2017
05.07

子供の、誇りの、貴女のために。『イップ・マン 継承』感想。

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葉問3 Ip Man 3 / 2015年 中国、香港 / 監督:ウィルソン・イップ

あらすじ
木人樁はもはや主要キャラ。



1959年、好景気に沸く香港は一方で治安も悪化。詠春拳の達人イップ・マンは、息子の通う小学校を悪質な地上げから守るため立ち上がるが、そのために家族には危険が迫る。一方で詠春拳の正統を巡り戦いを挑まれることに……。ドニー・イェン主演のシリーズ第3作。

もはやドニー・イェンの代表作と言っていいでしょう、ブルース・リーの師としても知られる詠春拳のイップ・マン(葉問)を描くシリーズ3作目です。イップ・マンを主人公にした作品はトニー・レオン主演『グランド・マスター』やアンソニー・ウォン主演『イップ・マン 最終章』などもありますが、やはりドニーさん主演作はシリーズを重ねているというのもあって安心感があります。このシリーズが素晴らしいのはアクションとドラマが融合し、ただ単に戦うというわけではないところ。凄まじい強さを持ちながら決して驕ることなく、常に人々のために動くイップ師匠の人柄に惹かれてしまうのです。そこには人間の目指すべき美しさを感じます。

『イップ・マン 序章』では自国の人々を、『イップ・マン 葉問』では弟子たちと香港武術界の誇りを守るため戦ったイップ師匠、今作では詠春拳そのものと、何よりも家族を守るために戦います。つまりイップ師匠の最も中核を成すものを描くということであり、これが胸を打ちまくり。これほどに最初から最後まで泣きそうになりながら観てたアクション映画はちょっと記憶にないほどです。冒頭の木人樁を打つ正確な美しさに、子供たちの未来を説く高潔さに、一人敵地に乗り込む熱き行為に、そして妻と過ごす二人の姿に「イップ師匠ォォ!」と泣きながら拳を握ってしまいます。

『ローグ・ワン スター・ウォーズ・ストーリー』『トリプルX:再起動』などハリウッドでも活躍するドニーさんですが、そのアクションを堪能するならやはり香港映画ですね。言動は真面目すぎるイイ人、しかし速さと強さは天下一品、ドニーさんのイップ師匠はもうスゴいです、最高。そして今回素晴らしい相手役として登場するチョン・ティンチ役の『ドラゴン×マッハ!』の獄長ことマックス・チャンもスゴい、最高。裏社会を牛耳る不動産王フランク役には、まさかの出演であるボクシング元世界ヘビー級王者マイク・タイソンですが、てっきりお祭り的な扱いかと思ったらこれがガチでした、最高。またイップ・マンの妻ウィンシンを演じるリン・ホンは今回とても良くて、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ』シリーズのロザムンド・クワンを思い出す存在感です。

ユエン・ウーピンがアクション監督を務めた怒濤のアクションはドラマに溢れ、見やすいのにド迫力、ケレンもあるのにクールという完璧さ。そしてシリーズ通して監督を務めるウィルソン・イップの演出は洗練されていて、叙情的なショットの数々も素晴らしい。川井憲次の音楽もとても良いです。素晴らしかった。

↓以下、ネタバレ含む。








■イップ・マンという男

冒頭の木人樁を打っている姿が凄く丁寧で美しく、そこに蝶がやってきて拳を止めるイップ師匠、からのタイトル、でもう泣けてしまいます。イップ師匠の武闘家としての高潔さ、そして優しさを感じてしまうんですよ(これはシリーズ通して観てるからというのもあるでしょうけど)。その華麗な技は衰えることなく、弟子入り志願の若者を軽くあしらう姿で達人であることを印象付けます。この若者こそ李小龍(ブルース・リー)なわけですが、今回ブルース・リー役を演じるのが『少林サッカー』の「魔の手」ことチャン・クォックァンというのが嬉しいところ。タバコを使った紙一重の攻防を思い切りスローで見せるのがたまりません。しかしのちに弟子入りを断った理由に「私はドアを開けただけだ」って、さすがにそれはわかんないよ師匠!

