2016
10.06

奇跡を越えた必然。『ハドソン川の奇跡』感想。

Sully
Sully / 2016年 アメリカ / 監督:クリント・イーストウッド

あらすじ
ハドソン川って意外と幅広い。



2009年1月15日、乗客乗員155人を乗せた航空機がマンハッタンの上空850メートルで失速。機長のチェズレイ・“サリー”・サレンバーガーは必死に機体を制御し、ハドソン川に着水させることに成功、英雄視されるのだが……。ニューヨークで実際に起こった奇跡的な生還劇、その当事者である機長による手記「機長、究極の決断 『ハドソン川』の奇跡」をクリント・イーストウッド監督、トム・ハンクス主演で映画化。

実話を元にしたお話です。離陸後間もない航空機がバードアタックを食らい両エンジンとも停止、機長のサリーことサレンバーガーは、空港に引き返すかハドソン川に不時着水するかの判断を迫られます。水の上なら大丈夫というわけではなく地上よりはましというだけで、一歩間違えば機体損壊、前のめりになって大破、あるいは浸水といった危険な判断でもあります。折しも季節は真冬なので寒さという大敵も。まあ実話なので事故の結末は知られているのでしょうが、本作ではその後どういうことがあったのかにも焦点が置かれます。もちろん飛行機着水もヒヤヒヤものなんですが、過去と現在を繋ぐ構成の妙が実にスリリング。英雄視されることで逆に確信が揺らぎ、長年の経験を試された結果に疑心を覚えるサリー、そんなサリー機長を支える副操縦士ジェフの信頼感が良いです。

機長のサリー役はトム・ハンクス。『ブリッジ・オブ・スパイ』のスピルバーグに続き大御所の作品となりますが、落ち着いた態度と冷静に判断を下すプロっぽさを見せてさすがの重厚な存在感。題材的に同じく航空機事故を扱った『フライト』(元ネタは別の事故)のクズ機長とはエラい違いです(主演のデンゼル・ワシントン自体は最高ですが)。そして『エンド・オブ・キングダム』の大統領役でも命の危険にさらされた副操縦士ジェフ役のアーロン・エッカート、彼が見せるユーモアある言動がシリアスなドラマに緩急を付けてくれます。ジェフに対しサリーが言う終盤の言葉には泣けます。

マンハッタンの高層ビル群を低空で飛んでくる飛行機、とくればどうしたって9.11を思い出します。ニューヨーカーならそれは尚更でしょう。そんな悪夢を冷静さと自分の仕事に徹することで振り払おうとするプロたちの姿が熱いです。そして「155」という数字の重さをイーストウッドは訴えるのです。結構特殊な構成ではありますが、96分のタイトななかに濃密なドラマが詰まっていて素晴らしいです。

↓以下、ネタバレ含む。








始まりが墜落の悪夢というのが衝撃的です。このひょっとしたらあり得たかもしれない光景が、サリーの確信を揺るがせているのでしょう。実際は既に事が終わった後であり、サリーは乗客たちを救った英雄として祭り上げられています。しかしNTSB(国家運輸安全委員会)の聞き取り調査を経て、英雄的行為と見なされることが逆にサリーの確信を揺るがせてきます。それでも最初の過去シーンが始まり、サリーが墜落を救うまさに英雄的行動が映された時点では特に問題がないようにも思われるんですね。

テレビ番組に出ても表情には堅さが残り、サリーの判断は正しかったと支え続ける副操縦士ジェフの言葉にも不安を拭えないサリー。そこに「空港に戻ることができたはず」というシミュレーション結果を聞き、「ひょっとして」とさらに揺るぎそうになります。まどろみの中で聞くテレビからの「引き返せたのに」という幻聴から二度目の過去シーンが始まりますが、今度は事故を取り巻く様々な人々の姿が映されていきます。着水判断に絶望する管制官。CAがリズミカルに「頭を下げて」と連呼することの不安。着水後の乗客を襲う浸水。パニックになり真冬の水を泳ぎ出す乗客。なかなか降りない緊急用タラップ。続々と救助にくるフェリーやヘリ。英雄的行動という視点から一旦引いて、客観的に何が起こったかを周囲の視点から映すことで、多くの不安要素があったことを示します。

155人にこだわるサリーの姿からも自分の行動を英雄的などとは全く思っていないことがわかります。英雄だと言われて下まぶたがピクッとしてしまうほど。そこには長年真剣に打ち込んできた経験が、突如瞬間的に試されたという恐怖が後を引いているのかもしれません。劇中では明言こそされないものの、ビルに突っ込む飛行機の映像や、サリーの上司の「飛行機関係では良いニュースだ、特にニューヨークでは」という言葉から、9.11の惨事が連想されるというのもあるでしょう。しかしそんな恐怖と、長年の経験からくる判断は別のもの。サリーが夢で見る自分の若い頃、初めて飛んだときに教わった笑顔の大切さや、トラブルにも冷静に対処し着陸させた戦闘機乗りの経験が、サリーの歴史を物語ります。サリーが公聴会で拠り所としたのは「タイミング」の重要性ですが、それを確信できたのは経験の蓄積による自信と、真剣に取り組んできた過去そのものなのでしょう。だからこそ「真剣にやっていただきたい」という言葉が出てきます。

人的要因の35秒。17回の練習。誰の指示もなかった状況。訓練を受けていないケースでの対応。冷静に屹然と言い放つサリーの言い分は、シミュレーション結果を覆します。そして公聴会の音声記録から始まる、操縦席での一部始終を映す最後の過去シーン。ここでようやく自分が一人ではなかったことをサリーは理解します。ジェフに「どう思った?正直に言おう、君が誇らしい」と言うサリー。自分を信頼し、できうる最高の仕事をしてくれたジェフ。ついでに「今度は7月にしたい」と笑いまで取るウィットに脱帽です。

思えば様々な役割を果たした多くの人々も自分のできることを精一杯やっていたのであり、乗客も生きるために恐怖を押さえての行動を取っていたのだし、NTSBだって今後の安全のための調査をしているわけです。ハドソン川で起こった奇跡は、多くの人々の力によって成り立った必然である、とさえ言えるのかもしれません。これを淡々と事実を積み重ねているように見せながら、その実は段階的に示すという捻りを加えて説得力を持たせ、なおかつ押し付けがましくないというのが素晴らしい。エンドロールで本物のサリー本人が当時の関係者と談笑する姿は、だからこそ感動的です。

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