2017
08.10

守る者と受け継ぐ者。『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章』感想(その1)。

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2017年 日本 / 監督:三池崇史

あらすじ
グレートですよ、こいつはぁ!



美しい海辺の町、杜王町に越してきた高校二年の広瀬康一は、見た目は不良だが心根は優しい同級生、東方仗助に助けられる。仗助は「スタンド」と呼ばれる特殊能力の持ち主で、触れるだけで人のケガや破壊されたものを直すことができた。そんな折、杜王町では不審な変死事件が頻発、そこにスタンドを使う殺人鬼の存在を知った仗助は、血縁である空条承太郎と共に事件に関わっていくことになる……。荒木飛呂彦のコミック『ジョジョの奇妙な冒険』の第4部を、三池崇史監督で実写化したサスペンス・エンターテインメント。

原作コミックはシリーズ累計1億部超の発行部数を誇り、アニメ化も大好評だった『ジョジョの奇妙な冒険』が、まさかの実写映画化だってェェェッ!と発表当時はスタンドも月までブッ飛ぶ衝撃を味わったジョジョ実写化。なぜこの実写化が衝撃かと言うと、世界観があまりに独特で作家性が強く、かつコミックならではの表現も多くそこに惹かれる読者も多いため、実写化はまず不可能(ファンの反発も含めて)という認識があったからです。そしてこのブログのプロフィール欄を見ればわかると思いますが、僕は大のジョジョファンであり、しかも今回実写対象となった第4部が一番好きなのです。自分ではコミック実写化には寛容な方だと思ってますが、キャストや映像などの情報が解禁されるたびに不安と期待が入り混じって煩悶し、さすがに今回は受け入れられるだろうか……などと思いながら、映画を観るとは思えないほどの緊張感をもって鑑賞に臨みましたよ!

原作に合わせる、映画としても成り立たせる、両方やらなくっちゃあならないってのが実写化のつらいところだな。しかしやってくれた!原作からの取捨選択は必要十分、尺に応じた再構築の仕方も納得できるもの。ロケ地となったスペインはシッチェスの風景は僅かに感じる非現実感が世界観に合っていて、独特な衣装も実になじむぞッ!そりゃあ不満もなくはないです。特に間の取り方や編集のキレが今一つではあるし、原作を知らない人には若干説明不足に感じるところもあるでしょう。でもスタンド戦は超楽しいし、あえて原作に寄せたビジュアルも慣れるとそこまで変でもない。結果、ニヤリとしながら「グレートだぜ……!」と言えます。

キャストも良かったですよ。東方仗助役の山﨑賢人は最初こそスゲー髪型だなと思いますが、プレッシャーの大きいであろう役をこなしています。さらに髪型が凄い空条承太郎役の伊勢谷友介もほぼ理想的な承太郎。広瀬康一役の神木隆之介のカワイイけど一本筋が通った感じ、山岸由花子役の小松菜奈の美しくもヤバげな雰囲気もイイ。そして何と言っても虹村兄弟、『銀魂』では桂も演じた形兆役の岡田将生は生粋の原作ファンだと知ってしまったこともあって釘付けだし、最も心配だった億泰役の新田真剣佑は『ちはやふる』『チア☆ダン』の面影もないほど思いの外億泰でグレート。アンジェロ役の山田孝之はクズ野郎であるキャラに厚みをもたらしているし、東方良平役の國村隼は『哭声 コクソン』とは真逆の好人物として物語に厚みをもたらします。筋トレする國村隼が見れるのもポイント高いぞ。

コミック実写化の意義は「実写としての現実感のなかで原作の持つ面白さを別角度から味わえること」だと思うのですよ。だから家族の話という軸があってそれが町を守ったり歪めたりするするという構成、そして杜王町という町を守ってきた男とその意思を受け継いだ男という観点を中心に据えることで、原作の重要なポイントを強調しているのはとても良いです。一本の映画として上手くまとめあげ、なおかつ細かい点でも原作ファンの期待に応えようという思いも感じられ、表面だけなぞった実写化にはすまいという覚悟が感じられます。覚悟とは!暗闇の荒野に進むべき道を切り開くこと!そうやってできた新たな道が本作と言ってもいいと思うのですよ。ちゃんと面白いし、ちゃんとジョジョです。

