2017
02.09

死に場所は自分で選べ。『マグニフィセント・セブン』感想(その1)。

Magnificent_Seven_01
The Magnificent Seven / 2016年 アメリカ / 監督:アントワン・フークア

あらすじ
まだイケる。



西部開拓時代、金鉱を牛耳るボーグにより支配されるローズ・クリークの町民たちは、町を取り戻すため賞金稼ぎのサム・チザムを始めとする七人の男たちを雇う。圧倒的戦力差を前にチザムたちは戦いに臨むが……。『荒野の七人』を原案とした、アントワン・フークア監督、デンゼル・ワシントン主演の西部劇。

黒澤明『七人の侍』を西部劇としてリメイクした『荒野の七人』、それらを元にした新たな「七人の物語」の誕生です。ローズ・クリークの町で、住民を追い出して土地を奪おうとする悪逆の経営者バーソロミュー・ボーグ。町の女性の一人エマは、ボーグを止めるために近隣を巡って戦ってくれる者を探します。そうして集まったのが、一癖あるが腕は立つ七人のアウトローたち。いやこれはもうとにかく「カッコいい!」「面白い!」に特化した西部劇ですよ。そのくせ各人物の背景や言動の深読みができる余白もある、という塩梅がまた実に良いです。

銃撃戦が迫力あるのはもちろんのこと、絵になるショットも山のようにあるし、勧善懲悪のドラマに多少の捻りを加えたのも味わい深い。人種や性別の配し方に現代への皮肉を織り混ぜつつ、それがバラエティの豊かさにも繋がるという的確なアップデート。ここが人生の頂点だと決めた男たちが、大軍相手に知恵と勇気と男気で立ち向かう。こんなの激熱に決まってるじゃないですか!最高です。

リーダーのサム・チザム役は『イコライザー』に続きフークア監督と組むデンゼル・ワシントン。調子のいいファラデー役は『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のクリス・プラット。狙撃の王様グッドナイト・ロビショー役は『トレーニング デイ』でもデンゼルと共演した『6才のボクが、大人になるまで。』のイーサン・ホーク。ナイフ使いビリー・ロックス役は、今回は脱ぎません、『RED リターンズ』のイ・ビョンホン。人間の皮を着たクマさんことジャック・ホーン役は『ジュラシック・ワールド』でもクリプラと共演のヴィンセント・ドノフリオ、とそうそうたるメンバー。メキシコの雄バスケス役のマヌエル・ガルシア・ルルフォ、インディアンのレッドハーベスト(劇中では「赤い狩人」としか出ませんが)役のマーティン・センズメアーもいいぞ。

七人だけでなく、彼らを雇う女性エマ・カレン役である『ガール・オン・ザ・トレイン』のヘイリー・ベネットも最高。悲嘆に暮れる表情から凛として立ち向かう姿まで実に魅力的。セクシーかつ勇気ある女性としてリメイク元にはない要素を加えます。彼女のお陰でラストも締まる。ナイスだ!ナイスおっぱいだ!そして悪役のボーグ役である『ラヴレース』『ブラック・スキャンダル』のピーター・サースガードがまた見事な憎々しさで、倒すべき相手としての存在感があります。

メインの七人それぞれの役作りがとても良く、細かく語らずとも人物が立ってきます。そしてそれを際立たせる演出。七人全員が見せ場に満ちているのが素晴らしい。小汚さはちょっと足りないものの、衣装や小道具、使用する銃に至るまでこだわりが伺えるし、前半のわりとゆったりめのテンポも、むしろ急かされず最終決戦へ挑んでいく道のり、という感じで良いのです。マカロニ・ウェスタンらしさを引き継ぎつつ出過ぎない程度に現代的なアプローチも行い、台詞や音楽にオリジナルへの敬意も示し、王道でありながら古さを感じさせない。『荒野の七人』を知らなくても全く問題ありません。久々に西部劇熱を呼び覚ましてくれる、大好きな一本となりました。

↓以下、ネタバレ含む。








■マグニフィセントな演出

ローズ・クリークの町を移動して視点が上がって教会の尖塔に辿り着いたところで町民たちの議論場面になり、そこからボーグによる一連の虐殺で農民たちの無力さを描き、そして夫を殺されたエマの泣き顔、教会の鐘が落ちてタイトル。ここでもう泣きそう。ゆったり動くカメラの心地良さがフークアっぽいです。本作ではアップが多いですが、アップの大きさもシーンによって変えていて、単なる大写しじゃないのがニクい。男たちのアップを捉えることで、その微妙な表情の機微、情感のこもった目を見せ、語られない人生までをそこに滲ませる。この顔面力がたまりません。

また、ちゃんと七人が並ぶシーンも立ち姿、騎乗姿、前面、背面と取り揃えていてこれがカッコいい。なによりチーム感が増します。個々のエピソードは少なめですが、個と個の絡みを多く入れることで組合せによるキャラ立ちを見せるし、その組み合わせの連なりがアウトローの集まりでありながらチーム感も感じさせるという疎結合になっています。また七人が食事時に交わす軽口や、作戦を練るときの会話も効果的。作戦会議で「狙い撃て」と言われたグッドナイトや「私も戦う」と言うエマの次にファラデーを映したりすることでも繋がっていきますね。

