2016
11.20

悲しき復讐の旅路。『手紙は憶えている』感想。

remember
Remember / 2015年 カナダ、ドイツ / 監督:アダム・エゴヤン

あらすじ
おじいちゃん、忘れる。



痴呆症でもの忘れの激しいゼブは、ある日老人ホームの友人マックスから1通の手紙を渡される。そこにはかつてナチスのアウシュビッツで二人の家族を殺した男の名が書いてあった。今も生きているというその元兵士への復讐を果たすため、ゼブは単身旅に出るが……というサスペンス。監督は『デビルズ・ノット』などのアダム・エゴヤン。

ヘブライ語で「狼」の意味の名を持つ主人公ゼブは、御年90歳のおじいちゃんです。そんなゼブが、連れ合いの死を切っ掛けにアウシュビッツに収容されていたときに殺された家族の敵を討つため、復讐の旅へと出発します。頼りは同じ境遇の友人マックスが記した手紙のみ。しかしゼブは寝て起きるとそれまで何をしてたか忘れてしまう痴呆症なのです。この「え、おじいちゃん大丈夫?」というハラハラが全編に渡っており、復讐譚というハードボイルド以前に、とにかく忘れちゃうとか銃を持つ手が震えちゃうとか、そっちの方が断然スリリング。これはちょっと今までにないサスペンスです。それでいて痴呆の老人であるという設定が意外にも物語の推進力になっているし、ミステリーとしても意味があるんですね。

主人公ゼブ役は『人生はビギナーズ』でアカデミー助演男優賞を最高齢で獲得したクリストファー・プラマー。眼光は鋭いのにヨボヨボで覚束ない姿には、年を取ることのやるせなさを感じさせます。イアン・マッケランが老年のホームズを演じた『Mr.ホームズ 名探偵最後の事件』よりさらに心配度が高い。他にも『ヒトラー 最期の12日間』でヒトラーを演じたブルーノ・ガンツや、『エド・ウッド』のマーティン・ランドーなど、色んなおじいちゃんが出演しています。

仇の名はルディ・コランダー。同姓同名の4人から目当ての男を探すため、ゼブはアメリカ中、果ては国境を越えてカナダまで行くことに。そんな年寄りにはツラい旅を、それでも敢行するゼブの心情が滲み出る様々な描写が秀逸。また『サウルの息子』で描かれるようなアウシュビッツの悲劇を、よもや現代を舞台にこんな形で描くというのも驚きです。それがいまだに息づいているという事実を、まるで戦時中のような音使いで表すのも上手い。とても面白かったし、とても悲しかったです。

↓以下、ネタバレ含む。








寝て起きると忘れる、といのがまずスリルで、その都度マックスの手紙を読まないと思い出せないわけですが、その手紙を読むことさえ忘れているので超ハラハラ。腕にメモを書いているうちはまだ良かったですが、シャワーを浴びた後などはここで話が終わってしまうんじゃないかとさえ思うし、転んで病院に運ばれた後は呑気にアニメ見ながら笑ってるし、計画を書いた手紙を少女に声出して読ませるとか「うぉい!」ってなりますよ。回りに人がおらず少女が「ナチ」さえ読めない子供だったので一安心ですが。ナチ信奉者を殺した後で疲れきったのかその現場で寝てしまうのとか「もーやめてよー」って頭抱えます。警察からの留守電まで入るし。寝て起きたときの第一声が「ルース?」だった時点で「ヒー!」ってなりますが、しかし起きると妻の名を呼ぶというのはスリルであると同時に、まず妻の姿を探す人生とはどんなものだったのかとやるせなさも感じます。

逆に年寄りだから上手くいくというのも面白いです。銃を買うときに使い方を教えてくれと言ってもさほど怪しまれないし、服屋で警備員に止められて銃が見つかっても「私の最初の銃だ」と言われて見逃されるし、初対面でも祖父や父の友人と勝手に解釈して通してくれます。カナダ国境では鞄をごそごそやりすぎて「銃が見つかっちゃうよ!」と焦らせておいて、バスで上着かけて隠しておくとか心臓に悪いよおじいちゃん。演出がいちいちサスペンスフルで良いんですが、一方でホテルの女性が早口でする案内が流れる水のようにサラサラと流れてしまう、というのを落ちる水に手を付けて遮るシーンなどは老齢ゆえのせつなさとして印象深いです。また、ナチ警官の家では裏手の採掘現場でのサイレンの音や発破の轟音、吠えたてる犬や怒声を上げる男など、まさにアウシュビッツに迷い込んだような錯覚を音で表すのが凄い。そこにナチの収集物や『我が闘争』の初版本まで置かれたら、そりゃおもらしもしますよ。

痴呆症サスペンスというスリルは実に新鮮ですが、最後にきっちりミステリーとして落とすのも素晴らしい。「忘れている」ということ自体が重要な鍵なんですね。人によってはオチが読めるかもしれませんが、僕は「実はマックス自身がターゲットで、過去の罪を悔いての計画なのでは……!」となど的外れなことを考えていたので、素直に驚きました。アフリカの部隊にいてアウシュビッツとは無関係だった一人目、同性愛のために囚人となっていた二人目、既に死亡していた三人目。そしてとうとう辿り着いた四人目の家。しかし家族が「アウシュビッツの話か」「父は話したがらない」と言うのもミスリードで、四人目もまたルディ・コランダーではないわけです。腕の番号が囚人番号ではなく自分たちで彫ったもの、というミスリードにはすっかり騙されました。

痴呆のゼブを利用して元仲間を見つけさせ、自分が何者かも思い出させるよう仕向けるというマックスの周到な復讐計画には震えます。しかしこれはそれほどの忘れ難い恨みが何十年経っても消えずに残っていたということ。それを知ったとき、五人目のルディ・コランダーは何を思い最後の引き金を引いたのか。美しいピアノの旋律はかつてどういう思いで弾いていたのか。歴史の闇は当事者にとっては決してあせない、という強烈な事実に悲しみが募ります。

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