2017
04.28

価値観も家族の証。『はじまりへの旅』感想。

Captain_Fantastic
Captain Fantastic / 2016年 アメリカ / 監督:マット・ロス

あらすじ
人民の力!権力にノー!



アメリカ北西部の森、社会から切り離された環境で暮らすベン・キャッシュと、彼の指導により知力・体力共に秀でた6人の子供たち。ある日、入院中の母レスリーが亡くなったという報を受けた一家は、葬儀に出席するため2400キロ離れたニューメキシコを目指して旅立つが……。俳優でもあるマット・ロス監督によるロードムービー。

学校には行かずに森で暮らす男2女4の兄弟姉妹。彼らは父親ベンの独自の教育により規律ある生活を送り、人並み外れた体力を持ち、獲物を狩って食料にし、勉学と読書にも励み、さらには6カ国語まで操るというスーパーキッズ。しかしながら世間知らず、という彼らが母の葬儀に出るため都会へ向かいます。この設定だけ聞くとカルチャーギャップな笑いで押してくるコメディかと思いますが、もっと真面目に価値観の違いを問う話でした。

言ってることは正論だけど周囲から見れば変人でしかない家族が、ごく普通のいとこたちや、娘を失った義父母との確執を経て、旅の果てに見る現実。「正しさとは何か」というとても微妙なラインを行き来しながらその上で描く家族の姿が、ときにワイルド、ときにエキセントリック、そしてときにじんわりとさせるロードムービーです。バスに「スティーブ」と名付けてるのもなんだか面白いです。

父親ベン役を演じる『ロード・オブ・ザ・リング』ヴィゴ・モーテンセン、この父親像は反面教師なところもありますが、正しさの一側面として全否定もしにくい、という作りが絶妙です。子供たちは18歳からちびっ子まで幅広いですが、決して父からの押し付けだけでなく自分で考え行動しようとしているのがまた、一概におかしいとも言えないんですね。正論だけでは世間とは繋がれない。理論だけでは感情は推し測れない。それでも家族で一緒にいたいという思いは嘘じゃないのです。

↓以下、ネタバレ含む。








冒頭いきなりランボーみたいな奴らが鹿を狩ってキモを食う、というやりすぎ感で始まる本作、この「やりすぎ感」こそがキャッシュ家の特徴でしょう。体を鍛えるだけでなく護身術まで身に付け、食べ物に気を使うだけでなく家畜を捌くところから始め、勉強や読書もガッツリ行うだけでなく6か国語マスターまで義務付け、古今東西の思想を学ばせて自身の主義も持たせる。これらは悪いことではないし、興味を持ちそうな本を薦めるのも提案レベルだし、長男が「マルクス主義ではなく毛沢東派」だと言うのを尊重もするので、決して洗脳だとか思想を押し付けてるとかではないわけです。

ここが難しいところで、基本的には間違ってない、でも世間は正しさだけで成り立っているわけではないため、結果「やりすぎ」と判断されるわけです。妹の家に行ったときに甥っ子たちを呼んで質問するシーンや、クリスマスを偉人(?)の誕生日に置き換えて祝うのを咎めた次男に反論させようとするところなど、嫌らしいですねえ。ベンはヒゲで表情がわかりにくいのもあって、若干ドヤ顔をしてるようにさえ見えてきます。真実を教えるのは必要なこととは言え、まだ小さい子の「性交」に対する疑問に答えすぎだし、何より病気のふりして騒ぎを起こしスーパーから品物パクるのは完全にアウトです。

ベンがここまで世間の間違いを信ずるに至る経緯は謎ですが、たとえ子供たちへの教えが正論であっても、それは家族という小さなコミュニティのなかでしか通用しません。子供たちはこの旅の過程、そして母の葬儀でそれを知ります。ベン自身はその自覚はあるようで、義父に逮捕させると脅されて一度は葬儀に行くのを諦めるし、妹夫婦に「この家のルールを踏みにじった」と謝罪もします。子供たちを預かると言う義父に従うのも、妻を死なせた罪悪感があったのかもしれません。子供たちがより大きなコミュニティに属するためには自分が身を引くべきだという判断もあったでしょう。「やりすぎだった」と自ら認めるベンはフェアでもあります。

それでも子供たちは父の元に戻ってきます。そこには正しさ以前の「家族」に対する愛情があります。小さなコミュニティでしか通用しない、でも大事な価値観。それは自ら命を絶った母が最後に教えてくれた価値観でもあるでしょう。だから母の遺言通り火葬にし、家族だけで彼女の旅立ちを歌い躍りながら見送ります。本当にトイレに流すんかい!とは思いますが、母の灰がやがて大海原へと流れ出るように、子供たちもやがて社会という大きな海へと出ていくのでしょう。その先陣をきる長男は有名大学すべてに受かり、キスでアドレナリンが駆け巡ることも覚えたので何とかなる、かな?

ベンがヒゲを剃るのは家族との生活に別れを告げるためでしょうが(驚くほど若返るヴィゴ・モーテンセン!)、長男が父の元で髪を切るのは、それが別れではなく新たに始まる旅路であることを主張するかのよう。そして子供たちが本で得た知識はこれから実践を伴うことで本物となっていき、それまでの旅路を率いた父が原題のように「素晴らしき船長」であることを示していくことでしょう。ラストショットで学校に行く前に朝食を食べながら勉強する静かな光景には手持ちぶさたな父の寂しさも感じますが、それが親離れであり子離れでもあるんでしょうね。

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