2017
07.09

信仰の先にある信念。『ハクソー・リッジ』感想。

Hacksaw_Ridge
Hacksaw Ridge / 2016年 アメリカ、オーストラリア / 監督:メル・ギブソン

あらすじ
日本名・前田高地。



第2次世界大戦下、宗教的信念から人を殺さないというデズモンド・ドスは衛生兵になるため軍に入るが、武器を持つことを拒否して上官や同僚たちから疎まれることに。しかしかろうじて戦場へ行くことを許可され、激戦地である沖縄の断崖絶壁、通称ハクソー・リッジでの戦闘に参加する。しかしそこに待っていたのは地獄だった……。実在した兵士の実話をメル・ギブソン監督で映画化した戦争ドラマ。第89回アカデミー賞で作品賞、監督賞、主演男優賞など6部門でノミネート、編集賞と録音賞の2部門を受賞。

度肝を抜かれた『アポカリプト』から実に10年ぶりとなるメル・ギブソンの監督作は、第2次世界大戦の沖縄戦で75人の命を救った米軍衛生兵デズモンド・ドスの実話です。数々の問題行動で何かと世間を騒がせてはいたものの、やはり監督としてのメル・ギブソンは凄かった!

ドスという一人の男を中心に据え、なぜ殺すことを拒否するのか、そして彼が戦場でどう動いたのかということを、凄惨な戦場描写を交えて描きます。静寂のなか不意に襲いくる殺意、閃光のような火線、周囲を満たす銃弾と爆発、炎と死体。そんな戦場に銃を持たずに出るという矛盾してるかのような男が、臆病者と言われながらも見せる勇敢な行動には涙と震えが止まりません。圧巻の映像と引き込まれる演出、魂を揺さぶる物語。素晴らしかったです。

主人公ドスを演じるのは『アメイジング・スパイダーマン』のアンドリュー・ガーフィールドで、『沈黙 サイレンス』に続き敬虔なキリスト教徒の役になります。ドスの父役に『マトリックス』ヒューゴ・ウィービング、戦争の悲劇を知る者としての表現がとても良い。クローバー大尉役は『エベレスト 3D』ぶりのサム・ワーシントンでなんだか貫禄あるし、ハウエル軍曹役の『ドッジボール』ヴィンス・ヴォーンはコメディ演技を封印して深みを見せます。ドスと共に戦うスミティ役は『X-ミッション』のルーク・ブレイシーですね。良い存在感が出ています。

ドスの選択は宗教的な理由ではあるけど、あまり宗教映画という感じはしなかったです。根本に宗教はあるにしろ、それは信心というより信念であり、その信念の形成には家族との関係も大きいんですね。ただひたすら「救う」という信念が、戦争という究極の殺し合いで見せるドラマ。戦場が舞台だからこそその「救う」行為はより際立ちます。

↓以下、ネタバレ含む。








■矛盾を打破する信念

アンドリュー・ガーフィールド演じるドスはひょろ長く見える体型にニヤケ顔で、最初は大丈夫か?とも思うんですが、武器を持つことに関しては徹底的に拒否します。軍曹にしごかれ、仲間にボコられ、諭されて命令されて、それでも拒否する。でも軍を辞めようとはしない。クローバー大尉が言うように彼の信仰は特殊であり、守るために戦うのが普通です。しかも「親しい者が殺されそうになったらどうするか」と聞かれ「わからない」と答える。ハウエル軍曹が「他の者たちが不安に思う」と言うのももっともです。裁判にまで発展してもそれを崩さないのは尋常ではありません。

このドスのこだわりは幼少時からの宗教的な教えはあるわけですが、子供の頃にレンガで弟を殴ったときや、青年時に父と争って銃を向けてしまったときの経験も関係しているのでしょう。もしレンガを振るう腕にもう少し力が入っていたら、もし引き金を引いてしまっていたら。戦争は敵を殺すもの、しかし平時において人を殺してしまいそうになった己への恐怖心が、ドスに不殺の誓いを立てさせたと言えます。ドロシーに「プライドだ」と言われて「そうかもしれない」と認めつつ「でも信念を曲げたら自分ではなくなってしまう」と言うのはその恐怖心が自分を飲み込んでしまう予感もあったからでしょう。

ドスが信念を貫く姿には狂気さえ感じます。ドロシーに出会っていきなり笑顔で張り付く様子からしてちょっとこいつヤバイなと思うんですが(よく彼女も付き合ったな)、それでも一途に自分の意思を継続する人物、ということがわかります。戦場に行くのに銃を持たないという選択は肉体的な死を招くという点で矛盾するものの、戦う者を救いたい思いと銃を持たない信念という精神的な方向性は矛盾するわけではないし、徐々に狂気というのとはちょっと違うことにも気付いてきます。彼の立ち位置がしっかりと描かれる前半、これがあってこそ後半でのドスの行動が説得力を持ってきます。

