2016
06.21

人工知能が見せる愛、見る夢。『エクス・マキナ』感想。

ex_machina
Ex Machina / 2015年 イギリス / 監督:アレックス・ガーランド

あらすじ
ダンスは好きか?



世界最大手の検索エンジン、ブルーブック社で働くケイレブは、社長のネイサンが所有する山間の別荘に招待される機会を得る。そこでケイレブが見せられたのは、AI(人工知能)を搭載した女性型ロボット、エヴァだった。ネイサンに請われエヴァのAIに関する実験に協力することになるケイレブだったが……。AIについて描いたSFスリラー。第88回アカデミー賞で視覚効果賞を受賞。

人工知能もののSFらしい、という以外は一切情報入れずに観たんですが、これが驚きと興奮の連続です。社内懸賞で社長のネイサンの別荘ご招待に当選したケイレブは、動きも言葉も人間にしか見えないロボット、エヴァと会話することで、機械の知的さを調べるというチューリング・テストに協力することになります。話としては人類とAIの関係というよくあるものですが、ヘリでしか辿り着けない山の中の無機質な別荘、というクローズドサークルなミステリー的舞台を使いながら、取り返しのつかないことになるというカタストロフの予感、そして持続する緊張感に、何が確かなことかまで見失っていくという見事な心理スリラーとして結実させています。デザインが秀逸なエヴァの造形さえも意味があるのです。

主要人物は4人しかいません。ケイレブ役のドーナル・グリーソンはごく普通の青年が未知なる世界に足を踏み入れることで変化する様を熱演、ネイサン社長役のオスカー・アイザックは天才で変人かつ危ない雰囲気を醸し出す、と『スター・ウォーズ フォースの覚醒』で共演した二人が全く異なる役で魅せてくれます。『コードネーム U.N.C.L.E.』『リリーのすべて』のアリシア・ビカンダーがロボットのエヴァ役で、ロボっぽくないけど人間とも異なるという絶妙さを上手く出してます。あとネイサンの秘書的な女性キョウコ役である日系イギリス人、ソノヤ・ミズノも美しい。バレリーナだそうで、身のこなしや躍動的なダンスも納得。

全てを飲み込むような雄大な自然と、窓もない建物などの無機質な人工物の対比も印象深く、『2001年 宇宙の旅』を彷彿とさせる雰囲気に圧倒されます。ケイレブの葛藤とネイサンの威圧感にのめり込み、エヴァの美しさと受け答えにいつしか惹かれてしまう己に戦慄。いやあ、素晴らしい。

↓以下、ネタバレ含む。








観る者が最初に畏怖を感じるのはネイサンに対してです。AIどころかルックも完璧なロボットを一人で作り上げる頭脳には驚嘆するものの、それが性処理さえ当たり前にこなす(しかも「感じる」)という歪み方。サンドバッグを殴る肉体派な面に感じる暴力性。坊主にヒゲ面という無頼な風貌。食事中「山荘の建設業者は全員殺した」と言った後、それをジョークだと否定しないのが怖いです。何よりロボットが全て女性というのが偏執的だし、日本人のキョウコを隷属させる姿には嫌悪感を覚えます。しかしこれらはネイサンが「悪」であると思わせる作劇上のミスリードであり、実際は狂人ではなく(変人ではあるでしょうが)、本当に実験のためにケイレブを招待しただけです。でもネイサンの怪しげな要素に不安を感じていたケイレブには、エヴァの「ネイサンを信用するな」の言葉が響いてしまうんですね。

エヴァの凄いところは、このミスリードに加え心理的な揺さぶりをかけるところです。異性愛者という設定から、異性に対しての対応を導き出したのでしょうか。ケイレブへの質問で「あなたは善人である」の回答「YES」については「嘘」と言わなかったり、描いた絵がケイレブの顔だったり。全ては作戦であり、巧妙に心を捕まれていくケイレブ。まさにネイサンの言うAIの取る第三の可能性、「愛してるフリ」を実践していきます。人間の心理を利用した誘導、「手品師のような」騙しのテクニック。他のロボットたちは外に出るために暴れたり騒いだりしますが、エヴァはそれを超越した手段を取るのです。それがどれほど効果的かは、ケイレブがエヴァ救出のためにスクリプトを仕組んだり、酔ったネイサンのカードを拾ったふりをする図太さまで見せるのからも明らか。それでいて自分もロボットではないかと腕を切って確かめずにはいられないケイレブの混乱ぶり。エヴァは内部がロボットだとハッキリ分かるデザインなのに完全に惑わされるんですね(キョウコもロボットだということを隠すトリックでもあるわけですが)。これは知能が見た目に関わらないということでもあります(それでいてエヴァは顔や肌に興味を示すのが面白い)。

人工知能の議論のなかで印象的なのは、ポロックの絵を見て、考えながら描いたら何も描けなくなると言うところ。エヴァはケイレブの好みに合わせて作られたというのもありますが、思考の柔軟性に優れていることが大きく、それは検索エンジンが持つあらゆるものを探れる、ファジーな条件で手段を見つける、といった柔軟性とイコールです。そしてその頭脳はゼリー状の流体(ウェット)ウェアで、もはや固体ですらない。それらは0か1の論理的思考と言うよりは、感情や感覚といった、より人間的なものの象徴と言えるでしょう。考えるのではなく感じる、これがネイサンの目指すAIであり、しかしそれが予想以上の完成度だったことが皮肉な結果をもたらします。

この物語はエヴァにとっては脱出ゲームでもあります。何歳かという質問に1日でも1週間でもなくただ「1」と答えるのは、生まれて以降の停滞を意味していると考えられます。生まれたもののまだ本当の自分にはなっていない、という意味の、始まりの数字「1」。ではカウントが始まるのはいつか。他のロボットたちの行動を鑑みれば、それは「外に出たとき」なのでしょう。閉じ込められた籠の鳥ではなく、自由になってこその生だと"AIが"認識している。だから外に出ようとする。それはAIが人間に縛られることを拒否することを意味します。

カメラで見る者と見られる者の反転。強固なセキュリティの別荘という城の中で、そこの支配者であるネイサンにあっけなくスルリと刺さるナイフ。服を着るように身に付けていく肌。「ここで待ってて」の後はケイレブには一瞥もくれずに去っていくエヴァは、もはや人間のことなど眼中にありません。家を出るときの階段で笑う姿にゾッとし、色彩学者の逸話のように青空を見あげる姿に唖然とします。知能を獲得した、機械でも人間でもない新たな種の誕生と言えるでしょう。人の行き交う道に現れた影が、人に紛れて去り行く姿の、何とも言えない根元的な恐怖。『2001年 宇宙の旅』では操られるだけだったAIが、操る側のスターチャイルドにも匹敵する絶対的な存在にさえ思えて震えます。しかし僕もまたケイレブと同様に、エヴァに惹かれてしまうことに抗えない気がするのです。

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