2017
04.16

体感する俺物語。『ハードコア』感想。

Hardcore_Henry
Hardcore Henry / 2016年 ロシア、アメリカ / 監督:イリヤ・ナイシュラー

あらすじ
負けるな三半規管。



研究施設らしき場所で目覚めたヘンリーは事故で体を損傷、記憶も曖昧だった。妻を名乗る女性エステルによって機械製の腕と脚を取り付けられたヘンリーだったが、謎の組織の襲撃に会いエステルをさらわれてしまう。ヘンリーは妻の救出のため一人走り出すが……。全編を主人公の一人称視点で描くSFアクション。

主観視点のゲームなどで使われる、いわゆるFPS(ファースト・パーソン・シューター)。これを実写映画一本で丸ごとやっちゃった、というのが本作。元々は2013年にロシアのバンド"バイティング・エルボーズ"の「Bad Motherfucker」という曲のMVとして作られ、それが話題となりクラウド・ファウンディングで長編映画化したそうです。僕もこれ当時観ましたが、どうやって撮ってるんだと思いつつ興奮した記憶があります。正直、手法の目新しさだけで映画として果たして成り立つのか、という疑問はあったんですが、これが予想以上にスゴかった、と言うか最高じゃないかコレ!

POVの限界を越えた"俺視点"映像!これを本当に全編やりきっています。それだけでもスゴいのに、ストーリーが非常にしっかりしていておざなりになっていないのが驚き。SF要素を取り入れることで突飛なアクションにも説明を付けながら、そのSF要素こそが物語の根幹にも繋がっており、ひいては自分を取り戻すという"俺回帰"なストーリー展開となっていて、これが熱い。そして実に多彩な舞台を走り回る"俺アクション"もハイレベルの連続。エロとグロとユーモアも惜しみなくブッ込み、まさに体感する"俺映画"!

妻のエステル役が『ガール・オン・ザ・トレイン』『マグニフィセント・セブン』のへイリー・べネットなんですが、彼女がミニスカ白衣という時点で既に破壊力抜群、しかも妻なので自分に向かって「アイ・ラブ・ユー」と言ってくるわけです。これだけで元が取れるというもの。というかそこだけ何回も繰り返し観たい!ところが、これが意外なことに『エリジウム』『チャッピー』のシャールト・コプリー演じる謎の相棒・ビリーが、それを上回って最高なのです。もうね、「大佐ァァッ!」ってなりますよ。あと『レザボア・ドッグス』のティム・ロスがシブい使われ方をしているのもイイ。

基本的に画面は揺れまくりなので、酔いやすい人は万全の体調で臨みましょう。僕は体調がいまいちでの鑑賞だったのでちょっと気持ち悪くなりましたが、それでもすんげー面白かったです。ヘンリーとなってあらゆる場所を走り回る、この臨場感!そうだ、俺はヘンリーだ!

↓以下、ネタバレ含む。








物語はヘンリー=自分が目覚めるところから始まります。記憶が定かでなく何もわからないというのは観る者も同様で、この時点から既にシンクロが始まるんですね。しかもヘンリーは大怪我をしていたと言われます。頭蓋骨が陥没してたそうで、大怪我っつーかそれ死んでたよね!?となるんですが、そのため声帯が失われて喋ることができません。喋らないことで心情は観る者に一任され、会話が失われることで主人公は行動でしか自分を示すことができず、それがまた没入度を高めます(声の候補としてルイ・アームストロングやダース・ベイダーが出るのは笑いますが)。また失われた片手と片足の代わりにハイパワーな義手義足を装備され、さらに全身もサイボーグ化していることもわかってきますが、これが超絶アクションをこなせる理由にもなっているのが上手いです。何度か画面が半分横転している映像になりますが、これは目のカメラが片方ズレてるということなのでしょう。そういった細かい点で表現するのも実に面白い。何より鏡や硝子に写るシーンがないため(体の内部は映されますが)、最後まで自分の顔がわからず、それがさらに自己の投影へと繋がります。

それにしてもアクションとそれを行う舞台の豊富さには度肝を抜かれます。しかも編集ありきとは言えワンカットが長いので、臨場感がとんでもない!高所に登ったり飛び降りたりは当たり前、走る車の屋根に飛び移ったりそこからバイクに飛び乗ったり、そのまま車に突っ込んで行ったり、一体どうやって撮ってるんだと思わずにいられません。銃はガンガン撃つし、手榴弾はバカスカ使うし、血飛沫飛び交う修羅場の連続。戦車の登場にここまでビビった映画は初めてかも。終盤の廃ビルで見せる吹き抜けを回りながらの立体的アクションも素晴らしいし、ラストの一人vs大軍団との壮絶なバトルも凄まじい。アクションシーンだけ外から見ても結構なクオリティのアクションになるんではないかと思えるほどです。

でも『荒野の七人』のテーマが鳴って「馬にも乗るのか!」とテンション上がったら馬に逃げられるというコミカルなシーンでは笑うし、主観視点でおっぱいだらけのいかがわしいお店というウフ~ンなシチュエーションもたまりません。あのお店で助太刀っぽい行動をする刀を持った女性二人のキャラもすげー気になるんですけど!と、しっかりユーモアが散りばめられているのがまた良いわけですが、そのユーモアも担いつつ非常に重要な役割を持つ、シャールト・コプリー演じるビリーがとても良いです。大佐、パンク、ミュージカル男、カモフラージュ兵士、女好き、普通の人などあらゆる姿で登場するビリー。火だるまになってるのに「また連絡する」って大丈夫なの!って思うし、変装得意なエージェントとかにしてはあれ死んでるよね?ってなるし、実にミステリアスで引き込んでくれます。意識は自由に移せるけど動かせるのは一人だけ、という制約が、終盤に自分を使い捨てながらの攻防にも繋がっていてイイ。最後には記憶遮断装置で都合よく使われていたことが判明しますが、そこまでずっと行動を共にしてきた親近感はなかなか拭えず、詫びながら死にゆくビリーには思わず涙ですよ。

原題が『Hardcore Henry』であることは重要で、サイボーグ化した兵士はヘンリーだけではないわけです。機械の体と偽の記憶に翻弄されながらも自身のアイデンティティを勝ち取っていく姿は『ロボコップ』を彷彿とさせ、同じような他のサイバー兵士たちと戦う姿は『ユニバーサル・ソルジャー』を思い出させます。その根底には父親のティム・ロスが言う「自分で選べ」という言葉のフラッシュバックがあります。つまりこれは自分が自分であることを証明する物語なんですね。だから銃を撃ちまくってのオーケーサインや、アドレナリン打っての「Don't Stop Me Now」には「俺こそがヘンリー!」という意思が感じられてアガりまくります。

多くの自分を操っていたビリーも最後はオリジナルの自分として息を引き取るし、超能力者(この設定がブッ飛んでてスゴい)である黒幕のエイカンは、その自己を司る頭部を真っ二つに切り離してブチ殺すんですね。そしてエステルさえも叩き落とし、自分を取り戻すヘンリー。一人称視点は革命的な映像というだけでなく、自分の見ている世界を自分のものとする視点でもあったわけです。

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