↓以下、ネタバレ含む。








■原作に迫るアプローチ

アニメ版はコミックを忠実に再現したうえで行間を読んで隙間を埋めたり、荒木先生の独特な色使いを取り込んだり擬音を文字のまま画面に出したりと、いわばジョジョっぽさをさらに押し進める工夫がありました。しかし実写版で同じアプローチをすると、アニメ版の二番煎じ云々以前にわざとらしさが目立ち、マヌケかッ!て感じになってしまうでしょう。かと言ってルックや台詞まで変えてしまうと別物になってしまう。ここの線引きは相当難しかったでしょうね。結果的にビジュアルはそこまでやらなくても……というくらい原作に寄せ、台詞もわりと原作に忠実。そのため髪型の仰々しさや、家でも学ランを着てる不自然さ、「~だぜ」という時代にそぐわない言葉もあったりします。ただしキャラの肉付けや台詞回しは役者の演技にまかせてるのか、思ってたよりは自然。あからさまなジョジョ立ちがさほどなかったり、無理やり登場キャラを詰め込まないというのも、バランス的にはちょうどいいんでしょうね。

山﨑賢人は恋愛映画が多い印象なので仗助役は大丈夫かなあと思ってましたが(実は山﨑賢人作品は初なので比較できず)、実際そこまでヤンキー臭が必要なわけでもないので大丈夫でした。トサカの影から睨み上げるショットなどはなかなか様になってるし。そのぶん真剣佑の億泰が振り切ったヤンキーテイストで、ちゃんとバカに見えるのでいいでしょう。言われないと真剣佑とわかんないですね。わりとユーモラスなところを一手に引き受けている感のある康一ですが、そこはさすが神木君、何の心配もいりません。由花子は今作ではキャラ紹介で終わった感じですが、『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』で完全に小松菜奈にやられた身としてはあの抗いがたい微笑がたまらんし、転校生の面倒を見るという使命感がいつの間にか恋心にすり替わっているという改変が、由花子の危なさ表現と展開の早さの両方を実現しています。伊勢谷友介の承太郎はカットによって帽子の向きまで調整するこだわりようだし、佇まいが「一緒にいると誇り高い気持ちになれる」感があるのが良いです。ただ承太郎はそんな簡単に笑みを見せてはいかんなあ……(めんどくさいファン)。


■世界観とスタンド

シッチェスの風景は良いです。序盤に映る遠景はさすがにヨーロッパ丸出しだと思うし、警察署が荘厳すぎるとか、虹村宅の彫像が優雅すぎる(あと廃屋にもほどがある)とかありますが、杜王町という舞台そのものに存在感をもたらす効果はあるし、そこで繰り広げる非現実的な戦いや人物たちの独特な出で立ちにもマッチしてます。これを日本の風景のなかでやるとさすがにコスプレ感が際立っちゃうだろうし、その点でこの海外ロケは英断でしょう。結構な人数のエキストラがみんな日本人(少なくとも日本人に見える)なのも不自然さを緩和してて、ちょっと洒落た海辺の街という感じになってます。

そしてジョジョと言えばスタンドですが、この表現方法も判断に迷うところだったでしょうね。人物と同様に実態があるかのように描くのか、悪霊というくらいだから半透明で浮かぶような感じなのか。極論を言えばスタンドのビジュアルは出さず、より映画的な見せ方に挑む、という選択肢もあったとは思いますが(実際に荒木先生もそんなことを言ったらしい)、さすがにそれはリスクが高いですかね。結果的には半透明のスタンド、実態があるかのように映されるスタンドが混在することになりますが、アクア・ネックレスやバッド・カンパニーなど実物のように見せた方が映えるものはそうしたってことですかね。特にバッド・カンパニーの戦争映画さながらの圧倒感、スタープラチナの時を止めたときの映像などはイイ。

そしてスタンド表現として見た目以上に特徴的なのが「速い」ということ。速すぎてよく見えないシーンもあるくらいですが、このスピード感はむしろリアルだろうし、バッド・カンパニーの攻撃をクレイジー・ダイヤモンドで防ぐにはこのくらい必要だろうし、オラオラやドラララの迫力も出せるわけで、最も重要な点を押さえていると言えます。


■父殺しと重力

冒頭がまるっきりクライム・サスペンスで始まるのには驚き。殺害現場でオムライスを食うアンジェロには『ヒメアノ~ル』に通じるサイコな殺人鬼の趣を持たせ、そんな男が水を操る異能の力を持った恐ろしさを描きます。山田孝之のイッちゃってる目つき、ボソボソとした喋り方にしっかり込められた怨嗟、というのがまたそれに輪をかけますね。また序盤では、矢を放つ形兆も同時に絡めることで、謎の弓矢の存在も知らしめています。形兆とアンジェロが食事をするシーンは映画オリジナルですが、ここでアンジェロより形兆の方が強いということを示すことで形兆のラスボス感を増していますね。そしてこうしたアンジェロと形兆の繋がりを増やすことで、アンジェロ戦、形兆戦と分離しそうな構成を上手く融合させて連続性を持たせています。アンジェロに殺された祖父の葬儀から直接虹村宅に繋げるのも同じ効果を狙ったのでしょうね。