あとヒューゴ・ウィービングの父親がとても良かったです。特に裁判に准将の手紙を持ってくるシーン、第一次大戦によるPTSDで変わってしまい、息子たちの兵役にも反対だった父親が「軍法を守る憲法のために戦った」「でなければ俺たちが戦った意味がない」と息子の後押しをするためにやってくるのが泣かせます。


■地獄の戦場

戦闘シーンの凄まじさは『プライベート・ライアン』以上のものがあります。兵士が「全滅だろう」とつぶやくのもわかるほどの戦艦による砲撃の迫力。切り立ったノコギリ岩のそびえる威容。辺りは煙り、静寂で満たされるなか、叫び声と同時に始まる壮絶な銃撃。土煙で見通せないところに、不意に姿を現す敵が思いのほか近いという恐怖。乗り越えていく死体、メットを吹っ飛ばされてから頭を撃ち抜かれるという死に様、いとも簡単に吹っ飛ぶ手足。敵を一掃する火炎放射器、近付いて投げなければいけない爆弾、トーチカからの狙い撃ち。そして死体に群がるネズミという、死んだら食われるという嫌悪感。妥協せずに描く凄惨さは観る者を戦場に放り込むかのような臨場感で、兵士ごとに結構カメラが寄るのですぐ隣で死んでいってるかのような感覚を覚えます。音響の迫力も凄い。これにより戦争における死の身近さというものが嫌というほど感じれらます。

倒しても倒してもわらわらとやってくる日本兵の怖さというのはあります。銃剣で刺すという行為、ヘルメットではなく軍帽という軽装(メットの材料不足のためらしいですが)、投降のふりをしての自爆、なぜかふんどし姿で現れる、など。ただ個人的には、日本人を悪者として描いているという感じはしませんでした。原語で「あいつらはケダモノだ」みたいなセリフもありましたが、そもそも相手を人間だと思ったら殺し合いなんてできないでしょう。日本の将校のあんな最期は描いたことからも、メルギブの人種差別みたいなものは本作にはなかったと思います。日本兵の描写はむしろ無条件にこちらを殺しにくる得体の知れない何か、というように見えて、人間が人間に見えないというのもまた戦争の恐怖の一端だとわかります。日本兵から見た米兵もきっとそうだったことでしょう。本土上陸されていることを考えるとその恐怖はさらに大きく、それを払拭するために死に物狂いで向かってきたのでしょう。


■救うことの壮絶さ

ドス以外の人物も前半で描かれたものが後半で効いてきます。グールだの大バカ二等兵だの酷いあだ名を付けられる新兵たち。ナイフが足に刺さったまま整列とか、真っ裸のままで訓練するハリウッドなど笑えますが、彼らが戦場で瀕死に際した時に臆病者呼ばわりしていたドスが助けにくるのは素直に熱いです。特にスミティ、最初にドスが来たときは足手まといみたいな顔をするものの、やがてドスの行為に一目置くようになっていきます。ドロシーの写真を見ての「美人だな、お前にはもったいない」という前半に言った台詞が、戦場で全く別のニュアンスで繰り返されるのがスゴくイイ。ハウエル軍曹が負傷したハリウッドを抱えて走るドスを頼もしげに見る一瞬の表情、グローバー大尉が「最悪の勘違いをしていた」と素直に詫びる姿にも泣けます。

ドスを動かすのが信仰以上に信念であるというのを象徴するのが、彼が「どうすればいい、声を聞かせて」と神に問うシーン。神と対話などしないと言ったドスがそこまで追いつめられていたということですが、そこで聞こえてくるのは神の声ではなく助けを求める「衛生兵!」という声。ここから怒涛の救出劇を見せるドスは、「助けるために来た」という己の信念を実践するために行動するわけです。「ブラジャーか」と揶揄された縄の結び方で負傷兵を下ろし、もう一人、あともう一人、と言って助けにいく姿は、戦闘シーンとは別の意味で手に汗握ります。一晩中敵の目を掻い潜って助け続ける姿の壮絶さ、次々に崖から降ろすテンポの良さ、さらにステルスアクションの要素まで加わり、地下豪では日本兵にまでモルヒネを打つというドラマも。

ドスの行った奇跡的な行為の大きさは、翌日の出撃前にドスの祈りが終わるまで部隊が待つ姿や、ついに負傷して退場するドスが「聖書がない」と言うのを聞いて取りに行く仲間にもよく現れています。ドスが崖から降ろされるのを上から下へカメラが動くことで、天に上る神の使いのように見えるのも象徴的。75人を救った男の見せた信念は、それ自体が信仰の対象にもなりうる、もっと砕いて言えば人々を救うヒーローであったと言えるでしょう。大いなる力を持つかに関わらず信念で人々を助ける、まさにヒーロー映画の文脈です。

最後にデズモンド・ドス本人や他の人物のインタビュー映像も流れます(ドスの弟ハルも!)。ここでこの良心的兵役拒否者を描いた物語が実話であったというのを思い出すんですね。映画として抜群の面白さを持ちながら、戦争というものが持つ恐怖と、戦場で容易く消える人命の重さを刻み付ける。メル・ギブソンは素晴らしい作品を作ってくれました。

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