2017
05.17

留まる者と超えてゆく者。『ノー・エスケープ 自由への国境』感想。

Desierto
Desierto / 2015年 メキシコ、フランス / 監督:ホナス・キュアロン

あらすじ
狩りの獲物はウサギとは限らない。



メキシコからアメリカへ、砂漠の国境地帯を歩いて越えようとする15人の不法移民たち。そこへ突然銃弾が撃ち込まれ、倒れていく人々。摂氏50度という暑さのなか、水も武器も持たない彼らはハンターから逃れようとするが……。というサバイバル・スリラー。

アメリカへ行こうとする不法移民者たちが謎の銃撃を受けて、極限状態のなか命懸けの逃走劇を繰り広げます。国境を越える人々を次々と襲う凶弾の一瞬で貫く恐怖、そして物凄い速さでまっすぐ走ってくる猟犬のスリルが秀逸。さらには逃げ延びた者に立ちはだかる、水も食べ物もなく、武器も車も助けを呼ぶすべもなく、気温は50度、という過酷な状況の絶望感。砂と岩とサボテンがひたすら続く渇いた地の寂寞感。命懸けの逃避行に気が休まらない緊張感。絵面は地味ながら様々な工夫が見られて面白いです。

監督は『ゼロ・グラビティ』共同脚本のホナス・キュアロン。アルフォンソ・キュアロンの息子なんですね。印象的な引きの画が多く見受けられます。主人公のモイセス役、『バベル』のガエル・ガルシア・ベルナルはいい人オーラ出まくりです。いい人はサバイバルでは苦労します。そして謎の襲撃者はドラマ『ウォーキング・デッド』のジェフリー・ディーン・モーガン。執拗に追ってくる姿には『ドント・ブリーズ』の爺さんを思い出しますが、実はそれとはかなり異なる存在と言えます。

折しもアメリカでは不法移民を防ぐという目的で壁を建設するという大統領令が発令されているだけに、タイムリーなテーマ(こちらの製作の方が早いですが)。とは言え本作には国境を越える是非を問うような政治色はなく、向かう先の異なる者が国の線引きを境にぶつかり合う物語だと言えるでしょう。

↓以下、ネタバレ含む。








銃撃によりあっという間に人数が減っていく、そんな場面を隠れながら見る絶望感もまだ序の口。何と言っても訓練された犬の怖さです。一直線に走ってくる凄まじいスピード、喉笛を食い破るパワー、犬はまさに地上最強の動物。匂いで主人に居場所を教えるのが非常に厄介で、それがなければ逃げ切れた場面も何度かあるほどです。もちろんそういう風に訓練した人間が狂暴なのだということは言うまでもありません。襲撃者であるサムが相当な銃の腕前を持つのも脅威で、終盤はさすがに疲れたのか結構外すものの、躊躇することなく次々と仕留める容赦のなさに、もはや相手を同じ人間として見ていないという狂気を感じます。

あっという間にモイセスとアデラの二人だけになるというのも心細く、加えてヘビに囲まれたり、息子から渡されたぬいぐるみが余計な音を出したりと、ピンチを連続で見せるのは上手い。岩山を登って身を隠したり、群生するサボテンを潜り抜けたりと、砂と岩だらけで味気ないロケーションを活かしているのも工夫があるし、だだっ広くて何もない風景などは実に無情に感じられます。車を奪ったときの喜びと、まさかの距離の銃撃でその車を失うという焦燥感との落差はスゴいし、信号弾もここしかないというところで使ってきますね。ただ、水がない厳しさは描かれるものの、食料がないのと暑さに関してはそこまで迫ってくるものを感じないのはちょっと残念。

モイセスは歩き疲れた人を置いていけなかったり、連れのセクハラからアデラを守ろうとしたり、それでいて「連れの男性は気の毒だった」とわざわざ言ったりと、とても紳士。歩けなくなったアデラをついに置き去りに、と思ったら信号弾を撃って敵をおびき寄せることを選んでしまうような善人です。そこには自分を押し殺しても正しくあろうとする人間味があります。一方でサムについては、意外にも「得体の知れない恐怖」というものは薄めです。出会った警官に不法入国の痕跡を訴えても調べようとはしないことに憤り、移民たちを一掃したことに歓喜の声をあげ、瀕死の愛犬トラッカーを泣きながら楽にしてやる。人を殺すことに躊躇いがないという点で狂人ではあるのでしょうが、それ以外はむしろ喜怒哀楽を出してくる人間臭さがあるとも言えます。

二人の違いは何なのか。サムは「ここは俺の国だ」と主張しながら「この場所も昔は好きだった、今は大嫌いだ」と嫌悪しています。つまり故郷を逃げ出してアメリカへ行こうとする移民たち同様、彼もまた逃げ出したいと思っているのです。移民への仕打ちは他国の者を排斥したいと言うよりはむしろ同族嫌悪の方が近く思われ、虐殺は己が自国から逃げ出せないことの代替行為なのでしょう。それとは逆に、逃げようとするモイセスには「息子のいる場所」という明確に向かうべきところがあります。クマのぬいぐるは逃亡の邪魔もしますが、それを思い出させてもくれるのです。終盤に岩の周りで延々と続く追いかけっこは、目的へ向かおうとするモイセスを、目的を見失ったサムが行かせまいとするシーンにも思えます。

朝日が上るオープニングと対になるように、日が落ちていくラスト。そこに大きく映される原題の『Desierto』の意味はスペイン語で「砂漠」です。それは過酷な大地そのものであり、サムの乾ききった心であり、モイセスの疲弊した現状でもあるでしょう。それでも背負ったアデラを死なせまいとハイウェイへ歩いていくモイセスには、まだ人としての潤いが残っているのです。

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