またイップ師匠は人の好さも相変わらずで、成り行きで学校を警護することになってしまうし、それもあって奥様連中にもモテモテ。囲まれて困りはてたところにティンチを見つけてすぐに駆け寄る師匠が可愛いです。それでも学校で暴れるサンの手を掴むシーンの「キター!」感は最高。当時の香港はイギリス領で警察も西洋人がトップに座っていたため、好景気にかこつけて無理を通そうとする悪事がまかり通っており、それを知って立ち上がるイップ・マンは民衆のヒーローとして描かれているわけです。しかし家族との時間を減らしてまでヒーローの役割を果たす夫に対し、妻のウィンシンはさすがに面白くない。ダンスの約束を忘れた師匠に電話で静かにキレて師匠タジタジ、「ボタンつけてくれ」に対しそれを書いた紙にボタンを付けるという抗議に師匠呆然。家庭と仕事(ボランティアだけど)の板挟みにはさすがの師匠も悩ましげです。

ドニーさんのアクションは一手一手がとても丁寧。学校を襲うサンたちとの戦いでは棒術を駆使したり、石段の手すりを渡りながらの蹴りなど多彩さを見せます。同じく大多数との戦いとなる造船所では、建造中の船のなかという狭い場所におびき寄せて対峙する敵の数を減らす、という実践的な行動をしているところに説得力があります。校長が攫われてそこに居合わせたティンチとの絡みに繋げたり、一度は屈辱の土下座を強いられながらも息子を守りながらの戦いへとシフトする辺りは、ドラマ的な進行も同時に見せるアクションとなっていてとても良いです。


■チョン・ティンチという男

マックス・チャンの演じるチョン・ティンチは、イップ・マンとは対照的な存在です。同じ詠春拳の使い手でありながら、一方はヒーローとしてもてはやされ、一方は車夫のくせにとバカにされる。学校を襲った悪漢たちを倒しても、感謝されるイップ師匠に対しティンチは客の投げ捨てた運賃を黙って拾い去るのみ。造船所での戦いでもイップ師匠は新聞で大々的に取り上げられ、ティンチは他のチンピラと共に逮捕されてしまいます。まさに光と影。

それだけにティンチのイップ師匠に対する対抗心は強く、序盤で互いの師匠の名を出してそれとなく優劣を問うたり、はぐらかすイップ師匠にいつか手合わせをと言ったりします。決して悪人ではなく、子供たちを救うためサンに反旗を翻すなどむしろイップ師匠と並ぶ高潔さの持ち主ですが、武術への自信もあるだけにイップ師匠との扱いの差に耐えられなかったのでしょう。後ろ楯もないなか武術界で認められるために、イップ師匠を貶めてアピールするしかないというのは悲しいところです。

ドニーさんのイップ師匠は自然な立ち居振舞いからフワリと動くイメージですが、マックス・チャンはピンと真っ直ぐな立ち姿のままスッと動く感じがあって、そこも柔と剛という違いを感じます。構えもイップ師匠は掌を開き、ティンチは拳を握るんですよね。それにしてもマックス・チャンは、車を引くストイックな姿、微かに顔をしかめる表情などもイイ。もちろんアクションは素晴らしく、学校を襲った悪漢の肘を打ち上げて浮かせてから足を蹴り倒すところなんて超カッコいい。妻がいないのは亡くなったからなんでしょうかね。息子が父を師匠と呼ぶところには仲の良さと共に尊敬の念を感じさせて和みます。

ただ、ティンチがティン師匠を倒した事実がその後特に言及されないのは気になりますかね。ティン師匠本人も気付いてないし。その際にサンからもらった金をちゃっかり使って武館の場所を借りてることも流される点とか。その辺りのティンチにはやはり名を売るためと割り切っている感がありますが、とは言えその後ろ暗さがあるために最後の勝敗も受け入れられる、というのはあるかもしれません。


