2016
06.13

満たされぬ捕食者。『ヒメアノ~ル』感想。

hime_anole
2016年 日本 / 監督:吉田恵輔

あらすじ
彼女ができました!



ビルの清掃で働く岡田は、同僚の安藤に連れられて行ったカフェで高校の同級生、森田と再会する。安藤が思いを寄せるカフェ店員ユカから森田にストーキングされていると知らされた岡田は、安藤と共にユカの周囲を見張ることになるが……。古谷実による同名コミックを、森田剛、濱田岳らで実写化したサスペンス・ドラマ。

原作は未読なんですが、いやこれは凄いです。趣味も目標もない平凡な毎日に焦りを感じる青年岡田にある日訪れた出会い、そしてかつての級友との再会、という具合に始まるんですが、ラブコメのような展開に笑いながらも時折紛れ込む不協和音に不穏さを感じるのはまだ序の口、タイトルが出たときのゾッとする感覚に捕らわれて以降は、否応なく襲い来る恐怖と悲劇に翻弄され続けることになります。人を殺すという一線を軽々と超える存在に出会ったとき、平凡な毎日も命も簡単に終わる、その恐ろしさ。そして化け物が誕生した経緯のやりきれなさ。前半にあった笑いと希望さえも殺しにかかる転調の構成が実に秀逸。

喋り方がごく普通というのが余計危なさを感じさせる森田役の森田剛、彼の演技は今まで観たことなかったんですが、時折岩城滉一にも見える鋭さと、光の消えた目つきの虚ろさが見事に同居していて、想像を超える素晴らしさですよ。岡田役の濱田岳もまた、曖昧な不安を吐露する姿から予期せぬ幸せに舞い上がる姿、安藤さんの無謀な宣言に対する言葉の飲み込みかたなど細かい表現が非常に上手くて参ります。安藤役ムロツヨシは『HK 変態仮面 アブノーマル・クライシス』とはうって変わって、揺れる視線や喋り方による危なさがとてもよいです。あの戒めの髪型は良い意味で酷い(そういえばNHKのコント番組『LIFE』で坊主だったのはこの撮影のためだったのね)。そして佐津川愛美の演じるユカちゃんのエロ可愛さは異常ですね。たまらんですね。あとユカの友人アイちゃんの近年まれに見るムカつき度ね!

「ヒメアノール」はヒメトカゲの意味で、猛禽類のエサにもなる小型爬虫類であることから強者の餌となる弱者を意味するんだそうです。でも捕食というのは強い弱い以前に生きていくうえで当たり前の行為なわけで、そう考えると余計背筋が凍る思いがします。

↓以下、ネタバレ含む。








森田剛の殺しのシーンは、背中から刺すときのなかなか刃が通らない感じや、警官の心臓をグイグイ刺すときの重み、というものがやけにリアル。殺しの際はクールさは微塵もなく全力というのが、殺し屋ではなく殺人鬼だということを突き付けてきます。むしろ安藤さんの方が無表情でチェーンソー振り回しそうなので、「親友だよね」という言葉を肯定しちゃって大丈夫か岡田?という不安が……。つーかよく生きてたな安藤。30代後半の森田剛が高校の制服着ていじめられてるという図はちょっと強引ではありますが、そこは上手くぼかしてあってさほど気にならなかったです。ジャニーズでここまでのヨゴレ役をやるというのは大したもんですよ。

森田はチンピラとの喧嘩には普通に負ける程度の力なので、あくまで暴力ではなく殺意が先にある者です。「気に入らない奴」は「殺す対象」に直結しているし殺すことに性的興奮を覚えるのもあって、確かにサイコキラーといえばそうなんですが、狂気とはまた違う印象。それはわぐっちゃんの彼女を背後から殴り殺すシーンと岡田のセックスでのバック攻めシーンを重ねるところや、上がり込んだ普通の家で帰って来たそこの主人を殺した後にすぐにカレーを食べるシーンなどに顕著で、つまり森田は飯を食うように殺し、セックスするように殺す。殺しはもはや生活の一部になっています。だからバイオレンスというよりは真っ直ぐ殺しの話であり、狂っているというよりはただ「終わってる」男の話なんですね。

終わってるというのは「人として」ということであり、それは森田自身が「俺もお前も終わってる」と序盤で岡田に言うことからも自覚があることが伺えます。殺しはもちろん、普通に嘘をついたりついさっき言ったことを覆したりするし、捕まることをさほど気にしている感じもありません。殺しても高揚感さえ見せないこともあります。人として終わっている森田は、いくら殺しても決して救われることがないのでしょう。

一方の岡田は人生に対するもやもやを抱えていたところに、可愛い子に惚れられるという信じられない転機を迎え、秘密の交際のワクワクや付き合い始めの楽しさみたいなのが溢れてて実にうらやま……もとい終わるどころか始まってます。気にするの分かってるのに彼女の男性遍歴を聞いちゃうあたり、小さい男だという自覚も間違ってない岡田は、森田のいじめの一端を担ってしまったことに罪の意識も持ちますが(教室で岡田を見る森田の目が凄まじい)、森田がそれを覚えていないのはもはや殺しの対象の枠組みが大きすぎるからでしょうか。ユカちゃんが言う「色んなことしたい」の枠組みとは次元が違います。そういう意味では現在の二人を繋ぐのは森田の殺意のみなんですね。アバンタイトルが40分以上あるというのには驚きますが、これにより人生の楽しげな部分が全て前振りであると気付かせる、という演出に震えます。

凄惨ないじめにあっていた頃に取り残されたままの森田は前に進むことができず、その意味で「生きる」ことに関しても終わっています。だからラストの事故のショックで、岡田とゲームで遊んでいたあの夏の日に戻ったときに見せる表情の穏やかさ、そこまで遡らないと得られない魂の解放が本当にせつなく、森田が心情を語るシーンがほとんどないだけにこのラストは余計響きます。拭えない過去がひたすら悲しい。心を抉る一作です。


【追記】
原作の『ヒメアノ~ル』を読了。おおう、ラストは映画版とこんなに違うんですね。いかにも映画的な改変になりそうな森田と岡田の直接対決を、あえて森田の内面に踏み込まないアプローチを貫くことで、あのラストシーンの「麦茶二つ」に繋げて見せる。いやあ見事です。原作の安藤さんはもっと愛されキャラで最高でしたが、映画版であの髪型の再現度がかなり高かったことが分かって笑いましたよ。原作と映画で色々と違うのにどちらも面白いというのは幸福な関係です。

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