2017
06.18

ギャングスターの栄光と喪失。『夜に生きる』感想。

Live_by_Night
Live by Night /2017年 アメリカ/ 監督:ベン・アフレック

あらすじ
ガタイはいいけど頭脳派です。



1920年代のボストン。厳格な家庭に育ったジョーは警察幹部である父に反発もあり裏社会に足を踏み入れていたが、ギャングのボスの情婦であるエマと恋に落ちたことで運命が激変していく。ギャングの抗争としのぎを削る世界で成り上がっていく男を描く、デニス・ルヘインの同名ノワール小説を映画化したクライム・ストーリー。

ベン・アフレックにとってはアカデミー作品賞を受賞した『アルゴ』以来の監督作となる本作、ベンアフは脚本、製作、主演も務めます。製作にはディカプリオの名もありますね。禁酒法時代という野心と権力と金が横行する世界で、度胸と頭脳と信念により裏社会で成り上がっていく男、ジョー。アイルランド系ギャングにイタリア系ギャング、警察、果ては宗教までを相手取り、失態、裏切り、興隆、脅威、愛憎とあらゆるドラマを詰め込んだ物語が流暢な語り口で綴られます。どんどん展開していくので引き込まれ方がスゴい。

ベン・アフレックは心なしか『バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生』のときより生き生きして見えますが、たまに見せる死んだ目がベンアフらしい。『ザ・コンサルタント』ともまた違うデキる男という感じで良いですね。女優陣が艶やかで、エマ役の『アメリカン・スナイパー』シエナ・ミラーのビッチ感、グラシエラ役の『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』ゾーイ・サルダナの美しさ、ロレッタ役の『ネオン・デーモン』エル・ファニングの華奢な神々しさも素晴らしい。

殺伐とした生き死にの世界で不殺を信条に駆け抜ける男の、ときに泥臭く、ときに鮮やかな生き様が実に面白いです。ハッとするショットもあればカーチェイスや銃撃戦の迫力もある。タイトルの体現がやがて見せる変容にはシビれました。禁酒法時代から始まる、まさに一大ギャングスター叙事詩です。

↓以下、ネタバレ含む。








池に車が突き刺さっている光景や、夕陽が映る曲がりくねった川の流れの遠景など、時折挟まれる印象的なショットがハードボイルドのなかに美しさを伴っていて、それが血生臭いだけではない、どこか情感に満ちたドラマ性を強調しています。一方で銀行強盗後のカーチェイスや、クライマックスでのビジネスから抗争へと一気に振れる銃撃戦など、数は多くないものの激しい見せ場がスリリング。またスーツや帽子などの時代性ある衣装のカッコ良さであるとか、ジョーがホワイトの部下に股間を蹴られてゲブッて吐くリアルさとか、細かい描写も巧みに織り交ぜてくるので、違和感なく自然に観れちゃうんですよね。そして父親との確執と失って後の思いとか、エマによる裏切りと変わり果てたエマとの再会、グラシエラとの出会いと別れ、ギャングとの関係を割り切っていたフィギスがトラブルと喪失により壊れていく姿など、刻々と変化していく関係性がとにかくドラマチック。あとジョーの相棒のディオンが結構優秀で頼りになるのがイイです。

最初はケチな強盗ながら着実に稼いでいたジョーは、エマの手引きでギャングの賭場を襲い、ホワイトに組織に誘われるもこれを断ります。ここに至るまでにジョーの計算高いのに向こう見ず、そして誰の命令も聞かないという性質が見えてきます。仲間はいるものの組織には入らない、そして人を殺さない。それはジョーが戦場で戦った経験からきている信念です。しかし裏社会に片足突っ込みながらボスの情婦に手を出しておいて深みにハマらないわけがなく、結果的にエマを失い、イタリア系のボスであるマソの手下となり、その後のタンパで筋は通しながらも自分の稼ぎを上げていく、と実に波乱万丈な人生を歩んでいきます。一人の男の人生を、ときに俯瞰し、ときに肉薄する、その語り方が実にスムーズで見入ってしまいます。

その波乱万丈さを引っ張るのが、次々と現れる対峙すべき相手との、対決したり懐柔したりといったドラマ。ホワイトやマソといった裏社会の権力者のどちらに付くかの選択、警察のフィギスとの関係性、狂信者とも言えるKKKのRD、マソのバカ息子など、なかなか大変。そのなかでも異彩を放つのがフィギスの娘ロレッタで、ハリウッドを目指しながら悪い輩にそそのかされ夢断たれた彼女は神への信心に走り、ジョーのカジノ建設を阻みます。エル・ファニングの無垢な美しさと、それ故に際立つ思い詰めた感は痛ましい。嫌がらせに終始するRDと異なり彼女には揺るぎない信念があり、ジョーの言葉にも「神が聖書を書き直せば」と返すほど一貫している、その信念のために、ロレッタはジョーが勝つことを断念する唯一の相手となります。手強いのは金や暴力ではなく信念ということなんですね。そしてそれはジョーの武器でもあったわけです。

RDのときでさえ「自分は撃ってない」と騒いだジョーが最後に自らマソに手を下すことは、彼の信念には反することだったはず。そしてその因果のようにグラシエラを失うジョー。それはタイトルのような「夜に生きる(Live by Night)」人生を歩んできたジョーの背負う業です。エマに再会したとき、昔は共に「昼は眠る(Sleep by Day)」間柄だったエマに漂う「夜」の残滓は、ジョーにかつての己の醜さをも見せたことでしょう。しかし息子と共に生きることを選んだジョーは、夜は眠り昼に生きる人生を知ります。そこはスタントをやっていた兄が脚本家として成功している世界。激動の時代を駆け抜けながら多くを失った男がようやく手にした安寧はどこか美しく、そして若干の寂しささえ感じさせてくれます。

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