2016
06.15

怒りを乗り越えるスイッチ。『サウスポー』感想。

Southpaw
Southpaw / 2015年 アメリカ / 監督:アントワーン・フークア

あらすじ
ガードは大事。



ボクシングのライトヘビー級世界チャンピオン、ビリー・"ザ・グレート"・ホープ。破竹の勢いで勝ち続けるビリーだったが、とある慈善パーティで自身が起こした乱闘騒ぎのなか、一発の銃弾で大切なものを失ってしまう。ライセンスを剥奪され、娘からも遠ざけられてしまったビリーは、再びリングへ上がるため一人の男を訪ねる。『イコライザー』のアントワーン・フークア監督、ジェイク・ギレンホール主演のボクシングドラマ。

連戦連勝、"ザ・グレート"の異名を持つボクシングのチャンプ、ビリー・ホープは、施設出身ながら今や美しい妻、可愛い娘、豪華な家に車に名声と、全てを手に入れた男。彼のファイトスタイルはノーガードで挑発した相手に打たせ、その「怒り」をエネルギーにするというという危なっかしいもの。妻のモーリーンはそんなビリーのやり方を心配しますが、その心配は最悪の形で的中してしまいます。これは転落したチャンプが這い上がる姿を描く話ですが、全てが解決するわけではないので若干の中途半端さが残ります。しかしボクシングをやっていて失ったものを再びボクシングで取り戻そうとするビリーの姿には落涙です。

最初はエミネムが主演予定だったというビリー役のために、6ヵ月もトレーニングしたというジェイク・ギレンホール、『ナイトクローラー』『エベレスト 3D』とは別人のようなバッキバキにビルドアップした体はもちろん、演技もボクシングシーンも素晴らしい。物語は中盤ちょっと停滞するものの、トレーナー役のフォレスト・ウィテカーが登場してからは俄然面白くなります。重戦車みたいなウィテカーを始め、妻モーリーン役のレイチェル・マクアダムスや、『007 スペクター』マネーペニーことナオミ・ハリスとキャストも揃ってるし、娘のレイラ役ウーナ・ローレンスちゃんの微妙なお年頃感も良いです。

そこはこう来るだろう、という予定調和はあえて崩してきてるのが、劇的な感じを抑えてリアリティを優先してるようでシブいです。試合シーンも奇をてらった感じは少なく、それでいて力の入る迫力に満ちているのはさすがフークア。ビキニのラウンドガールがやけに映り込むというのが意外とアクセントになってるのも面白い。最後の一発の美しさ、そしてタイトルに、色んな意味が込められてるように感じます。

↓以下、ネタバレ含む。








妻殺害の話は宙に浮いたまま終わってしまうのが半端な感じではありますが、しかしそこは「現実とはシビアなもの」ということだと思うのです。全てが上手くいくわけではない、それこそ今まで全てを手に入れてきたビリーだからこそそれは余計浮かび上がります。モーリーンの言うとおり、バブルがはじけて取り巻きがゴキブリのようにいなくなるというのもそう。逆に、それでも最後まで一緒にいるジョンジョンのようなヤツだっている、というところに救いがあります。

本作は「怒り」とどう向き合うかという話なのだと思います。ビリーが武器にしてきた怒り、その怒りで自制心を失った結果の妻の死。悲しみによって膨れ上がった怒りは復讐や自暴自棄という形で表れてきますが、それが今度は娘の心を傷付けることになります。怒りで乗り込んだ相手の家に子供がいて我に返ったりもする。ビリーに必要なのは悲しみよりも怒りを乗り越えることなんですね。それは怒りにより力を発揮してきた今までのファイトスタイルと訣別することに他なりません。それでトレーナーとなってもらうべくティックの元を訪ねます。

ティックもまた怒りに耐えて生きていると言えるでしょう。ボクサー生命を断たれたラッキーパンチ。かなわなかった夢を抱えながら子供たちに夢を説く矛盾。生徒の一人ホッピーの死への自責の念。怒りを抑えることをビリーに教えながら自身もそれを実践しようとしてるかのよう。厳しいルールを課すのもその一環なんでしょう。そんな背景を反映してか、二人で行う練習シーンも熱く盛り上がるというよりはストイックさの方が目立ちます。

クライマックスの試合も、ストイックな練習同様耐える戦いが最終ラウンドまで続きます。今までと違いガードを固め、あくまで正攻法で戦うビリー。妻を侮辱されてキレかけるものの、それさえも何とか持ち直す。そこまでするのは、これがビリーが変わったことを見せるための戦いだからです。これ以上怒りで大切な者を失わないために。サウスポー・スイッチはもう少し早めに行って相手を翻弄した方が倒す確率が上がる気がするのですが、スイッチするのは最後の最後。燻りながら耐えに耐えて、ようやく最後に放つ左アッパーで美しく強烈なダウンを奪う。それは怒りではなく理性的な一発であり、ビリーが変わったことを示すものとして十分な結果です。だから判定で勝つのは盛りすぎな気がしなくもないですが、レイラちゃんが大喜びだからまあいいのです。

試合中、かつて妻が座っていたリングサイド席には誰もいません。ここで娘のレイラがこの席にやってきたら熱いものがありますが、そうはしない。それは娘には試合を見せないという妻との約束があるから。それでもテレビ観戦だけは許すのは、今までほとんどを妻に頼ってきたビリーが、これからはその半分を担わなければならないからです。では残り半分はと言えば、何をしていいか分からないと吐露する父を支えるため、そっと手を重ねるレイラの分。だから試合観戦は"半分"許されているのです。かつて妻に依存してきたビリーが、これからは娘と二人生きていく、という表れでもあるでしょう。

前へ進むため、耐え抜いた末に見せるサウスポー・スタイル。タイトルの『サウスポー』は、今までの自分を変える、生き方のスイッチでもあるのです。

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