2017
05.15

その一票は僕らを変える。『帝一の國』感想。

teiichi_no_kuni
2017年 日本 / 監督:永井聡

あらすじ
靴も舐めます。



エリートが集まる超名門、海帝高校に首席で入学した赤場帝一は、総理大臣になって自分の国をつくるという夢のために生徒会長の座を狙っていた。2年後の生徒会長選挙を視野に入れて行動を開始した帝一は、想像を越えた権力闘争へと身を投じていく……。古屋兎丸の同名コミックを実写映画化した学園コメディ。

夢は総理大臣、そんな赤場帝一が名門・海帝高校を舞台に繰り広げる政治ドラマにして学園ドラマ。これは面白い!最初こそ高校生が権力者を見定めてすり寄ったりライバルを蹴落としたりといった派閥争いに「そんなバカな」とも思うんですよ。しかしてっぺんを取るためにあらゆる知略謀略を目論む政治や駆け引きの話でありながら、夢に向かって必死で行動するという、ある意味非常に学園ものらしい爽やかさもあるという意外性が愉快。何より仰々しいキャラたちによる突飛な展開には大いに笑います。しかも最後は予想外にじんわり。

赤場帝一役は『何者』『溺れるナイフ』の菅田将暉で、笑いも涙も熱血も担っていて実にイイ。点数争いとかマイムマイムとか爆笑です。東郷菊馬役の野村周平は『ちはやふる』『サクラダリセット』などとは大違いで、口臭いとか変な髪型とか超卑劣といったヨゴレ役を全力で演じていてスゴい。大鷹弾役、竹内涼真の『青空エール』に続く超絶爽やか好青年ぶりはもはやムカつくレベル。氷室ローランド役の間宮祥太朗、榊原光明役の志尊淳、森園億人役の千葉雄大とほぼ男しか出てこず、若干のBL的な雰囲気も醸しながらもあくまで人と人との関係が描かれます(光明以外)。紅一点である白鳥美美子役の永野芽郁はカワイイうえに見事なハイキック。帝一の父役である吉田鋼太郎も目立ってます。

よく実写化しようと思ったな、というくらいマンガ的デフォルメの強い登場人物たちなんですが、そのキャラクターも含めた世界観がコミカルな展開とマッチしており、光の加減や華やかさ、砂埃などを工夫した映像、背景を彩る美術とも相まって馴染んでます。予想外にすんごく面白った。あとエンドロールには激萌えです。

↓以下、ネタバレ含む。








まるきり政界のように権力や派閥で争う世界、一斉に鳴らしてすぐ止める拍手のような恐ろしいほどの統制など、非常に危うい雰囲気に「この高校ヤバい」と思うんですが、要は規律正しい学園生活や確立された自治組織としての生徒会などが、極端に描かれているということなんでしょう。親絡みの実際の政界も絡んでくるため胡散臭いですが、その極端さがコミカルだったり、ときにはドラマチックだったりします。自分が3年で生徒会長になるために、1年の頃からその道を探っていくというのは凄まじいですが、頂点を目指して努力するという点ではこれもまた青春劇。帝一はその点、非常に真っ直ぐであるとも言えます。真っ直ぐすぎて、テストの点数発表が親子共々うるせえったら(爆笑)。

そんな学園生活を彩る(と言っていいのか?)思いもかけない妨害やトラブルを回避する奇策などが面白いです。次期会長候補であるローランドの立場を悪くした帝一が森園へつく経緯や、実弾(現金)の怖さを高校という社会の縮図で見せるスリル、「罪悪感により輪に入れない」ということを利用した「マイムマイム事変」、父親をも巻き込んだ菊馬によるえげつない妨害など、たかが生徒会選挙と侮れない陰謀と策略に満ちています。最初の帝一の独演がラストに繋がる構成には、そんな過去をも自分のマニフェストに利用するというしたたかさが見えますね。そんななかで学園ものらしさの最たるものである学園祭シーンがあるのは楽しい。そこにも思惑はあるわけですが、ふんどし姿で太鼓を叩くという(一定の需要に対する)あざといシーンなどは笑います。

菊馬が帝一に突っかかるのは親同士の不仲もあるものの、自分にはないものを帝一に認めることが悔しかったというのがあるのでしょう。実は美々子にホレてたというのも気の毒ではありますが、最後までクズを通すというのがブレないです。手段を選ばず権力を求めるという点では菊馬は帝一の鏡像でもあり、最後の一騎打ちで決着がつかないところにもそれは感じます。でも帝一には、弾や森園らと関わるうちに得られた人との関わりがいつの間にかできており、それが自身の選挙戦で菊馬との差になってくるんですね(大差すぎて笑いますが)。なりふり構わず勝とうとしたローランドもまた帝一の将来の姿だったかもしれず、ローランドが飛び降りから助かるのが帝一のために敷いたマットのおかげというのも意味深いですね。にしても光明の帝一に対する無条件の献身ぶりには信頼を超えたラブを感じます。と言うか、光明はなんかちょっと可愛く見えてくるのが恐ろしい。

一方で弾は帝一とは考えも性格も家庭環境も何もかも逆の好青年で、好青年すぎて逆に何かあるんじゃないかと勘繰るほど。帝一とは異なる天然のリーダー像として描かれています。そんな弾がかつての発言、「この学園は狂ってる」というのを「そうではなかった」と訂正するのは、そこに関わる者たちの本気度を見たからでしょう。またローランドとは対照的に、森園は信念に沿って正しい学園の姿を求める真の改革者として描かれます。敵であった帝一さえも受け入れるなど、徐々に度量の大きさがわかってくるのがイイ。最後に森園を選んだ現会長が人を見る目を持っている、というのも良いです。選挙における一票の重要さ、というものが描かれているのも大事かも。一年後、森園の隣に副会長としてすっかり丸くなったローランドが座っているのが微笑ましいですが、森園はローランドさえも受け入れたということなんですね。

帝一が作ろうとした自分の国、それは好きなピアノを自由に弾ける国、というものであることが明かされます。他人のためではない、あくまで自分のための動機ですが、それは押さえつけ統制しようとする「集の束縛」とは真逆の「個の自由」に他なりません。そんな帝一は、最後に会長職を蹴って弾に譲る形になります。菊馬の目論みに気付いての咄嗟の判断であり決して友情やらのためではないわけですが、それによる効果が人との繋がりとも「個の自由」とも矛盾しないというのが、いっそ爽やかでさえあるのです。

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