2017
02.26

愚かさと賢さの揺らぎ。『愚行録』感想。

gukouroku
2016年 日本 / 監督:石川慶

あらすじ
お兄ちゃん頑張る。



サラリーマン一家が殺害された事件から一年、いまだ犯人が見つからないその事件を追う週刊誌記者の田中。関係者への取材を続けるうちに、被害者夫婦や周囲の人々の思いがけない実像が明らかになっていく。やがて浮かび上がる事件の真相とは……。第135回直木賞候補にもなった貫井徳郎の同名小説を映画化したミステリー。

エリートの夫と美人の妻、可愛い一人娘という絵に描いたように幸せそうな田向家を襲った一家惨殺事件。物語はこの事件を追う田中を軸に語られます。ただ田中が取材するのは事件の関係者というより、会社の同僚や大学の同期といった被害者を知る者たちで、彼らの語る過去は被害者夫妻の人間性、引いてはそれを語る者の人間性をも浮かび上がらせていきます。これがもう、あらゆるイヤミス要素をブチ込んで描く、まさに愚かさの記録。一方で田中もまた妹の光子が育児放棄の疑いで逮捕されており、そこにも闇があるんですね。描かれるはずの事件の真相から少し位相がズレていく不穏さは、『怒り』に近いものがありますが、このイヤーな話が不意に見せる意外な展開に固唾を飲むことになります。

聞き手である田中役は妻夫木聡。伏し目がちな表情、光のない死んだ目、激昂せず、でも腹の内に常に憎しみを抱えるような演技が素晴らしいです。田中の妹、光子役は満島ひかりですが、この人はね、もう怖いです。普通に笑って話してるのに狂気が滲み出る感じ、怖い(ホメてます)。殺害された夫の田向役である小出恵介の自信に溢れたニヤケ顔、妻の友希恵役の松本若菜が見せる笑顔の裏の計算高さを始め、眞島秀和、臼田あさ美、市川由衣ら他のキャストも、最初の印象とその後に見せる本性のギャップが実に役柄にマッチしていて良かったです。

一年経つ事件の取材から始まるのでなかなか核心に近付かないなー、と油断しているところに一気に拡がる衝撃。人間の嫌な面をこれでもかと見せつけることで、救われない者たちのすがるような思いが浮かび上がってくる構成の容赦なさにも戦慄します。何より、冒頭のバスのシーンからして最高な、映画としての見せ方の面白さ。石川慶監督はこれが長編デビュー作とのことですが、重厚感のある演出が実に巧み。ミステリーとしての醍醐味も凄いです。

↓以下、ネタバレ含む。








とにかく色んな人物が他者を否定し、自分がいかに正しいかというのを主張していきます。女子社員を弄ぶゲス話を武勇伝のように語り、その共謀者である田向を「なんであんないい奴が」と言って泣く田向の同僚の渡辺。外部生でありながら内部生の一員となった友希恵に羨望を感じているのに、決してそれを認めず「あの人もねー」みたいな語り方をする淳子。田向に利用されていたと知りながら「あの人は殺されるような人じゃない」と語り、赤子を見て「似てきましたよね」と怖いことをサラッと言う恵美。皆が悪いのは自分ではないというスタンスで語り、誰かに元凶をなすり付けていく愚かさ。冒頭で田中に「席譲れ」という親父の行動からして、自分が正しいと思い込む人の愚行を端的に象徴しているんですね。

そんな人々の言い分を聞く田中が垣間見せる表情は、憎しみに満ち満ちています。バスの親父への体を張った見事な当て付け、自分の名刺にジョッキを置く渡辺への視線、酒場で騒ぐ若者たちの調子こいた嬌声への苛立ち、淳子のスタッフへの嫌味な注意の苦々しさ、「格差社会でなく階級社会なのよ」と田向の言葉を平気で引用する恵美のおかしさ。「この世には悪魔のような人間がいる」と語る田中にとって、自身の正当性を前面に出し、今の自分が幸せであると主張する者たちの薄っぺらさには殺意さえ湧くことでしょう。

本作の衝撃の一つ目は田中の突然の凶行ですが、しかしこれは淳子への苛立ちのためではなく、淳子が光子のことを思い出したからなんですね。ガラスの向こうで滅多打ちにする姿に震えます。そして二つ目が光子の真相語りで、実は誰もいないところで淡々と語っていた、というのには心が凍ります。満島ひかりのどこかタガの外れた表情で「プチッて音がした」とか「夏原さんの使ってる包丁だからよい包丁に決まってる」と言う台詞にこれまた震えます。それらが三つめの光子の子供の秘密に繋がり、それを明かす田中の母親の空虚さがまた愚かを通り越していて震えます。

それらの震えをさらに強くする演出の数々。横たわる光子に群がる無数の手の理由。淳子を殺した後、冷静に彼女の元カレの吸殻を残す田中。自身の野望のために「今できることを何でもやる」と言っていた田向の台詞を、大学で新たな希望に胸膨らませる光子も言っていたという皮肉な偶然。いや強烈です。ちなみに夏原さんに取り入ろうと頑張って全く相手にされなかったのに、淳子も光子も目の前で夏原さんに誘われたあの女子が実は犯人なのでは、とちょっと思ったんですが、これがミステリー好きがいかにも引っかかりそうなミスリードなんだとしたら凄いな(引っかかった)。

嫉妬、孤立、偽善、弄び、レイプ、近親相姦、言葉で語る殺人描写、子供の死、親からの拒絶。ほぼ嫌な要素しかない話ですが、多くの愚行が見せられるほど、他に寄る辺のない田中と光子にとってお互いがどれだけかけがいのない存在であるかも浮かび上がってきます。それはもはや倫理という次元の話ではなく、二人が正気を保つための愛情であるのかもしれません。それでも子供の死を聞いて笑った後にため息をつく光子には、二人の関係は許されないものだという意識があったのでしょうか。そして田中が田向事件を追うのは、ひょっとして光子を思い出す人物を探して消すためなのでしょうか。冒頭でバスの席を譲らされた田中が、ラストでは自ら妊婦に席を譲る姿に、何が愚かで何が賢いのか、何が悪くて何が正しいのか、そんな境界が曖昧になる錯覚を覚えるのです。

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