2017
03.20

抜け出せない地獄の業火。『アシュラ』感想。

Asura
Asura: The City of Madness / 2016年 韓国 / 監督:キム・ソンス

あらすじ
バリバリ食べよう。



私利私欲に凝り固まった市長のパク・ソンベ。その悪事の後始末を金で請け負う刑事のハン・ドギョンは、彼の弱みを握る検事に市長の犯罪の証拠を手に入れるよう脅迫される。やがて検察と市長との血で血を洗う抗争にドギョンは否応なしに巻き込まれていく……。韓国発のクライム・サスペンス。

架空の都市アンナム市、その市長パク・ソンベは、訴えられてもその証人を脅して裁判に出させないなど、己の利益のためには手段を選ばない悪党。その悪事を金で請け負う汚職刑事のドギョンが主人公です。ドギョンは刑事という立場と暴力で荒事をこなすものの、検察に目を付けられ市長の弱味を握るよう脅されます。極悪市長と極悪検事の板挟みとなる悪徳刑事が、やがて追い詰められて見る地獄、そこに多くの者が巻き込まれていく、というのが壮絶。出てくるのは悪人ばかり、現場は血だらけ死体だらけ、暴力・権力・資金力と揃ったら法の力なんてクソの役にもたたず、逆らったら待つのは死。この徹底して逃げ道を断たれて救いのなさが充満していくのが、いっそ潔く感じられてさえきます。

主人公の悪徳刑事ドギョン役は『神の一手』のチョン・ウソン。整った美丈夫な顔は常に血まみれですが、修羅道へと堕ちていく、と言うか叩き落される姿にはそれでも色っぽさがあります。パク・ソンベ市長役は『新しき世界』『ベテラン』のファン・ジョンミンで、にこやかで親しみのある表情が本作では逆に怖く、あらゆる言動がえげつなくて嫌ぁな気分にさせてくれるのがスゴい。また市長と対極にいるのに同じようにえげつないキム・チャイン検事、演じるクァク・ドウォンの目が据わった感じがまた、関わりたくない度が高レベル。ドギョンの弟分ソンミ役チュ・ジフンの前半と後半でがらりと変わる雰囲気も良いです。

アクションというより暴力描写と言うべき泥臭さがまた地獄風味が強くて、立場とか矜持とか根こそぎ持ってかれる描写が満載。また中盤のカーチェイスの、2台の車の中から外へ自由に抜けていく「どうやって撮ったんだ!?」というカメラワークには度肝を抜かれると共にテンションが上がります。もうラストの展開は怒涛と言うほかなく、その容赦のなさが重さを突き抜けて逆に重くない、という不思議な感覚さえ味わわせてくれる。最高の韓国ノワールです。

↓以下、ネタバレ含む。








■止められない歯車

ドギョンは冒頭のモノローグで「勝つほうにつくだけだ」と言うように、頭を張って悪事にいそしむわけではなくあくまで手足でしかないんですね。最初は恐らく末期がんである妻の治療費のために始めたのであろう悪事が、いつの間にかそれが当たり前となり、遂には刑事を辞めて市長の下で働くことにまでなっています。序盤の"棒きれ"に対する高圧的な態度なども「本当はやりたくないんだけど」みたいな仕方なしという感じではなく、誰が上かを分からせるため徹底して痛めつけます。弟分のソンミが自分より市長に可愛がられ始めると、嫉妬心丸出しでダメ出しをして「ウゼえ」とか言われたりもする。かつては理想もあったとか、実はイイ人なんだ、みたいにしないのが特徴ですね。

また一度手を染めたら抜け出すことは出来ない、という「悪の道の不可逆さ」を描くのも本作の特徴です。ドギョンも所詮は番犬であり、その上には強大な権力を持つ市長がいて、側近の室長がいて、総会屋めいた市長の兄貴までいる。さらには国家権力を持ち、己の功名のためにこれまた手段を選ばないキム検事にも利用される。市長の兄貴について市長に提言すれば何様だと怒られ、検事の要求をはねのけようとするとその度に脅迫の材料がランクアップしていく。ドギョンがいるのは悪のピラミッドの下層であり、そこからはもう既に抜け出せなくなっている、というのがえげつないのです。罵られながらもドギョンを慕っていたソンミが権力者のほうになついてしまうのも、いいスーツといい車のせいだけではなく、もう抜けられないからやるしかなかったのだ、ということが終盤の台詞からも分かります。それはひょっとしたら妄執であり、道はあるのかもしれない。でもそこには『悪の法則』にも通じる「止められない歯車」感があります。


