2017
06.05

彼女の死体は黙して語る。『ジェーン・ドウの解剖』感想。

Autopsy_of_Jane_Doe
The Autopsy of Jane Doe / 2016年 イギリス / 監督:アンドレ・ウーヴレダル

あらすじ
解剖で解明する怪奇。



バージニア州の田舎町、不可解な一家惨殺事件の現場で見つかった謎の女性の遺体。遺体安置所と火葬場を経営する検死官トミーとオースティンの親子の元に、その遺体の検死依頼が舞い込む。解剖を始めたトミーだったが、その遺体に隠された事実が判明するごとに、奇怪な現象が発生し始める……。監督は『トロール・ハンター』のアンドレ・ウーヴレダル。

舞台は遺体安置所、身元不明の女性、通称ジェーン・ドウ(男の場合はジョン・ドウですね)の検死解剖からドラマは始まります。これが面白い!そして怖い!傷も死斑も死後硬直もない綺麗な謎の死体、その死因を解明するべく解剖を始める検視官親子が体験する恐怖。徐々に判明していく死体の謎がさらなる謎を呼ぶというミステリー的な展開にワクワクし、ワンシチュエーションの閉塞感によるスリルにドキドキ。リアルな解剖シーンの描写もなかなかえげつない。観てるうちにミステリーかと思ってたジャンルが変わってきますが、そんな予想を覆すところがかえって面白いので問題なし。

検死官の息子のほう、オースティン役は『スピード・レーサー』『ローン・サバイバー』のエミール・ハーシュ、彼女とイチャつきながらも父親を思う感じが好青年。父トミー役は『ボーン・アイデンティティー』『X-MEN2』などのブライアン・コックス、厳しい顔とやさしい顔のギャップが良いです。そして死体役のオルウェン・ケリーがスゴくイイ。死体なので全く動かないんですが(しかも全裸)、何度も挿入されるその表情が美しいだけに不気味です。

医学、解剖学といった科学的視点により次々に出てくる不可解な謎。一方で積み上げられていく不穏な要素。それらがある時点を境に怒濤の恐怖となって襲いくるのには驚嘆。某有名ホラー映画を彷彿とさせますが、それでも独創的で見せ方も抜群に上手い。現実感と非現実感のバランスが見事だったモキュメンタリー『トロール・ハンター』に続き、ヴーヴレダル監督の手腕に唸ります。それにしても自宅に遺体安置所があるってところからして怖い……。

↓以下、ネタバレ含む。








「ジェーン・ドウ」の見た目は傷一つないのに、調べるうちにどんどん不可解な状態が発覚していく点と、そうなるに至った経緯を類推していく点が面白い。手首と足首の骨折は縛られていたからであるとか、傷だらけの内臓は胃のなかにあった麻酔に使う花のため(ここちょっと理解しきれず)、一本足りない歯は糸と共に胃の中に、その糸は胃のなかにあった布切れと一致。爪に挟まった泥、切り取られた舌、焼けた肺など次々に判明する壮絶な傷が拷問を受けた痕跡を匂わせますが、でも外傷が全くない説明がつかない、しかもメスを入れると死後1、2時間かというくらいの血が流れ出る。この医学的事実と不安を煽る要素の交錯に実に引き付けられます。

ひょっとしたら生きてるのでは?と思わせるほどの死体の瑞々しさがまた怖いです。でも生体反応はまるでなし、ハエが鼻から出てきたり目に止まったりもするので完全に死体ではあるんですよ。しかし皮膚の裏側に模様が彫り込まれていたり(これが凄まじい)、胃のなかの布切れを折り畳んでわかったレビ記20章27節(「口寄せや占いをする者は殺されなければならない」)からアメリカ北東部で1600年代に起きた魔女裁判が浮かび上がったところで臨界点を迎え、ついには脳細胞が生きていることがわかったことで、科学的事象は超常現象へと一気に振り切れます。確かに死んでいるはずの死体が、実は死んでいるわけではないという驚き。そして不意に気付く、彼女が「生きたまま解剖されていた」という事実。オースティンが自宅であり仕事場でもあるその場所から直感的に「逃げよう」と言う一言が、世界の変質を表わすのに十分以上です。

安置所の扉が開いてカラになっているところからはもう魔界です。死体の足に付けたベルや頭を吹っ飛ばされた死体などは伏線だろうとは思うものの、なかなか見せないという引っ張りかたや、ドアの下に足が見えるのをたっぷり間を取って見せたりなど実に見事なホラー演出。死体を燃やしたら炎が天井に広がるシーンなどは壮絶な美しさ。ジェーン・ドウの死体が綺麗だった謎も、トミーに傷を肩代わりさせることで回復していたように、誰かを身代わりにしたのかもしれません。極めつけは何度もラジオで流れていた「心の扉を開けて~」という歌の使いどころですね。これには心底震えが走りました。

死から復活しようとする恐怖と同時に、死の悲しみを乗り越えようとする親子のドラマが語られます。母親の死を「不測の事態だった」と言う息子と「太陽のようだったが心の傷があった」と言う父の会話から母が自殺したことが察せられ、自信に満ちていると思われた父親の痛み、そしてオースティンが家を出たいと言う理由の一端も覗かせます。また、猫に対して「しょうがないヤツだ」と文句を言っていたトミーが心底その猫の死を嘆いていたり、オースティンの彼女をトミーが騙されて殺してしまったりというのもやるせない。そんな死と対峙するシーンがあるだけに、煙のなか"彼女"の元へ戻ろうとする二人の姿には熱いものがあって、実に良いバランス。それでいて何とも救いのない話ではある、というのがホラー映画的です。

ただ、冒頭の事件がなぜ起こったのか?最後に"彼女"を運ぶ運転手は何者なのか?という点が釈然としません。事件の現場で「脱出を試みていた形跡がある」と警官が言うことから事件は"彼女"に起因するのであろうし、何者かが"彼女"の呪いを利用しようと家の地下に置いたのだとすれば、最後の運転手が犯人ということなんでしょうかね?そこはちょっとハッキリしませんね。

魔女狩りの儀式が無実の人間を悪魔に変えてしまった、と言葉で表すと簡単なのに、それを順序立てて説得力を持たせていく語り口は上手いです。また無差別に引き起こされる呪いの連鎖、謎が解明されていくミステリ的側面とオカルトの融合という点で『リング』を彷彿とさせるんですが、媒体がビデオテープというモノではなく、人の形を持ったままの死体、それもあくまでも動かぬ死体である、というのが、死と向き合うことを強要される物語とマッチしていて良かったです。果たして次に"彼女"が運び込まれるのはどこなのか。それはあなたの家の遺体安置所かもしれません……(あれば)。

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