」なんて叱られてついに爆発するわけですが、このときの啖呵の切り方が絶品です。ドロシーはいち早くFortranに目を付けるという先見の明を見せて、IBM社員ができなかったフレームワークの起動をやってのけます(スゴいな)。これが黒人女性の計算チームを救うことにもなるわけで、団体でマシン室に乗り込むシーンには喝采。またメアリーは、職場の人々は理解があったものの、資格取得に必要な白人の高校に通う許可をもらわなければならず、裁判所に向かうことに。しかし自分を卑下することも感情的になることもなく、理路整然と「あなたも私も前例になるのだ」と裁判長に訴える堂々としたプレゼンが実に痛快です。

キツい現状を描くだけでなく、彼女たちの家族や休日の様子を描く日常が差し挟まれるのが、物語に拡がりを与えてくれます。冒頭の白人警官に先導されるくだりであるとか、キャサリンの仕事が遅くなったときに他の二人が車で待っているとか、三人で料理しながら踊り出したりとか、そういったごく自然な人の営みとしてのシーンが、差別されるいわれなどないという厚みとなります。メアリーの夫が最初は仕事に打ち込むことに反対だったのに、妻の覚悟がわかると応援するというシーンが優しいですね。そしてジョンソン中佐によるキャサリンへのプロポーズシーンがすんごく良いんですよ。まだ申し込んでないのに「受けるわ」って言っちゃうキャサリンのせっかちさに笑いつつ、家族みんなが祝福する姿が素敵で、あまりの幸福感に泣けました。


■周囲の人々

周囲の人々の描写も秀逸。ハリソン本部長は差別に関して直接言及はしないものの、キャサリンのトイレ問題を自ら解決するという行動で示すのが男前。しょっちゅうガム食べてるのはそれだけストレスがたまってるんでしょうか、そんな忙しい本部長がそこまで自分でやるのだから、単に「非効率だから」という理由ではないのでしょうね。そもそも効率を優先するなら部下に撤去させるなりすればいいわけで、やはりそこには怒りもあったのでしょう。また、会議に出たいと申し出るキャサリンを同行させるのは、スピード感を訴える彼女の言い分が正しいとわかったからであって、公平な判断ができる上司でもあります。演じるのがケビン・コスナーであるというのが、この本部長にさらに説得力を与えています。

この会議シーンでもうひとつ浮き上がるのが、女性が会議に出ることに難色を示すという女性差別。これは『ワンダーウーマン』でも同じように会議のシーンで描かれていましたが、同じ黒人であるジョンソン中佐でさえ「女性が」という点で一瞬信じがたいという態度になる辺り、これはさらに根深い問題です。しかしキャサリンは「NASAが女性を採用したのは職場の華だからじゃない、眼鏡をかけているからだ」という見事な返しをしてくれます。

一方でミッチェルさんは「仕事があるだけありがたいと思え」と言ってしまうように、言動の端々に無意識での差別が滲んでいます。「偏見はないの」と弁解するものの、ドロシーに「そう思い込んでるのはわかります」と返されてしまう。ただミッチェルに関しては本当に歩み寄りたいと"頭"では思ってるんじゃないですかね。ラストにドロシーへ書類を託すことで、"心"がそれに付いていく兆しは見られます。彼女もまた管理職でありながら女性ということで、映されないところで差別を受けているかもしれず、そんな苛立ちがドロシーたちに向いてしまったというのはあるのかも。キルスティン・ダンストの疲れを滲ませた表情がそんな深読みもさせてくれます。


■無事に帰すために

メインフレーム稼働によりお役御免となってしまうキャサリンは、クライマックスの宇宙船帰還時のトラブルで再び呼び出されます。彼女の呼ばれた理由が、宇宙飛行士グレンがキャサリンのことを覚えていて「あのキレ者が保証するなら飛べる」と言ったから、というのがもう熱くて泣けるんですよ。グレンは登場時も黒人女性たちに平等に挨拶する超ナイスガイだったので好感度がガン上がり。それだけに無事帰ってこれるのかというサスペンスにも引き込まれます。キャサリンが管制室に入ったとき一瞬動揺する人もいるけどそれどころじゃないし、皆が一丸となって事に当たり、一つになって成功を祈る姿を経ての、少し間を取ってからの帰還宣言。キャサリンたちがやってきたことが確実に偉業達成の一助になっている、という達成感を、観る者も感じることができます。そしてこの一体感は、差別意識のくだらなさと表裏一体でもあります。

子供の頃にチョークを渡されることで黒人の未来を託されたキャサリンは、再びチョークを渡されて誰も気付かなかった計算をやってのけ、それが地球周回軌道というミッションを成功に導く。多少の脚色はあるにしろこれが実話であるということが素晴らしいです。最後にあれだけキャサリンに冷たかったスタッフォードが、自らキャサリンにコーヒーを入れてきたり、書類に名前を入れても直させない、というのをさりげなく入れているのもまたイイ。そしてエンディングでは、彼女たちがその後も一線で活躍し続けたことが本人の写真と共に語られます。実に勇気の湧いてくる話です。

原題の『Hidden Figures』は隠れた人物とか形とか色んな意味があるかと思いますが、そんな多面的な意味合いが本作にも溢れていて、観終わったあとの多幸感が心地よいです。

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