■崩れないピラミッド

そしてピラミッドの最上層に位置するパク・ソンベ市長はトップだけあってやはり凄いわけですよ。パフォーマーとしての力技。にこやかに、直接的な言葉にはせず、そして目は笑ってない。善悪の区別などないし、行動原理は「金を欲しがらない奴がいるか」という台詞で十分ですね。指パッチンして「グッド」って言うの、ムカつくんだけど「あー納得してくれた」みたいに安心しかねないところに恐ろしいパワハラ感があります。キレたらフルチンでも構わず詰めてくるとかね、イヤですねフルチンで怒られたら。必死でパンツはかせようとする室長が忍びないです。

一方のキム検事がまた容赦がなくて、妻への電話、女との盗撮、班長を突き落とした映像など、何重にも脅迫材料を用意してるのが周到で、真綿で首を絞めるようにじわじわ攻めてきます。それでもダメなら暴力、というのがもう法を遵守する者とは思えない傍若無人っぷり。別に正義のためではなく功績を上げようとしているだけなのは上司との対話でも感じられるし、権力と暴力を使うという点で実は検事も市長と大差ないんですね。違いは金の力か法の力か、というくらいです。ドギョンを検察課長に殴らせながら「やりすぎだよ」みたいにしれっと言うのがこれまたムカつきます。

だから終盤はてっきり「飼い犬が手を噛む逆転劇」になるのかと思いきや、追い詰められたドギョンの取った手は「もう耐えられない!」と言って二大巨頭を引きずり出して直接対峙させ、「説得してくださいよ市長ー」と煽るというもの。結局下っ端に何かデカいことができるわけじゃあない、というのが世知辛くも妥当なところなんですよ。それでもこれはピラミッド下層ならではの奥の手だし、コップをバリバリ食べるくらい追い詰められた結果なので、あとは行方を見守るしかないわけです。で、その行方がこれ以上ない最悪の事態になるというのがまた容赦ないです。


■救われない魂

終盤の葬儀場での一大修羅場、最初に不法入国者軍団が手斧を持ってやってくる時点で最悪の予感しかしないし、案の定それをドバドバ振るって血の海です。バイオレンスシーンはこの手斧を何度も振るうような「繰り返す動作」が多いですね。序盤でドギョンが"棒きれ"を何回も殴るとか、キム検事がドギョンの頭を何度も書類でペシペシするとか、検察の課長がドギョンの顔に布を被せて何度も殴って血がジワリと滲むとか、繰り返しのいやらしさが実に効果的。

そしてそんな血の海の中、形だけでも保たれていたはずの「正義」があっという間に崩れ去る瞬間。これが壮絶にして最も救いのない瞬間です。しかもその後キム検事は言われるがままに同僚を殺そうとさえします。ピッチリと撫でつけていた髪が乱れまくっている姿が、折れた心をそのまま象徴するかのよう。殺されそうになる女性検事は孤立するドギョンに気遣いを見せる唯一の人なのでさらにやるせない(でも「一番嫌いなタイプ」って本人に言ってたけど)。

血の海の中で法の力さえも挫けたことを知ったドギョンが最後にできることは、全てを道連れにすることだけです。妻が生き延びる可能性も低く、可愛がっていたソンミも死に、もはやこの地獄も死後の地獄も違いはなかったことでしょう。ソンミに言われた、そしてかつて自分が言った「ケツでもなめてろ」の言葉と共に最後に放つ銃弾で、妄執で苦しむ争いの世界=阿修羅道は幕を閉じます。煉獄のなか「こうなることはわかっていた」というドギョンのモノローグに、果たして地獄はいつから始まっていたのか、と震えるのです。

スポンサーサイト
トラックバックURL
http://cinemaisland.blog77.fc2.com/tb.php/1201-f21d93bd
トラックバック
back-to-top