2016
07.15

恋をするなら死に物狂い。『ミロクローゼ』感想。

Milocrorze
2012年 日本 / 監督:石橋義正

あらすじ
あなたのおうちはどこ?



※レビュー・リクエストいただきました。ありがとうございます!

ある日公園で出会った「偉大なミロクローゼ」に恋をしてしまった少年オブレネリ・ブレネリギャー、恋愛青春相談員として若者たちを叱咤する熊谷ベッソン、さらわれた恋人を探して時空を越える浪人の多聞(タモン)という三役を山田孝之が一人でこなした、ある種ファンタジックなラブストーリー。

なんとも不可思議な作品です。最初は童話のようなカラフルな世界で始まり、突然現代日本に舞台が飛ぶ。寓話的とも思える女性との出会いから、彼女を探す殺伐とした旅に変わり、やがて時代劇へと推移する。三つの物語は繋がりがあるようでいてないようでもある。ポップな映像とシュールすぎる構成。時空の境界さえ飛び越える自由すぎる展開。真面目に考えると置いていかれますが、極端な世界観と次々に繰り広げられる不条理な物語に身を任せれば、やがて映像的快楽を感じてきます。

オブレネリ・ブレネリギャー、熊谷ベッソン、タモンと一人三役を演じる山田孝之オンパレードを受け入れられるかというのはあるかも。とは言え三人は役柄も見た目も全く異なるし、山田孝之という人は役によって結構印象変わるのでさほど気にならなかったです。悪ふざけも甚だしいキレキレのダンスは愉快だし、かと思えば絵巻物のような横スクロールの殺陣シーンを緩急付けたスローで見せる長回しは、見栄を切る姿がねぶた祭りを見ているようで圧巻。脇も原田美枝子や奥田瑛二といった大御所から、まだ初々しさの残る石橋杏奈ちゃんまで出てます。伝説の彫師(でもボケてる)として登場する鈴木清順に対する山田孝之のマジツッコミには「監督死んじゃう!」とビビりますよ。

「ミロクローゼ」という名前は「弥勒菩薩」から取ってるんでしょう。その名の通り弥勒のように崇める対象としての女性が出てきます。それにより狂わされる運命、という点ではファムファタールものであると言えますが、主体は運命の女の方にはなくあくまで男たちの方です。そうして見るとこれは確かにラブストーリーと言えそうです。

↓以下、ネタバレ含む。








オブレネリ・ブレネリギャーは偉大なミロクローゼに恋をして一緒に暮らすようになりますが、精神的な未熟さを表しているためか、その姿はまだ子供なんですね。そしてよく分からない理由で去っていくミロクローゼを成すすべもなく見つめるしかない。心に空いた穴を鍋のフタで塞ぐというのも恋愛に不馴れな男の現実逃避な対処法という感じだし、そもそも彼女の名前に「偉大な」という形容詞を付けている時点で、オブレネリはミロクローゼを同じフィールドではなく一段高い憧れの位置に祭り上げています。

続いて登場するベッソン熊谷は、そんなお子様な恋愛観を真っ向から否定するように、現代の若者に対して「ガツンとかませ」と言ってきます。電車の売り子に恋をした男に対して、押してもダメなら引いてみろとアドバイス。その熱血指導は恋の駆け引きを伝授するというよりは、ウダウダ考えてる暇があったらどうすればいいか必死で考えて、その恋のためにやれることを何でもやれ、ということを伝えているかのよう。踊りながら移動するのは恋愛には勢いも必要、ってことですかね(いや、単に踊りたいからか)。正直ベッソンより脇で一緒に踊るビキニに毛皮コートのギャルの方に釘付けでしたが……。

最も尺の長いタモンのエピソードでは、ユリとの運命的な出会い、DV男からの略奪愛、さらわれたユリを探して時空を越え、遊郭の賭場で命懸けの救出劇を展開します。その姿は花屋を訪れた青年からいつしか侍の姿となることで、ユリを救うために死ぬことさえ厭わないという決意にも見えてくる。女郎屋の膨大な写真の中からガッツリ濃いメイクをしたユリを見つけ出すことさえ出来るし、無数の男衆に囲まれながら突破するほどの強さも見せる。これはもうベッソンが提唱する「その恋のためにやれることを何でもやれ」を体現しているわけです。ベッソンがタモンの追う男を車ではねるというクロスオーバーを見せるのも、恋愛相談員としてのアシストということでしょうかね。

最後は再びオブレネリ・ブレネリギャーが登場し、ひなびた温泉宿でミロクローゼに再会します。しかし彼女は既に人の妻となっており、洗濯物を干す彼女の姿にはかつて「偉大な」と形容していた神秘性はもうありません。そんな彼女に対し、よりによって旦那もいる前で復縁を迫るオブレネリ。しかし何も出来ずに終わった序盤と違い、ミロクローゼが偉大なる憧れではなく一人の女性であると分かった上で「また自分と一緒に住もう」という思いをぶつけるのです。旦那が奥田瑛二というのを考えればこれはタモンと同様の決死の行動とも言え(いやホントに)、これにより未練を断ち切ってついには胸を塞いでいた鍋のフタも外れるわけです。こうして、繋がってないようで微妙に繋がる三者のドラマには、全力で恋愛に取り組む姿という共通点が見えてくるのです。

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