2016
12.04

車窓に見える愛と憎。『ガール・オン・ザ・トレイン』感想。

The_Girl_on_the_Train
The Girl on the Train / 2016年 アメリカ / 監督:テイト・テイラー

あらすじ
酒は飲んでも飲まれるな。



毎朝通勤電車の窓から見知らぬ夫婦の姿を見て、別れた夫との日々を思い出すレイチェル。しかしその夫婦の妻がある日姿を消す。警察にも疑われたレイチェルは、その日自分が見たことを必死で思い出そうとするのだが……。世界中でベストセラーとなった同名ミステリー小説の映画化。

アル中となって離婚した女性レイチェルが、日々電車の座席から見る幸せそうな夫婦の姿に「あれこそが理想の夫婦だ」と我が身を苛んだりします。しかもそこはかつて自分が夫と住んでいた家の2軒隣。そんなレイチェルの話が進むのかと思いきや、物語はその夫婦の妻のメガン、そしてレイチェルの元夫と再婚したアナの二人にもフォーカスしていきます。この三人が主軸となり、彼女たちが見せる愛憎の物語が繰り広げられていくんですね。視点は三人の主観を転々とし、さらには現在と過去、記憶と妄想が入り乱れるという若干混乱しそうな構成。しかしこれにより、観る者もレイチェル同様混沌の渦に落ちていくのです。

主人公レイチェル役はエミリー・ブラントですが、『オール・ユー・ニード・イズ・キル』『ボーダーライン』などの強い女性とはうって変わり、やさぐれて真に迫ったアル中っぷりが凄いです。アナ役は『ミッション:インポッシブル ローグ・ネイション』のレベッカ・ファーガソンで、今回はブロンドで登場ですがやはり美しい、好きだ!そしてメガン役のヘイリー・ベネットが予想外にエロくてやられます。「電車に轢かれると服が脱げる」とか何なのその発言、エロい。エロさで言えばメガンの夫役の『ホビット 竜に奪われた王国』『ドラキュラZERO』ルーク・エヴァンス、セラピスト役の『X-ミッション』エドガー・ラミレスなども色気漂う感じなんですが、これが話的にも上手く効いてます。ちなみにレイチェルの元夫・トム役のジャスティン・セローは『トロピック・サンダー 史上最低の作戦』や『アイアンマン2』の脚本家でもあるんですね。

三人の女性たちが知る真実とは何か。レイチェルが見たのは何だったのか。ミステリーとしての真相が途中でわかったとしても、最後まで観れる面白さがある、というのは大きい。欲望と愛情の狭間で揺れながら翻弄されていく三人に、女性の弱さと強さを同時に見せつけられます。

↓以下、ネタバレ含む。








レイチェルは酒はやめたと言いながらいつもこっそりと飲んでいるアル中で、かなりダメな人物として最初は見えます。記憶も定かではなく、自分が何をしたかも覚えてない。だから彼女がメガンを殺した犯人である可能性がなかなか消えないんですね。同時に怪しげな人物もどんどんクローズアップされていき、メガンの夫であるスコット、メガンが通っていたセラピストのカマル医師なども、DVを匂わせる証言やセクシャルな関係性などから怪しくなってくる。実際はこれら全てがミスリードなわけですが、時系列が激しく前後しながら少しずつ真相が明かされていく構成に惑わされてなかなか可能性として捨てきれないんですね。女刑事がレイチェルに「あなたが殺したの?」と言いながらも一度も署に引っ張って尋問などはしないので、きっと警察はレイチェルでないということは分かってるんだろうとは思いますが。あと電車でレイチェルを監視するかのように見ている謎の男はただ単に帰る方向が同じだけで、彼女を見ていたのは酔っ払いを苦々しく思っていただけだったわけです(しかも助けようとして罵声を浴びせられる)。

だから電車で夫の元上司の妻マーサの話で真実を知るシーンは鮮やかで、「そこが違うのか!」と唸ります。既に出ていたメガンのベッドシーンが、相手がスコットでなくトムだったと分かる見せ方に変わるのも面白い。ただそこで犯人である「第三の男」が誰かも予想できちゃうので、下手すると後は蛇足になりかねないところですが、女性たちのバックボーンを絡めて愛憎の行く末を見守る展開になることで興味が持続するのが良いですね。それにしてもトムのクズっぷり、女性関係が酷すぎてクビになるとか、メガンに即座に「堕ろせ」と言ったり躊躇なく殺したりと凄まじい。ジャスティン・セローがそこまでイケメンじゃないというのもある意味ミスリードですね。

序盤にレイチェル、アナ、メガンと三人の女の名前が表示されることからもこれが彼女たちの物語であることが分かりますが、アル中と貞淑な妻と奔放な女、とイメージはバラバラ。また、子供のできなかった女、子供に恵まれた女、子供を死なせた女と、子供に関しては状況が異なるのも違いです。しかしそれぞれが闇の一面を持つというのは共通しているし、強烈に母性を持つ存在であるということも実は一致しています。レイチェルは隣席の女性が連れた赤子に引くほどの反応を見せ、メガンは自分の不注意で亡くした我が子のことを今も悔いている。また、愛されることに依存している点も同じと言えるでしょう。アナはもちろん、複数の男と関係を持つメガン、スコットへの欲情が垣間見えるレイチェルもそう。とは言え、それらは女性なら誰しもが持つ共通点であると言えなくもないのです。しかし、そんな三人の女性を己の欲望のためだけに操るトム。この、一人の男の支配化に置かれた三人、という共通点だけは許されないものとして描かれます。

トムに偽の記憶を吹き込まれ、自分はクズだと思わされるレイチェル。自分では全てを把握していると思っているものの、元愛人という立場から強くは言えなかったり、自分だけは大丈夫だからと思っているらしきアナ。ベビーシッターを突然やめて本当にやりたい仕事をやると言ったり、トムともただの遊びのつもりだったりと、自分を制御しきれず破滅を招くメガン。全てトムの思惑の上に絶妙にコントロールされている。これはコントロールされる女たちの話と言えます。トムがメガンを殺したのも、単にコントロール不能な相手を切り捨てただけでしかありません。そしてメガンの死の真相を知ったとき、レイチェルは己を、アナは我が子を守るため、そのコントロールを断ち切る。「三人には絆がある。同じ物語」というモノローグには、その支配から逃れた、或いは逃れようとして逝った女の、魂の浄化を見ることができるのです。

『The Girl on the Train』は素っ気ないタイトルではありますが、そこで目撃したり、真相を知ったり、途中下車することで真相に近付いたりと、電車の使われ方はタイトルにするだけのことはありますね。そしてラストに電車に乗るレイチェルは、いつも眺めていた家の窓とは反対に座っています。心の昏さの確認に行き来するだけだった電車は、最後には彼女の新たな出発の象徴となるのです。

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