2016
12.14

美しく荒々しき進化の過程。『エヴォリューション』感想。

Evolution
Evolution / 2015年 フランス / 監督:ルシール・アザリロビック

あらすじ
ヒトデはちょっと怖い。



10歳の少年ニコラが母親と暮らすのは、少年と女性しか住んでいない島。そこでは少年たちがある医療行為の対象となっていた。そんな生活に違和感を覚えたニコラは、夜遅く外出する母親の後をつけてみるのだが……。特異な設定と美しい映像が織り成す異色ドラマ。

その島にいるのは成人女性と少年だけ。少年の一人ニコラは海で遊び、母親に出される食事を食べ、時には病院らしきところに連れていかれてよく分からない治療めいたことをされます。一見美しい風景の中での謎めいた生活、実はそこにはある秘密があるのですが、これが衝撃的です。層を成す美しさの海中、生活の感じられない家々、不気味さを湛えた夕焼け、といった幻想的な映像と、そこで生きる人物たちの生々しさ。やがて映し出される出来事は官能的で背徳的ながら、性差を超越し自然の摂理さえねじ曲げ、不穏さを織り成します。静謐なのに息苦しい、そんな印象。

非常に観念的な作品なので合う人と合わない人がいるだろうなとは思います。ただ役者陣はなかなか味があってですね、特にニコラ役のマックス・ブラバンくんがカワイらしくも凛々しかったりします。その細っこい体に感じる不安感というのがまた危うさを醸し出してますね。またステラ役のロクサーヌ・デュラン、ニコラの母役のジュリー=マリー・パルマンティエが共に独特な顔立ちで印象深いです。

廃墟とも言い切れない独特なロケーションや、ヒトデの赤やスープの深緑といった色彩、画一的な衣装など、視覚に訴えるディストピア感がSF映画のそれとは異なるビジュアルで広がります。絵画のように印象的なシーンも多いですね。悪夢のような光景を見た少年が、喜びも悲しみもない死生観の果てに辿り着くのは果たして楽園なのか。「進化」というタイトルに込められたのはうすら寒さなのか。しかし一見ホラーのようでありながら、そこには生命にかかわるミステリーが感じられるのです。

ちなみに併映として同監督の短編『ネクター』も観ましたが、こちらは女性ばかりの園で女王蜂と働き蜂を模した女たちが出てきます。女王の蜜を集める働き蜂はやけに性的なことをしてるのに機械的でもあります。やがて女王蜂は外の世界を知り、男を知ることで世界が死に絶える……。こちらも本作に通じるテイストがあります。

↓以下、ネタバレ含む。








石作りのような味気ない建物、表情の乏しい人々と、街も人もやけに無機質です。感情の起伏もあまり見られない。ニコラ少年は冒頭で死体を見たと騒ぎ立ててますが、結局は見つからないとなって周囲の無反応に押し流されます。また緑色のヤバそうな食事や、日々飲まされる謎の薬という不可解な繰り返しが、飼い慣らされている感を与えてきます。変化のない生活、希薄な人間的感情、それらは生と死の概念の欠如まで感じさせてきます。しかしその裏では、生も死も確実に存在しているのです。夜に家を抜け出したニコラが見た、裸の女たちが蠢く海岸。海から上がった女が抱える、布にくるまれた子供の死体。そして少年たちの腹から取り出される赤子。静かに、歪んだ形で、それらはあります。

ニコラだけがその歪んだ世界に気付き、抗おうとします。ヒトデを怖がる臆病さを持ちながら、そのヒトデの足を石で叩き潰す。ヒトデの赤、瞳に映る赤、鼻血の赤と、赤が多く使われるのは、ニコラの血潮を感じさせるためかもしれません。また、ニコラが見たことのないはずの動物や車、観覧車を絵に描くのも、こことは違う世界へ旅立つ存在だからなのかも。ニコラの瞳の光がヒトデ型になるショットには、得体の知れない恐怖の象徴としてのヒトデが彼を縛っているという現状を感じます。

女たちに共通して見られる背中のタコのような吸盤もまた、「ここにくっついて離れられない」という現状への縛りなのかもしれません。そんななかでニコラの描く「ここではないどこか」の絵に唯一興味を示すのが看護師のステラです。ニコラを一度海に引きずり込んで殺そうとしながら、蘇生させて涙を流すステラは、この世界から逃れようとするもう一人の人物のように見えます。しかしそれだと、ニコラをボートで連れ出しながら自分は海に消えるステラの行動が理解できません。女性は島から離れては生きられない、といったルールでもあるのでしょうか?そして成人男性が全く出てこないこと、また女性ではなく少年に子供を産ませることから、これは男根否定の話なのかとも思いそうになります。しかしそれでは生き延びるニコラが主人公である理由が分かりません。

ちょっと飛躍した解釈をしてみましょう。何度も出てくる「海」について考えてみると、海では子供が死んだり、一方でニコラは救われたりします。これを死産、誕生と考えるなら、海は羊水であり、島は女性そのもの。そう考えると、夜の浜辺で蠢く女たちは細胞分裂する受精卵にも思えてきます。であれば少年たちは精子の象徴であり、少年が子供を産むのは受精のきっかけだからかもしれません。水槽に縛られたニコラが腹に抱かされたまだ人の形を成さない赤子は発育中の胎児であり、それは卵子の一部であるステラにも同じようなシーンとして描かれます。またステラがニコラと外の世界を繋いだことを考えると、彼女はへその緒の象徴でもあり、だから羊水である海からは出られないのでしょう。一方のニコラは生まれ出る赤子そのものとなり、ラストに向こうに見える街の明かりは産道の外の世界だと考えられます。

タイトルである「evolution(進化)」は子供を産む少年という新たな生物への進化なのかと最初は思いましたが、思えば卵子と精子という一個の細胞が人間へと変わっていくのは、捉え方によっては十分に「進化」と呼べる過程なのではないでしょうか。生物学的には違うのかもしれませんがそれだけの神秘性があるし、何より生命の誕生にある荒々しさ、美しさは、本作の世界観に似つかわしいです。……とまあ色々考えてはみましたが、観る者に解釈を委ねるような作りの作品なので、様々な見かたができそうですね。

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