2016
05.29

生きているのは"今"だから。『海よりもまだ深く』感想。

umiyorimo_madahukaku
2016年 日本 / 監督:是枝裕和

あらすじ
風呂上がりはカルピス(定番)。



かつて文学賞を受賞したものの今は探偵事務所で働く中年男性の良多。ギャンブルに溺れ、別れた妻・響子への未練を引きずりながら、月に一度11歳の息子・真悟と会える日を心待ちにする日々。そんなある日、団地で一人暮らしの母・淑子の家に来た良多と真悟。折りしも外では台風が近付いていた……。『海街diary』『そして父になる』の是枝裕和監督による人間ドラマ。

主人公の良多はかつて文学賞を取って華々しくデビューしながらも、今では取材と称した探偵家業で生計を立てる日々。作家としての夢を諦めきれず、離婚した妻へも未練を残しつつ、何となく現状を生きています。そんなうだつの上がらない中年男性と、団地に一人住まいの母親を中心に描かれるのは、ありふれた日常。序盤で母と娘が団地の一室で繰り広げる会話からして至って普通ですが、ありふれているだけにするりとそこに没入できてしまいます。そして何気ない会話やさりげない表情にユーモアと共に込められた、生きることの肯定。是枝監督によるこの家族の物語は、今まで以上に現実の厳しさを描きつつ、同時にそんな現実を生きる者への優しさに溢れています。

子として、親としてもがく良多役の阿部寛と、ひたすら母親である樹木希林の親子がとにかく良いです。狭い団地の部屋をするすると動く母の姿には、団地住まいはしたことないのになぜか既視感を覚えますよ。あの狭い部屋や低い鴨居で、デカい阿部寛が身を縮めるように移動する姿も可笑しい。何とか前に進もうとする元妻役の真木よう子、鋭すぎる姉の小林聡美、珍しくエロくない池松壮亮など、他の役者陣も身近にいそうな感じが上手い。息子役の吉澤太陽くんも絶妙でした。

過去にすがるダメ男、その背中をそっと押す老いた母、亡き父との思い出、というかつての家族の関係性。元嫁への後悔と息子への虚勢に見る、良多の元家族への思い。団地、カルピス、宝くじなど様々なモノが表す深みを経て、それら家族の物語が、とある台風の夜に収斂していきます。振り返ってみれば唸らざるを得ない緻密な演出や台詞の連続で、刺さるし、和むし、響く。ハナレグミのエンディング曲「深呼吸」が染み入り、観終わってなお思い出し泣きが止まりません。是枝監督ありがとう、頑張って生きます。

↓以下、ネタバレ含む。








メイン以外の人も、何となくそういう人なんだなというのが少ない描写で伝わってきます。声がデカくて息子に「男なら」と押し付ける小澤征悦は、良多の小説を読んで「テーマが分からない」と評してても多分小説などは読まないタイプなんだろうなあとか。姉の夫である高橋和也が元嫁に会えないと聞いて心底落ち込むのは素直な人なんだろうなあとか。橋爪功の先生が「昔はテレビにも誘われた」みたいに言っちゃうところに、マダムを集めて若干の自己満足に浸る姿が垣間見えたり。どうすればここまで作れるんだというくらい、実に細部まで練り込まれています。池松壮亮も良多よりよっぽど大人なんだろうなと思わせてくれるんですが、ちょっと意外だったのは彼の信頼度が最後まで揺るがないことですね。「借りがあるから」と言ってどこまでも付き合ってくれる彼の存在は観てる方としても頼もしく、二人の間に何があったのか非常に気になります。

阿部寛のダメ男度はなかなかのもので、金が入ったらすぐ競輪やパチンコで増やそうとする分かりやすさに始まり、興信所員にあるまじき逆交渉を行ったり、高校生をゆすって「あんたみたいな大人にはなりたくない」と全否定されたり、母の家ではドラクエの勇者なみにタンスを漁ったり。でも大抵はうまくいかないわけです。賭け事は負けるし、所長のリリー・フランキーにバレて金取られるし(『凶悪』のリリーさんなら殺されてる)、実家の通帳探しは姉に完全に読まれている。後輩引き連れて別れた妻の監視をし、よせばいいのに今カレの素性まで調べて述べるのが「しちゃったかなあ」だし、息子には養育費の心配をされ、強がって息子にミズノのスパイクを買い与えたり母に小遣いを渡しながら、姉には金の無心に来る。みじめでカッコ悪いです。

かつての幸せや諦めきれない夢など過去に向かう意識にすがるのは、何となくそこに希望があるように錯覚してしまうからだろうな、と思うんですよ。そして良多も心のどこかでそれは分かっているわけです。元妻に「そんなに父親になろうとするならなぜもっと早く」と言われて「だよな」と答えたり、「前に進ませてよ」に対して「分かってる。分かってた」と返す。作家としてまた作品を書きたいと気に入った言葉を貼り付けたりしていても、漫画原作の話にはプライドが邪魔して乗れない。このままではいけない、過去には戻れない、それは分かってるけど……というのが、個人的にグサグサ刺さってきてせつないです。だから母が「男ってのはなぜ今を生きられないんだろ」「人は何かを諦めて幸せになる」という言葉の深みが沁みます。責めるでも慰めるでもなく「ちゃんとご飯食べてる?」みたいな日常会話の延長のような言葉。それでいて元嫁に「本当にもうダメなの?」と聞いてしまう母。公平に接してるようで息子への愛情がほんの少しはみ出してしまうんですね。

様々なエピソードを経た後の台風の夜、ここで家族の関係は「回復する」ではなく「再認識する」ことになります。良多に自分の死を引き合いに出して語る母の言葉の悲しさ。元嫁との反省会で再びダメ出しを食らう良多。「公園行くか」で顔を輝かせる息子。「なりたいものになれた?」という問いかけに対する良多の思い。「三回言うと嘘っぽい」を思い出して4回目を言う「本当だよ」。風雨の中、無くした何かの代わりに三人で拾い集める宝くじ――。何とか足掻こうとしていた良多に突き付けられるのは元には戻れないという現実であり、それが覆されるわけではありませんが、後悔や未練を吹き飛ばす一つの区切りとして嵐は過ぎ去って行きます。自身の家族をモデルにしたらしい「無人の食卓」という小説のタイトルから、かつての良多が家族に持っていた殺伐とした思いが垣間見えますが、小説など読んだことがないと思っていた父が商店街中に息子の本を配っていたことを知ってそれも昔の話となります。

「父のようにはなりたくない、公務員になりたい」と言っていた良多、その息子が「ホームランよりフォアボール、将来は公務員」と言う皮肉めいた親子の繋がり。好きという気持ちを「データの上書きではなく油絵で上から塗るようなもの」と表現する同僚女子。「あたしの人生どこで狂ったんやろ」という憂いを「それもひっくるめてあたしの人生」と言い切る女性。「宝くじは夢を買うんだ」というありきたりの言葉と、その夢を共に買う理由に「絆?」と返してしまう情けなさと微笑ましさ。などなど、様々な台詞が生きることを肯定してくれます。会話の中での「アレ」の使用がやたら多いのは、ある程度の適当さを許容してくれてるようにも思えます。そして「海よりも深く人を愛したことがないから楽しく生きていける」という母の言葉は、人生まだまだ先があるということを教えてくれる。打ち捨てられた傘に背を向けて去る良多の背中に、希望とか夢とかの明確な言葉とはまた別の明るさを感じます。

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