2017
04.10

襲いくる寒き日々の先へ。『3月のライオン 前編』感想。

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2017年 日本 / 監督:大友啓史

あらすじ
あかりさんに拾われたい。



小さい頃から将棋を指し中学生でプロ棋士となった桐山零。幼い頃に家族を事故で亡くし、父の友人である棋士・幸田の家で育った零だったが、高校生になった今はそこを出て一人暮らしをしていた。そんな折にたまたま知り合った川本三姉妹との交流で、孤独な零は居場所を見つけていく……。羽海野チカの同名コミックを2部作で実写映画化、その前編。

プロ棋士でもある高校生(一年遅れ)の桐山零と、彼が関わる人々との物語です。原作は未読ですがアニメ版を一通り観ての鑑賞。これが思った以上に良かったです。史上5人目となる中学生でプロ棋士となった零ですが、なかなかランクが上がらずC級で燻る日々。幼くして両親と妹を失った過去、幸田家での複雑な関係、人と接するのが苦手な性格などが重なり、出口の見えない日々を過ごしていくなか、それでも将棋の世界で生きようとする少年の苦悩と葛藤、そんな零を取り巻く人々が描かれます。

過去シーンの挿入の仕方や最小限に抑えたモノローグなど、アニメ版とはまた異なる演出は思いの外バランスが良く、大事なシーンも大体取り込まれており、アニメ版1期分を丸ごと取り込んでるだけにちょっと長さは感じるものの、それでもよくここまでまとめたなという編集の妙が素晴らしい。対局シーンの緊迫感も予想以上に上手く描かれているし、川に面した下町の風景や、音楽の使いどころなども良いです。

コミック原作であればどうしても気になるキャラのイメージですが、これが全く違和感がなく、しかも浮いてないというのが素晴らしいです(あくまでアニメ版と比較しての印象ですが)。この人しか考えられないという零役の神木隆之介くんは言うことなし。島田八段役の佐々木蔵之介はハマり役すぎてて震えます。後藤九段役で伊藤英明が将棋指しというのはちょっと面白いですがそのギャップが良いし、零のライバルにして自称親友の二海堂役を染谷将太が別人にも程がある特殊メイク姿で演じているのも凄い。ミスキャストかと思ってた有村架純も実際観たら全然悪くなかったですよ。あと川本家の三姉妹は見てるだけで幸せで泣けます。ああ、あかりさんの手料理食べたい。

ひたすら孤独な少年が棋士という勝ち負けの世界で生きるなか、悩んで傷付いてそれでも受け入れてくれる人もいて、その積み重ねがしっかり描かれているので、桐山の感情の機微もごく自然に伝わります。ドラマ演出だけ見れば同じ大友啓史監督の『るろうに剣心』シリーズより断然良いです。原作の世界観を損ねず実写化して、しっかり面白い。あと料理が美味そうすぎます。

↓以下、ネタバレ含む。








神木くんは神経質な役からサイコパスまで何を演じてもイイですが、今回はもうビジュアルからして文句なし、かつナイーブで鬱屈した演技がとても良いです。他の棋士たちもそれぞれの個性が良く出ていますね。染谷将太は最初は自肉なのかと思ったくらい、喋り方から息の荒さまで完全にデブです。二海堂はもうちょいふくふくしたイメージですが、それでもあの眼力はさすが。同じように松山ケンイチが棋士役でデブった『聖の青春』を現時点で観ておらず比較できないのが残念。島田さんの佐々木蔵之介は物静かな佇まいと対局時の気迫が素晴らしいし、胃が痛そうだし、だんだん薄毛に見えてくるしで最高。伊藤英明は将棋差しに見えないんじゃないかと危惧してましたが、まあ実際見えないんですが、そもそも原作の後藤もそういう風貌なので問題なし。宗谷名人を演じる加瀬亮は、原作に寄せて白髪にしなかったのはむしろ良かったです。それでも現実離れした雰囲気がイイ。甲本雅裕の安井は原作以上に荒っぽかったですが、中村倫也のスミスさんは軽い感じが最高でしたよ。