さらに形兆とアンジェロには共通項があります。アンジェロは初めて殺したのが自分の父親であり、自分がこうなったのは父親のせいだと言い、形兆も父を殺したいと願い「そこから俺の人生が始まる」と言います。町を揺るがす人物二人が「父殺し」という点で通じるわけです。しかし憎しみと怒りのアンジェロと、悲しみとやるせなさの形兆は動機において全く異なります。この差は仗助がアンジェロには怒りの拳を叩き込み、形兆には協力を申し出るという違いにも表れてきます。虹村父がバケモノ化した理由を「罰が当たったんだ」だけで済ませるのはさすがに苦しいですが、それでも虹村父の写真のシーンでは泣かされましたよ。岡田将生の形兆は不敵さには少々欠けますが、そのぶん真剣味が強いので余計悲しい。それでも形兆が死ななければならない理由として、実際に形兆が人を殺すシーンがある、というところに説得力があります。

形兆が最初にアンジェロに会ったときに言う「出会いとは重力」、そこには運命に縛られた者という意味合いがあったわけですが、これを「運命は変えていくものだ」と否定する仗助との出会いもまた重力であります。形兆は去りましたが、その重力は仗助と億泰、康一という、杜王町を救うことになる三人を引き合わせたことにもなるのです。


■守る者と受け継ぐ者

主人公である仗助は、壊れた康一の自転車をさりげなく直すなどの優しさは見せるものの、最初は町を守るといった大それたことには興味がないというのがちょっと意外。だたそれは、一介の高校生としてはごく普通のことかもなあ、とも思うんですね。一方で祖父の東方良平は、必要以上に「町を守る」という意思を繰り返し強調します。町のゴロツキにも親身な姿にはちょっとイイ人すぎないかと思うほどだし、幼稚園児のメッセージ入りの絵を大事に飾り、家族との食卓でも「あとはこの町が平和なら言うことなし」とまで言い、アンジェロの起こした事件に何もできない自分に「何をやってるんだ俺は」と壁に当たったりもする。それこそしつこいくらいに「守る者」としての姿勢が描かれます。でも國村隼の笑顔には小松菜奈とはまた違った抗えない魅力があり、ゴロツキに「何かあったら連絡しろ、24時間いつでもオーケーだ」と言う台詞にはちょっと泣けちゃうほどの人情味があるんですね。

だからそんな良平が死んだときに、仗助が「守る者」を受け継ぐ決意をする、ということに違和感がないんですよ。祖父の死をあえてアンジェロを取っ捕まえた後に映し(ここがまた泣ける)、形兆戦が終わった後で「俺がこの町を守りますよ」と最後に言うという構成も、その「継承」を強調しています。コンビニ強盗の前に出て行った仗助を本気で怒ったりするように、仗助にとっては良平は父親代わりでもあったわけで、この点がアンジェロや形兆の父親との関係と対比になっているのも上手いところ。そして「仗助」という名前が「守る」という意味であることと、それが祖父の付けた名前である(これは確か原作にはなかった設定)というのが、受け継ぐ根拠としてさらに強固なものになっています。これこそが「正義の輝き」のなかにある「黄金の精神」。多少の不満も許せるのは、ここを主軸に据えることで本作がちゃんと『ジョジョ』である、と言えるからです。


■そして続く物語

説明臭さを避けるためか、特にクライマックスでは間を取りすぎてかえって間延びしているのが気になります。原作の第4部をいきなり実写化した関係で、スタンドの説明が半端だったり、DIOの肉の芽が説明できず宙に浮いたりもしています。続編ありきなので、本作では回収されない伏線や出番が半端なキャラもあり、一本の映画として見れば欠けているところもあるでしょう。原作至上主義のファンには許せない点もあると思います。しかし、2時間の映画作品としてまとめるための改変は上手く作用しているし、原作ファンへの目配せも忘れず、原作知らない人にも楽しめるレベルにはなっていると思うんですよ。正直もっと悲惨な出来のものも覚悟はしていたので全然オッケー、むしろ想像以上の満足度にふるえるぞハート!です。

それにしてもクライマックスに現れた「ヤツ」には「うおぉぉぉぉ!」と心底驚きましたね。これはつまり原作の一部カットの確定を意味するわけでちょっと寂しいものもありますが、今度は町を「守る者」と「傷つける者」のさらなる対決の話になっていくわけです。ヤツとその父親というのもまた今作とは異なる関係性として描かれるのかも。ヤツがなぜあのタイミングで攻めてきたのかは全くわからないんですが、そこも含めてどういう形になるのか、第二章が早く観たいッ!頼むからヒットしてくれ!そして続編作ってくれッ!

 ※

ああ、全然書き足りないじゃあないかッ!ということで近日「感想その2」をアップする・か・も。

【追記】
「感想その2」、書きましたァーン!
さらに深く語ってみよう。『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章』感想(その2)。


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