■家族を守るために

脇の登場人物では、サンのいきがったチンピラのボス感、それでいて戦いで活躍する場面がひとつもないというのがイイですねえ。ポー刑事は前作も出てただけに信頼できる刑事ですが、上司に禁じられた捜査についてイップ師匠に説教された後に動揺して茶をこぼすとか、大挙警官を投入しマスコミまで動員して造船所に来たときのドヤ顔とかイカしてます。あとイップ師匠の弟子と学校の先生のロマンスは始まるのか、と思ったら何もないまま終わりましたね。というか師匠、そこは「先生を送ってあげなさい」じゃないんですか。なんで「私を送ってもらおうかな」なんだ。道場は恋愛禁止なんでしょうか。

そしてフランキーことマイク・タイソンです。登場したときいきなり娘に向かって「パンチパンチ、HAHAHA~」とかやりだして大層不安を煽ってくれましたが、そんな微妙すぎる演技など吹き飛ばすほどのイップ師匠との対戦。いやもう、あのタイソンがピーカブー・スタイルで頭振りながら低い姿勢で襲ってくるときの恐怖感ったらないですよ。そしてヘビー級の重いパンチが風を切る、そのパワーとスピード!ガラスをパリパリ割りながらイップ師匠を追い詰めていくのもド迫力。一方で本気を出したイップ師匠のスゴいバランスのポーズからの反撃、肘で拳を防ぐといったスゴ技も凄まじい。タイソンの本作への参加は直前で決まったそうですが、元チャンプの面子も潰さずイップ・マンのキャラも汚さない、という見事な取り込み方でした。飛んで行った風船に例えて「見逃してやろう」という台詞も良いです。


■誇りを守るために

妻ウィンシンから病気のことを聞かされたイップ師匠は、全てを放り投げて妻と時間を過ごすことを選びます。背の高い奥さんと手を繋いで歩きながら、二人で様々な治療を試しに行ったり、妻のためにダンスを覚えようとしたり、本の話で楽しそうに笑い合ったりする二人に泣けます。そんななかムエタイ使いの刺客との戦いがありますが、エレベーター内での妻を守りながらの攻防、戦いながら途中で降りての階段での対決、そして倒したときにちょうどエレベーターが着いて妻を迎えるという一連の流れは素晴らしいですね。エレベーター・アクションにまた新たな名シーンが誕生したと言えるし、同時にウィンシンが夫が武闘家であることを改めて認識する場面でもあります。

しかしひたすら笑顔で接していたイップ師匠も、妻の「写真を撮りたい」と言う言葉についに涙を見せます。それは最後の思い出作りであり、遺影の撮影でもあるからでしょう。道場での二人の会話では、音楽も止めての夫婦のやり取りが描かれます。「私の病気がなければティンチの挑戦を受けたか」と聞き、「ああ」と答える夫に対して「それでこそ私のイップ・マン」と言うのが実に夫婦です。命は自分のものであって自分のものではない、あなたはあなたに属し、家族に属し、道場に属する。その言葉は自分の死後も属するものはあるのだと説いているかのようです。「木人樁の音を聞いてない」と言われて打ち始めたイップ師匠が、途中で顔をそむけたまま少し止まるシーン、その涙をこらえる背中に、観てるこちらは涙をこらえられません。

そしてついに対決する、詠春拳vs詠春拳。言葉は互いの名乗りのみ。しなりながら突き出される長棍での打ち合い、刃が滑って高音をたてる八斬刀での斬り合い、そして拳での戦いは全て互角。アクションの素晴らしさはもはや言うまでもないでしょう。しかしここで重要なのは、フランキーのところに一人で赴いたのとは対照的に妻を伴って来たことです。詠春拳の誇りを賭けた戦い、しかしそれはイップ師匠個人だけではなく彼を支えてきた妻あってこその誇り。そんな思いが言葉にされずとも伝わってきます。そして妻は試合を見ず、じっと勝敗を待つ。この二人に涙しながら戦いの行方に熱くなるという、二重の観点でやられてしまいます。加えて、目を突かれて音だけで倒すという決着、そして敗けを認めて「正統」の看板を割るティンチ。そんな戦いを見届けた二人の息子は、父親たちの精神を継承していくことでしょう。全てが美しく収束する結末に震えます。

最後に木人樁の横で、妻と会話をした席で茶を飲む師匠のショット。「一番大事なのは側にいる人だ」と言った師匠が、一人佇むその構図の寂しさ、そして思い返される愛情にまた泣けます。

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