零が中学まで暮らしていた幸田家では、有村架純は「罵られてもその声を聞いていたい」と思わせるという点で杏子役に結構合ってたし(個人の嗜好を含みます)、幸田役が豊川悦司というのもいい塩梅。一方で川本家は、あかりさんが倉科カナという時点で最高です。最高です(泣きながら)。清原果耶のひなちゃんも可愛いです。ももちゃんも可愛いです(『君の名は。』の新海誠監督の娘さんだそうな)。出てくるだけで幸せ気分になれる三姉妹は実に再現度が高い。ついでに猫もちゃんといる!川本家は、同じように血の繋がりのない他人の家族でありながら、零が奪ってしまった幸田家とは逆に、零に与えてくれる存在である、という点で対比が効いています。また高校で孤立する零に何かにつけて構ってくる林田先生が、一般の社会の大人代表として零と接することになります。先生役の高橋一生はもうちょいハジけてもよかったかな?ちょうどいいですかね。桐山が対局に勝ったのを見て頭かきむしろうとする仕草が『シン・ゴジラ』を彷彿とさせます。

演出で印象深いのは、原作で多用されるモノローグが対局中の心情や過去の理由などどうしても必要な箇所以外は極力抑えられていることです。その分映像と役者の演技で描いているのはとても映画的。一部その弊害というべきか、川本三姉妹の叔母についての説明がないため誰?となったり、あかりさんが夜はホステスやってるとか零が島田の研究会に入るくだりなどがやや唐突だったりと、原作を知らないとちょっと乱暴なところはありますが、説明過多になるよりはいいですかね。そもそも将棋のルールや対局の慣例みたいなものは全く説明がないですが、知らなくても何となく理解できるし、調べればすぐわかることなので問題ないです(封じ手ってなに?とか)。あと大友演出で気になっていた人物がやたら叫ぶ、というのも抑えめですかね。それだけに零が唯一叫ぶ「将棋しかねえんだよ」のシーンは響きます(テレビの二海堂に対しても叫ぶけどあれはツッコミですね)。

また、島田と後藤の対局はアップの切り返しが多いにも関わらず苦にならない、それどころか緊迫感がスゴいのにはちょっと驚きました。役者の表情で勝負の行方を表すという思い切りが上手く作用してます(おやつタイムまで睨み合い!には笑いましたが)。一方で島田と宗谷の対局は、逆に宗谷の表情はほとんど変わらず、名人の得体の知れない強さがよく出ています。そして島田も後藤も気付かなかった一手を宗谷と零だけが気付くというのが衝撃であり、そのたった一手で世界が変わるというのを、対局後の島田の顔にまざまざと映し出すんですね。ここまで多くのものを積み上げ、地元の期待を背負いながら、それでも気付けなかった一手。将棋とは自分で負けを認める勝負だ、というのが痛いほど伝わるシーンです。新人戦で零と戦う山崎(後藤よりよっぽどヤクザ顔ですが)もまた、必死でやってきた自分に対し負けを認めるわけで、最後の「あ、負けました」という、なんなら軽く聞こえる言い方が余計にリアルです。

主人公が高校生でありながら本作が部活や趣味を描く青春ものと一線を画すのは、零が社会人でもあるということです。通常の学園ものに比べ、そこには「生きる」という要素がより色濃く立ち上がってきます。それでも零がまだ高校生であるということが、少年と成人の狭間で揺れ動く若者の姿として訴えてくるんですね。川辺のマンションで一人きりで暮らし、高校でも常にひとり飯、そんな零が幸田や杏子との関係に悩みながら、川本家三姉妹や二海堂や林田先生のように関わってくれる者とも出会っていきます。冬のような厳しさが続いた零の人生は徐々に変化を見せ、たとえ春はまだ先だとしても、一人の人間として少しずつ成長していくんですね。と同時に、様々な相手との対局を通して、勝負への執念、すがり付く妄念、追い求める情念といったものも身をもって味わっていきます。そんな世界で彼がその先に見るものは、果たしてどういう景色なのか。後編も楽しみです。

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