2016
06.04

覚悟を持って背負うもの。『エンド・オブ・キングダム』感想。

London_Has_Fallen
London Has Fallen / 2016年 イギリス・アメリカ・ブルガリア / 監督:ババク・ナジャフィ

あらすじ
ロンドン大迷惑。



ホワイトハウス陥落の大事件から2年。イギリス首相の国葬参加のためロンドンに渡ることになった米国アッシャー大統領と、友人でシークレットサービスのマイク・バニング。しかし厳戒態勢にもかかわらず、ロンドンで恐ろしい大規模同時多発テロが始まり、バニングたちは孤立してしまう……。『エンド・オブ・ホワイトハウス』の続編となる、ジェラルド・バトラー主演のサスペンス・アクション。

前作の感想はこちら。
気高さを持って取り返すもの。『エンド・オブ・ホワイトハウス』感想。

まさかの続編登場となったマイク・バニングとベンジャミン・アッシャー大統領の傾国ギリギリ物語、第2弾。前作でホワイトハウス攻めというアメリカ最大のピンチを描いてしまったのに続編なんてどうするんだ、と思ったら、テロリストによる他国の大崩壊の中で命の危機にさらされるという「そう来たか」という展開になっています。原題の『London Has Fallen』が示す通りロンドンが陥落するディザスタームービー並の破壊映像が凄まじく、大都会の真ん中で敵に囲まれどこへも行けない怖さはゾンビ映画にも通じるものがあります。文字通り止まらないノンストップ逃亡劇アクションには飲み込まれますよ。さらに「ここからワンカットだったら凄いのにな」と思ったら本当にそれをやってくれたのには燃えました。

バニング役のジェラルド・バトラーは相変わらずの無双っぷりで、シークレットサービスと言うよりキル・マシーンです。躊躇のなさ、容赦のなさが半端ない。なので安心感がありそうなものですが、状況がそれ以上に逼迫してくるので十分スリリング。大統領役のアーロン・エッカートもわりと戦える設定だったはずですが、バニングの前ではひたすら守られるお姫様状態。でも大統領が倒れたら国としての一大事なのでこれはしょうがないんですよ。ただ副大統領がモーガン・フリーマンなので、最悪の場合でもなんとかなるかもなアメリカ……と思ってしまいますが。しかしここまで死のピンチに見舞われる大統領も珍しい。あ、ケツアゴは健在です。

前作は同時期に公開された『ホワイトハウス・ダウン』と何かと比べられるというのがちょっと不幸でしたが、それにめげずに作り上げてくれてよかったと思える面白さでした。話はわりとシンプルに復讐ものだったりするんですが、それを知ってもなお破壊シーンや追い詰められるスリルは凄まじいです。そしてそれ以上に凄まじいのは、敵の復讐の意思など全く汲み取ろうとしない、悪いものは悪いという突き抜け方です。これにはちょっと驚いた。ブレずにやりきっている、と言えるでしょう。

↓以下、ネタバレ含む。








大聖堂は爆破され、寺院は崩れ落ち、歴史的建造物が次々と破壊される。しかも主要国の首脳が軒並み死亡するというとんでもない事態。日本の首相が最初渋滞にハマっているシーンではちょっと笑いましたが、これもまた撃沈。このつるべ打ちはちょっと凄い。ロンドンは最近色んな映画で破壊されますが、その中でも破壊度はピカイチです。ただ、崩壊シーンの映像が「ああ、CGだなあ」と意識してしまうレベルのものが目についたのはちょっと残念。会話シーンでやたらバストショットが多いのも少し気になりました。しかしまあ敵本拠地へ乗り込むときのワンカット長回し風の映像は、予想以上に長い上にカメラワークも工夫があってとても良かったです。

どこへ逃げても敵がいるという息をもつかせぬ展開にはかなり興奮。ヘリに乗って脱出した時には、ここから立て直して逆襲するんかな?などと思ってましたがとんでもない。まさかバニングと二人で地下鉄入り口を走る大統領を見るとは思いませんでしたよ。そしてバニングの「敵は全て殺す」の徹底ぶり。「殺す必用があったのか」に平然と「ノー」と返したり、居場所を吐かせるために敵の体をナイフで下から上へザックザク刺していったりと鬼気迫ります。しかし大統領を守るというのは直接国を守ると同義であるため、これは正しいわけです。躊躇したら国が傾きかねない。シークレットサービスとしての最高の仕事ぶりです(ちょっと意趣返しも感じますが……)。それでいてバニングと大統領は二人きりになると友人同士に戻りファーストネームで呼び合うところでバディものの要素も入ってくるのがいいですね。前作で既に描いてるからか「二人の友情」みたいなのは少なめですが、バニングが生まれてくる子が男の子だったら付けると言っている名前が大統領と同じ「ベンジャミン」だったりするのがラブ度高め。結局女の子だったわけですが、その名前を序盤では言わず、名付け親になるはずだった同僚のリンから名前をもらうというのが泣かせます。

相手が中東のテロリストというのは新鮮味がないように思えますが、その規模が大スケール。序盤で怪しい中東渡航者が350人いる、と言っているので、少なくともそれくらいはいるのでしょう。主要スポットへの潜り込み、ロンドン全域のジャミング、倒しても倒しても沸いてくる人員に、RPGやトマホークなどの大型武器から、一人が持つ武器の多さまで、明らかに何年もかけた周到な計画。娘の仇、妹の仇という復讐なわけです。しかし大統領もバニングも、決してその復讐に正当性を認めません。観ている側がテロリストたちの気持ちも分かると思ったとしても、それを真っ向から否定します。大統領は「狂気の正当化をするつもりはない」と躊躇なく断言し、バニングは「何をしようが、人を殺そうが、千年経っても我が国は安泰だ」とまで言う。これはアメリカ万歳という話ではなく、国家を治め守るということはそれほどの覚悟を要する、ということだと思うのです。

そもそも民間人まで爆撃した西側の攻撃が発端ではなく、親玉のバルカウィが武器を撃って戦争を助長していたことが問題だったわけですが、経緯はもはや関係ない。それが復讐です。だからバルカウィの息子カラヤンは大統領に「我々は皆モンスターだ」と言う。でもそんなことは大統領もバニングも言われるまでもなく分かっているのでしょう。だから「家族か国か」で比較する議論は意味がなく、国家を背負うことの重さがバニングたちの容赦のなさとして表れているということです。その点を前作からブレずに描き切ったことは素直に凄いと思います。

ちなみに監督が前作のアントワーン・フークアからババク・ナジャフィに変わってますが、この監督はイラン生まれのスウェーデン人だそうです。テロリストたちが最期に見せる表情が諦めとも安らぎとも取れる静かな表情だったのが気になってたんですが、それらは監督の出自が影響しているのかもしれませんね。

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