2017
08.27

最弱が世界を作る。『ノーゲーム・ノーライフ ゼロ』感想。

nogame_nolife_zero
2017年 日本 / 監督:いしづかあつこ

あらすじ
さぁ、ゲームをはじめようか。



様々な種族が暮らす世界で、戦争により滅亡の危機に瀕した人間たち。その若きリーダーであるリクは、探索していた廃墟の都で機械で動く種族エクスマキナの少女、シュヴィと出会う。シュヴィは人間の持つ「心」のについてリクに教えてほしいと頼むが……。榎宮祐のライトノベル『ノーゲーム・ノーライフ』を原作としたアニメの劇場版。

2014年に放送されたテレビアニメ『ノーゲーム・ノーライフ』。人間以外にもエルフやドワーフなどの多くの種族が暮らす異世界「盤上の世界(ディスボード)」に召喚された天才ゲーマー、空と白の兄妹が、全ての争いはゲームで決めるという世界のルールに則り様々なゲームを勝ち抜いていく、という物語です。多種族が暮らす異世界を舞台にした召喚ファンタジーながら、ゲームに勝つためのロジカルな展開がユニークかつ痛快で面白かったんですが、この映画版はその6000年前、ゲームで全てを決める世界が成り立つまでを描くプリクエルなんですね。

世界を統治する唯一神の座をめぐる大戦、特に秀でた能力もない人間族は危険を冒して資源の収集などに挑むも犠牲はかさむばかり。そんな折にリーダーの青年リクが出会った機械少女シュヴィ。二人は世界を変えるため未曾有の戦いに挑んでいきます。ヘヴィな背景と悲壮な展開はテレビアニメ版とは若干異なる印象。でも追い詰められた人類が他種族に挑む戦いというのは本編の系譜ではあるし、ゲーム的な趣もあるのでそこまで異質でもないです(と言うか原作の小説にもある話らしい)。監督はテレビ版と同じいしづかあつこということでそれも納得。

絵柄に若干クセがありますが、色彩は鮮やかで映像の迫力も申し分なし。「感情」を持つ人間が世界を変えるというところに説得力があってイイ。前日譚なので初見の人でも楽しめるようになってるし、テレビ版を知っていればこの戦いの結果があの世界に続くのか、という感慨もあって良いです。ゲームで勝負を決めるようになる前、世界はこんなにも荒れていた。それを変えた二人の、予想外の純愛ラブストーリーでもあります。実に面白かった。まさかこんな泣かされるとは……。

↓以下、ネタバレ含む。








主役であるリクとシュヴィは空と白の先祖というわけではないですが、顔もキャストも同じなので空白の二人を投影できるようになっていますね。二人の前世みたいなニュアンスも込みになっていることで、テレビ版観た人も入りやすいです。さらに兄妹ではできない恋愛模様も描いているため、ちょっとした背徳感があったり。いやまさか結婚までするとはぶっ飛びましたが、異種族間で争う世界で、異種族が婚姻関係を結ぶというのが象徴的です。でも穴がないのか……。時折背景とそぐわない軽いノリがぶっ込まれたりもしますが、そこはらしさですね。またリクの姉、コローネがステファニーのご先祖であるという繋がりもあったりもします。

人類という脆弱な種族が持つ「感情」に興味を持ったことでエラーを起こし、仲間に廃棄された機凱種(エクスマキナ)のシュヴィ。その感情を理解するためにリクに付いていくわけですが、そこで人類が直面する危機を知り、それでも生きようとする姿を見ることになります。一方リクは種が生き延びるためとはいえ仲間に「死ね」と命令する自分に葛藤しています。全体を守るため個を犠牲にする矛盾に苦しむ姿は、個ではなくクラスタという全体として生きる機械族には理解しがたいもの。また天翼種(フリューゲル)のような個で絶大な力を持つ種族にも見られない姿です。

しかし弱い個体だからこそ、互いを思う心を持って仲間との繋がりを重視し、知恵を振り絞って立ち向かっていく。それが人間という種族の特性ということですね。機械であるシュヴィは最初はその人間らしさをエラーと認識するものの、やがて理解していきます。ここは人と機械の関係性を描くSFとしても見れるところです。エクスマキナは受けた攻撃を解析しそのまま返すという特性があるわけで、リクから受けた愛情を返すことも機能によるものなのか?という疑問もあるわけですが、演算で処理できなかったのに身に付けることができたそれはもはや「心」であると言っていいと思えるのです。だからこそリクが寝てる間にシュヴィが単身戦い、散っていくという最期には泣けます。シュヴィを倒したのがジブリールだというのが皮肉ですが(最後にしっかり「全部こいつが悪い」って言われてるけど)、あのジブリールに死の恐怖を与えるほどのシュヴィとのバトルシーンは凄まじい。

星をも破壊しかねない巨大兵器まで持ち出された戦争で、リクは「ゲーム」を始めることを宣言します。ここで「ゲーム」という言葉が持つのは「遊戯」の意味ではないのでしょう。戦争の目的や終結の手段が見え(ルールの判明)、それが自分の望みでもあり(競争の意思)、負けは濃厚だが勝つ可能性はゼロではない(不確定要素)。つまりルールの元、意思を決定し、障害を乗り越え目標達成に向かう、ということなんですね。最終的にはリクとチェスをしていたテトが唯一神となり、多大なる犠牲を出しながらも戦争を終わらせた人類種は「イマニティ」と名付けられて十六種族に入り、ディスボードが誕生する。まさに世界の「ゼロ」を描いた前日譚にして、『ノーゲーム・ノーライフ』という作品の核を描いていると言えるのでしょう。それ以上に純愛物語としての完成度も高く、遡ってテレビ版を観直したくなってきます。

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