2016
05.16

うつろわぬ、人の思い。『64 ロクヨン 前編』感想。

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2016年 日本 / 監督:瀬々敬久

あらすじ
昭和はまだ終わっていない。



わずか1週間で幕を閉じた昭和64年に発生した少女誘拐殺人事件、通称「ロクヨン」。未解決のまま時効が迫った平成14年、刑事部の刑事として捜査にあたり現在は警務部の広報官として働く三上義信は、記者クラブとの確執や上層部の理解のなさに頭を痛める日々。そんななかロクヨン被害者宅を警視総監が訪れるという話が持ち上がる……。横山秀夫の警察ミステリー『64(ロクヨン)』を映画化した二部作の前編。

2013年「このミステリーがすごい!」で第1位などの『64(ロクヨン)』の映画化。観てませんがテレビドラマにもなってるんですね。昭和最後の一週間に起こった少女誘拐事件の救いのない顛末に始まりますが、物語は事件そのものから少しズレて、捜査員の一人だった三上にフォーカスが当たります。事件に関わった人々の14年後のやるせない現実、その中で三上が直面する組織や部署のぶつかり合い、醜い保身に派閥闘争。人の争う姿をこれでもかと見せつけられ、特に上層部と現場で板挟みになってるような、組織で働くおっさんには直視できないツラさがあります。この原作は未読なんですが、横山秀夫の書く話だなあと思わせるシビアさ。ただ、そういったシビアさの中にしか見出せないドラマというのもあるわけですよ。むっちゃイヤな話ですが、それでもクライマックスにはむっちゃ泣きます。

登場人物がかなり多いため、最初こそ名前だけでは誰だか分からないという場面もありますが、そのうち分かってくるのでそれほど困らないです。主人公の三上役を演じる佐藤浩市はかなり熱が入っていたようで、物語を引っ張る主役としてそれを感じる存在感。素直に佐藤浩市すげーなと思ったのは初めてかも。そんな三上を悩ませる面々が実に素晴らしいムカつき具合。特にパワハラ滝藤賢一と常に上から目線の瑛太ですよ。そして物腰柔らかいからこそゲスい椎名桔平。三上の部下である広報室の面々、綾野剛や榮倉奈々らが清涼剤となっているからまだ耐えられます。他にもこんな人まで出てるのかという濃い人から、さらに濃い人まで、キャスティングが多彩。濃いです。

怒号飛び交う現場。甘さが微塵もない展開。警察という特殊な縦割り社会の描写はどこまでも現実的。そして背景としてのみ機能していた誘拐事件が、突如としてクローズアップされるタイミングの妙。構成的には、同じくミステリー二部作と言うのもあってちょっと『ソロモンの偽証』を思い出します。警察ミステリーの枠を越えた人間模様として十分な出来の前編、真価が問われる後編にも期待が膨らみます。

↓以下、ネタバレ含む。








本作を観てると「なぜ人は争わないと生きていけないのだろうか……」などと思ってしまうほど、苛烈な衝突や容赦ないマウンティングがあちこちで起こります。刑事部を追われた三上が、広報官という警察の窓口として行う仕事は折衝、調整の連続。キャリア組で「ここは自分のいる場所ではない」と口に出して言っちゃう滝藤賢一の全てにおいてムカつく言動は度を越しているし、挙句テレビに映るような記者会見は黙って自分がやるという汚さには我慢し続けた三上も思わずテレビ殴っちゃうし、意外と若手が多い記者クラブだけに実名を隠す警察に怒るのも分かるものの、それに対する報道拒否や本部長直訴という措置が浅はかにしか見えないのも痛々しい。記者クラブの中でも過激派の瑛太を面白く思わない穏健派もいたり、刑事部長の奥田瑛二や捜査一課長の三浦友和がかつての仲間である三上にやたら冷たい(理由はまだ分かりませんが)という部署間の張り合いがあったり、さらには三上の娘は家出していたりと、こじれまくってどうにもならない状況のオンパレードです。

榮倉奈々の演じる美雲が記者クラブの人たちを「みんな普通の人です」と言うように、組織という枠に入ると人は否応なく「組織の一員」となり、個人としての存在を感じられなくなってしまう、というのが一つのテーマでしょう。社会正義やら利権主張やらの大きな流れに乗ってしまい、個々の視点が失われて、そこからなかなか抜け出せない。ロクヨンの事件に関わった人々も同様で、チームの、引いては警察の面子のために人生を狂わされた窪田正孝の日吉はもちろん、正しいと思うことを言えない吉岡秀隆の幸田や、後ろめたい監視を続ける筒井道隆の柿沼も組織の犠牲者です。

三上もまた組織の一員として、上の不当な命令に従うという苦汁をなめたり、報道に取引を持ち掛けて裏目に出たりという目に会いますが、そんな三上が徐々に個人として接していくことで人々の態度も変わっていきます。三上の個人的な涙を見て長官慰問の話を受ける被害者父の永瀬正敏。警察としてではなく個人の思いとして日吉へ書いた手紙の「君は悪くない」の一言。一人で責任を被ろうとする三上に部下である綾野剛の諏訪が引き留めての「これからもあなたの元で働きたい」の言葉。つまりは組織と個人の話であり、だからこそ「首をかけた」では響かない記者クラブの連中に、知って欲しい被害者の事実を滔々と語ることで心を動かし、それをロクヨンの事件に抱え続けた三上の思いにまで繋げる。組織が個人で成り立っていることを思い出させるこれらのシーンは、組織のやだみが強調されまくるだけに泣けます。椎名桔平の本部長に「靴が汚い」と言われようが、その靴にはいつも磨いてくれる妻の夏川結衣への感謝があるのです。

残念なところもありますけどね。一番イラッとしたのは、エンドロール前に流れる後編の予告があまりにくどくて、本編の余韻が台無しになったこと。あれは完全に見せすぎだし、いかにもテレビ的な煽り文字まであってうんざり。他には佐藤浩市が「何が正面からぶつけ合っただ!」って口に出して言っちゃうシーンとかはどうかなーとか、佐藤浩市と仲村トオルがタメ口というのはさすがに不自然だなーとか。序盤のドローンによる空撮の多さもちょっと気になりました。平成を迎えたうら寂しさなんかは良いんですけどね。あとはミステリーとしての見せ場は後編にあるのでしょう(多分)が、それだけに前編は人物描写と人間ドラマに終始していて、若干の前振り感がなくもないです。後編でその辺りのもやもやをキッチリ晴らしてくれることを願いたいところ。でも後編はさらにこじれそうなんだよなあ……。


※後編の感想はこちら。
忘れ得ぬ、人の思い。『64 ロクヨン 後編』感想。

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