2017
09.03

繰り返す不確定の未来。『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』感想。

uchiagehanabi
2017年 日本 / 監督:新房昭之

あらすじ
たまやー!



中学生の典道らは、夏休みの花火大会を前に「打ち上げ花火は横から見たら丸いか平たいか」という話題で盛り上がっていた。そんな中、典道は想いを寄せる同級生のなずなが、母親に引きずられていく姿を目撃する……。岩井俊二の同名実写映画を長編アニメ化。

オリジナルは1993年にドラマ『If もしも』の一篇として放送され、95年に劇場公開もされた岩井俊二監督のドラマ。これを『バクマン。』『SCOOP!』の大根仁が脚本、『魔法少女まどか☆マギカ』の新房昭之が総監督、シャフト制作でアニメ映画化。岩井俊二版は当時テレビで観たんですが、この『If もしも』というドラマはある時点でどちらを選択したかで物語がどう変わるかというのを描くもので、通常はAの場合、Bの場合とわかりやすく描き分けてたのを、この話だけはその選択が映像的な演出で語られていたのが斬新でした。これで岩井俊二の名を知ったなあ。

今回のアニメ化では設定が小学生から中学生に変わり、45分のドラマを90分の劇場サイズにしています。相当昔に観たきりなので記憶も薄いですが、オリジナルはもっと少年少女の淡い想いを描くジュヴナイルという味わいだったはず。これを中学生にしたことで、微妙に大人の入り口に立ってしまったような気まずさがあります。さらに明確にタイムリープの要素が加えられ、『時をかける少女』のような時間を戻して繰り返すという話になっているんですが、このSF的な仕掛けがその手の作品に慣れている者にはちょっと雑に感じられます。

声の出演として主人公の典道役に菅田将暉、ヒロインのなずな役に広瀬すずを起用、二人とも悪くないです。そしてなずなの母には松たか子、ほか宮野真守や花澤香菜などの著名な俳優が脇を固めるという形。『君の名は。』と似た布陣ですが、プロデューサーも『君の名は。』と同じ川村元気ですね。過去の名作をアニメ化するというのはいいとして、そこにオリジナルを忠実に再現するのか、それとは違った良さを出していくのかというのが気になるところなんですが、本作で言えばそれはどっちつかずな気がします。後者を目指しながら前者に引きずられた感と言うか。ただ、繰り返すある夏の日、何も知らなかった少年が人生の階段を一歩上ってしまう危うさみたいな、少年時代の終わりというものは出ていると思います。

↓以下、ネタバレ含む。








中学生男子って一番イタい年代だと思うんですよ。小学生の頃とは心も体も変わるものの、友人同士ではしゃぐ幼さもあり、カッコつけたいお年頃でもあり、様々な失敗や後悔を経験したりもする。大体女子の方が精神年齢は上だったりもしますが、そんな雰囲気は本作ではよく出ています。ただちょっとそのバランスが悪いと言うか、教室で机に上って騒ぐとか、うんこ台詞を何度も使うとか、元の話が小学生だったせいか子供じみた言動が目立ちます。逆になずなは、思わせぶりな台詞などからやけに大人っぽく思えるようになっていますが、そのために恋愛事情もどこか生々しく、微妙に性の匂いを感じさせる。要するにエロさがあるんですね。そしてミステリアスさを強調するためか心情もあまり描かれません。しかしこれらがなずなという少女への理解を阻害します。母の再婚という背景はあるものの、花火の誘いやら家出やらどうにも唐突さが拭えません。

時間を巻き戻す不思議玉の設定は、どこにどう投げればいいのか、どこまで時間が戻るのか、戻した典道は戻す前の記憶が最初はなかったのになぜ思い出せるようになるのか、とにかくすべてが曖昧なうえ都合がいいです。単なるリセット装置ではなく望む世界を作り上げる機能を持っているということなんですかね?ガジェットとして雑なのはともかく、その結果現出する世界が夢なのか異世界なのか精神世界なのかよくわからないので戸惑います。それはそれで奇妙さが味とは言えますが。あと気になったのは時代設定が曖昧な(に思える)ところです。ケータイはなくゲームは粗いドット絵、今は観月ありさで昔は松田聖子、とオリジナルと同じ90年代と思えばまあそんな感じなんでしょうが、現代から見た過去とは少々勝手が違うためこれも戸惑うし、絵柄のせいもあってか今一つノスタルジックでもないです。まあここは年代によっても個人差があるかもですが。

ただ、子供たちのひと夏を彩る美術の美しさは良かったですよ。海辺の町、夏の午後、プールや駅のホーム。場面ごとの印象は結構強くて、アニメーションの絵の力というものはあると思うんです。時々作画が乱れるところもあるものの、なずなが『瑠璃色の地球』を歌うシーンで『美女と野獣』のミュージカルシーンみたいになるのも(苦笑はしつつ)ちょっと面白かったです。あと大人たちの酷さというのが目立ちます。なずなの母が「あの子友達少ないから気にしないで」と娘より恋人を取るかのような台詞、その恋人(なずなの継父になる男)が中学生の典道をいきなり拳で殴るという暴挙、息子の友人とは言え患者の前でゴルフをする佑介の父、酔った勢いでヤっちゃったらしい巨乳先生。そんな大人たちに翻弄され従わされるなずなや典道の、子供であることの無力さ、というのは強調されていたと思います。

駆け落ちとか水商売で東京で暮らすとか、客観的に見れば無理な話なのに「ひょっとしたら」と無知ゆえに淡い希望を持ててしまう年頃、ということなんでしょう。『Forever Friends』が流れる終盤の海のシーンは、現実を頭のどこかで理解しながらも今という時間を生きようとする少年少女の儚さがあります。最後の打ち上げ花火も海のなかから映すことで丸いか平たいかの形はハッキリはさせてません。そう考えると、これはオリジナルのようなifの物語というよりは、別の未来を模索して何度でも進もうとすることに主眼を置いたファンタジーであり、背伸びするには早いが無垢でもいられない、という年頃を描く物語であったのでしょう。明かされることのない打ち上げ花火の形は、不確定の未来とイコールなのです。

スポンサーサイト
トラックバックURL
http://cinemaisland.blog77.fc2.com/tb.php/1279-049f7ca8
トラックバック
back-to-top