もちろんアクションシーンもイイ。銃撃戦自体のスリルもさることながら、その直前に銃に手をかけて対峙するときの緊張感をじっくり映すのもお約束ながらたまりません。ビリーのナイフ投げやレッドハーベストの放つ矢をカット割らずに縦方向に撮るというのがダイナミック。銃をくるくる回してホルスターにしまうガンスピンも各人でバリエーションがあります。そしてアクションの中で人物の心情やドラマをも描くことで、より戦いがエモーショナルになっています。

西部劇らしさという点では背景の描写も抜かりなく、これまたお約束の床屋、葬儀屋、娼館、馬屋で蹄鉄を付けるなどが映されます。特に教会に関しては、事件の始まりと終わりの場所であり、落ちた鐘を決戦前に再び吊るして士気を上げ、グッドナイトとビリーが再会し、ファラデーへの援護の拠点となるなど、様々な使われ方が印象的です。


■マグニフィセントな人物配置

キャラクター構成は黒人、アイリッシュ、メキシカン、ケイジャン、アジア人、インディアン、熊(?)、と様々な人種を配して、白人の軍団と戦うというのがある種差別への抵抗を思わせますが、でもそこは深くは掘り下げずに抑えることで重くなりすぎないようなバランスにとどめていますね。最後に生き残るのがアメリカでの差別の歴史を持つ人種であるという見方もできますが、そこは観る者の裁量に任せる感じですかね。

七人への依頼者を女性にしたというのも特徴的です。今なら七人もいればその中に一人くらい女性を入れそうなものですが、あくまでメインで戦うのは男たち。それは男女差別ではなく、女は男が守るという古臭くも紳士的なスタンスだと思うのです。一方で自ら町を代表して助っ人を探すのが女性であるエマであり、それに付き従うのが男性であるテディQ、というのが現代的でもあり、ファラデーに「戦うならズボンをはけ」と言われてもスカートのまま、というところに、女性は女性として立ち上がるのだという意思を見ることができます。

また、過去が明確に語られないというのもあります。グッドナイトやジャックについての伝説的な逸話は出てきますが、、回想シーンなどは一切なく、過去の真実を語るのは唯一チザムのみ。それでもわずかに話に出る断片、例えばグッディの「戦争は終わってない」、ジャックの「かつては妻も子もいた」、テキサス兵を殺したと言われたバスケスの「自業自得だ」といった台詞からその過去への想像が広がり、脳内で補完してしまいます。思い浮かべた過去の情景はきっと人によって微妙に異なるでしょう。それがまた人物に幅を持たせるのです。


■マグニフィセントな深読み点

仲間選びのポイントが不明瞭、というのは難点に感じられるかもしれません。インディアンなんてたまたま通りかかっただけだし。でもこれは全てチザムの判断であり、彼の知るその人の過去の活躍や、彼がその人物の佇まいから力量を図った結果だと見るべきでしょう。名人は名人を知る、です(あるいは悟空の「おめえ、強えな?」みたいな)。ただ、なぜ七人で良しとしたか、というのはあってもよかったですかね。また「なぜ彼らは戦うのか」という理由もチザム以外は明確に語られず、そこがちょっと弱いようにも見えますが、彼らの過去を何となくでも想像できれば理由は見えてくると思うんですよ。本当は正しいことをしたい、自分の道を探したい、相棒を守りたいなど様々でしょうが、「死ぬかもしれない」という戦いに意味を見出すだけの過去と思いがあるということなのです。

個人的に最も引っかかったのは、ラストバトルでの建物間の位置関係や、誰がどこの建物にいるのかが把握しにくいことですかね。どれだけ離れててどれだけ攻め込まれているのかが分からず、ちょっとやきもきします。あとはジャックが後を追ってきて合流するのがあっさりすぎて、それなら最初に会った場所で仲間入りしてもよかった。サクラメントのボーグと交互に映るチザムが、闇の中で何を見つめているのかがよく分からない(何かの建物?)というのも気になりました。


■マグニフィセントな七人

ブラックストーン警備会社との戦いも壮絶な一大ラストバトルも見せ場と工夫の連続で、カッコいい&面白いの醍醐味が存分に味わえます。悪魔の銃ことガトリングが敵方にあるという絶望感もスゴい。あんな長距離を撃てるもんなんですね。そうして倒れていく仲間たちに悲しみが止まりません。

チザムに戦う私的な理由があるのは何となく示されてきましたが、最後にチザムはその私怨に我を忘れてボーグをいたぶり、結果撃たれそうになります。そんな彼を救うのが、戦いの目的にまず「正義」を唱えたエマであり、彼女が一撃で終わらせたことでチザムは魂を呪われずに済んだと言えるでしょう。エマは牧師が「銃を持ち込むな」と言った教会で、扉を入ったギリギリからボーグを撃ちます。そこは「正義」と「復讐」の際どい境界線であったかもしれません。

我に返ったチザムは、エマの固く握る手からゆっくり銃を引き離し、言葉なく外に出ます。仲間の姿を探す表情にうっすら浮かぶ悔恨。そして生き残った三人は町を後にします。町に留まる、という選択肢はアウトローの彼らにはありません。一体彼らが命を賭してまで得たものは何だったのか。思えば金のことは誰も口にしていませんでした。しかし一つの町を救いその町の人々に希望を灯した彼らは、「私は歴史に残る」と言ったボーグに成り代わり、「崇高なるもの」として人々の記憶に残るのです。

 ※

ああ、もっと細かいキャラ萌えの話もしたい!ということで続きを書きました。
最高な点をひたすら上げていこう。『マグニフィセント・セブン』感想(その2)。

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