2017
06.26

時を経てなお潜む狂気。『22年目の告白 私が殺人犯です』感想。

watashi_ga_satsujinhan
2017年 日本 / 監督:入江悠

あらすじ
そこに全てが書いてある。



1995年に起こった連続殺人事件。5人を殺した犯人が捕まらないまま事件は時効を迎えたが、その22年後、犯人を名乗る男・曾根崎により執筆された手記「私が殺人犯です」が出版される。出版記念会見に姿を現した曾根崎は一躍時の人となるが……。2012年の韓国映画『殺人の告白』をリメイクしたクライム・サスペンス。監督は『ジョーカー・ゲーム』『SR サイタマノラッパー』の入江悠。

親しい者の目の前で絞殺するという22年前の連続殺人事件、その犯人を名乗る男が告白本を出版したことで、当時捜査を担当した刑事の牧村や被害者たちはもちろん、日本中をも巻き込んだ騒ぎが展開していきます。元ネタは韓国映画『殺人の告白』で、本作はリメイクではありますが、これが単なる引き写しにはなっておらず、元ネタからアクションをバッサリ切り、代わりにミステリ要素を強くしたことでより深い人間の闇を描いています。ある意味昇華したとも言えるでしょう。会見の派手な演出やSNSでの盛り上がり方もいかにも現代日本でありそうな光景だし、不穏さを醸す映像や意外性のあるプロットなどは見応え十分。実に面白いです。

告白本を出版する美しき殺人犯・曾根崎役の藤原竜也は、『藁の楯』などでも見られた仰々しさのあるクズ役が安定感あります。犯人を追い続けた刑事の牧村役である伊藤英明は、逆に抑え気味なところが効いてきますね。またポイントの一つである生放送でキャスター役に仲村トオルを起用することで、番組の視点がより明確になり、かつスリリングにもなっていて上手い。『海街diary』夏帆や『ちはやふる』野村周平、『ミロクローゼ』石橋杏奈といった若手や、岩松了、岩城滉一といったベテラン勢の配置もバランスが良いです。

『殺人の告白』に比べてマイルドというか、韓国映画特有のバイオレンスやエグさが抑えめなので、その点では物足りなさがなくもないです。ただそれはより一般的に受け入れられやすいアレンジとも言えるし、安っぽさは全くないので有りでしょう。伏線の張り方やロジカルな展開も面白く、元ネタ観てない人は驚くだろうし、観た人にも新鮮さがある上手いリメイクとなっています。入江悠監督イイですねー。

↓以下、ネタバレ含む。








オープニングの22年間を当時の実際の映像と犯行の映像とで交互に映すモンタージュは、阪神淡路大震災を始めとした日本が直面した悲劇により社会不安をも写し出していて、実にスリリング。そして場面が現代に移っての曾根崎の記者会見。CGを駆使した派手な演出は一種のプレゼンとして機能し、溜めに溜めて影から姿を現す曾根崎、というのも今なら本当にやりそうなショーアップ感があって、そのやりすぎな雰囲気が事態の異常性をマヒさせてきます。殺人犯であることなどそっちのけでサイン会ではしゃぐ人々の反応、新聞やワイドショーでの扇情的な捉え方や「ニュースアイ」のインタビューでの緊張感といった報道の対応など、よくシミュレートしてるなあと。音楽も不穏さを煽っていて良いです。

伏線の張り方やその回収なども実に上手い。序盤に見せる曽根崎の身体中の傷が何を示すのかは真相がわかるまで謎だし、拓巳がビルから飛び降りたシーンもミスリードになっていて、その結果曽根崎の正体には驚かされます。曽根崎が女性編集者に見せる態度が危なげなのもイイ。と言うか彼女の首を絞めようとする藤原竜也の動きがやらしすぎてちょっと笑います。病院で牧村に会ったときの台詞が聞こえないというのは予告と違っていて、実際は「殴ってください」だったわけですね。予告も込みの伏線というのはフェアとは言い難いですがなかなか面白い。

夏帆に真相を伝えなかったのは心情的に耐えられないという判断か事実を知る者は少ない方がいいからか、さすがに可哀想だから教えてやれよとは思いますが、それだけに余計観てる方は騙されます。岩城滉一のヤクザに教えなかったのは協力が望めなかったからかもしれません。おかげで牧村は曽根崎を身を呈して守るはめになりますが、それがまた妹の仇を刑事であるが故に守らなければならない矛盾、に見えるのが上手い。仲村トオルの仙堂も、本の矛盾点を指摘する鋭さはちょっと不自然なんだけど、元ジャーナリストとしての視点があるからなんだと思わされるし、曽根崎が凶器にする万年筆も事前にさりげなく映しておいて「ペンは剣よりも強し」と言わせることで仙堂の持つジャーナリズム魂の方に目を向かせているから、これがわざとだとは気付かないんですね。

真犯人を名乗る男が只の代行だったという振り出しに戻るような絶望感や、婚約したことは指輪を見た犯人しか知らないというロジック、日付が変わっていたことを東京タワーの消灯時間で示すなど、脚本が実によく練られています。藤原竜也はクズの姿とまともな姿の両面で魅せてくれるし、元ネタではこの役は終盤存在が薄くなるなあと思ってたんですが、そこを最後まで引っ張ってくれますね。伊藤英明の立ち位置は、最後の犠牲者との関係を婚約者から妹にすることでオリジナルとは異なる捻りに繋げているし(元ネタの方が断然エグいですが)、殺されたのが上司と言うのもまたある意味でミスリードの一端を担っています。

そして仲村トオルには驚き。ちょっと小首かしげてキャスター然としている姿もありかなと思わせておいて、終盤では同行のカメラは気にもせず、むしろ「撮れ」と言って刺されたり殴ったりするサイコっぷりが凄い。真相を暴かれても保身とかごまかしとか諦念とかが何もないんですよ。それが何より怖いですね。自分が味わったトラウマを他者にも仕向け、自ら事件を調べることで同じような境遇の人がいるということに安心するという、完全に病んだまま月日を重ねてきたわけです。今度は仙堂が告白本を出すという世間の歪んだ興味や商魂に苦い終わり方をするのかと思ったら、それを否定するかのように最後に現れる被害者の息子。決着を着けた拓巳は旅立つことで前に進み、のうのうと生きそうな犯人にはしっかりと因果応報を与える、そんな着地も好ましいです。

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