2016
04.18

世界は大きく、君は一人じゃない。『ルーム』感想。

room
Room / 2015年 アイルランド・カナダ / 監督:レニー・アブラハムソン

あらすじ
どれがホンモノ?



施錠された部屋で生活するジョイと、5歳の息子ジャック。部屋の中の暮らししか知らない息子に外の世界を教えるため、そして自らの人生を取り戻すため、ジョイは部屋から出ることを決意するが……。エマ・ドナヒューのベストセラー小説『部屋』を映画化したヒューマン・ドラマ。第88回アカデミー賞主演女優賞授賞。

いい話、と一言で表すにはかなり抵抗があるヘヴィさ。それは拉致監禁という悪質な犯罪がベースにあるからですが、その事件から後の方がさらに厳しいんですね。奪われた人生、接し方に戸惑う人々、世間の好奇の目。被害者でありながら直面する屈辱、そして埋めようのない喪失感がやりきれません。何気ない母子の生活は絶望の鳥籠であり、壁の外にあるはずだった幸福も姿を変えて襲ってきます。しかし、と言うかだからこそ、ジャック少年が世界と出会い、それを受け入れていく姿にはただ涙。細部の描写や表情で見せる思いが丁寧で、しばらく引きずるほど心に響きます。

ジェイ役のブリー・ラーソンは壮絶な状況の中で見せる強さと弱さの両立が凄まじくて、オスカー獲得も納得。様々な感情を眼の力で観る側に訴えかけてきます。そしてジャック役のジェイコブ・トレンブレイ君も素晴らしい。5歳の子供らしい好奇心や意地の張り方、初めて触れる世界に驚く表情などは絶品。他のキャストも皆良かったです。ウィリアム・H・メイシーが出てたというのもあって、事件の内容は全く異なるけど『君が生きた証』に近いテイストを感じました。

全編「部屋」という名の閉塞感に囚われた展開ながら、いかにしてその過去から訣別するかが描かれます。人生を立て直そうとする母親と、新たな人生を知る息子の、ある意味戦いの物語。

↓以下、ネタバレ含む。








主演二人はもちろんですが、その他の人々もとても良いです。ジャックからタンスに隠れるのがどんな時か聞かされて一瞬躊躇する祖母ナンシーなどは、必死で現実と戦ってる感じが随所で伝わってきます。最初はなんだこいつは的な印象だったナンシーの彼氏であるレオも、その立ち位置だから可能なジャックとの接し方がイイ。独り言のふりでジャックを誘い出して一緒におやつを食べるシーンは絶妙な距離感です。あと僅かな会話から事情を察し、徐行の回数から位置を特定するという鋭い推理を見せたパーカー巡査がすんごいカッコよくてシビれます。最後に母子を「部屋」へ案内するのも彼女なんですよね。細かいところを自然に描いているのがとても良いです。

冒頭から続く母子の生活、部屋は結構狭いと思うんですが、意外と部屋の全景って映らないんですよ。キッチンのある壁、バスタブのある壁、タンスのある壁、ベッドのある壁、とそれぞれでの描写に分かれています。ちょっと不自然ですが、そのせいで思ったよりは閉塞感が和らげられている気もします。これはジャック少年の感じる世界の広さに近いのかも。それでもジェイにとっては気の狂うような毎日であろうことは容易に想像できます。自由を奪われ、反抗しようとして返り討ちに会ったり、腹いせに真冬に電気を止められたりする。物理的にも精神的にも肉体的にも支配下に置かれる恐怖には、ただ絶望感だけが残ります。7年もの間監禁されていたジェイにとっては「部屋」は憎悪の対象でしかありません。一方で部屋の中で生まれたジャックにとっては「部屋」は世界そのものです。物語としてはその二面性の乖離は避けられません。

部屋から脱出してもそれでめでたしではないわけです。娘の失踪で仲がおかしくなった両親は既に離婚しており、父は孫であるジャックの顔を見ることができません。心情としては分かりますが、それがジェイにとっては却ってジャックの父親が誰かを意識することになるわけです。テレビのインタビューでも、労わるような表情をしたインタビュアーが「でも生物学的には父親は……」と食い下がるゲスさを見せる。昔の友人の写真を見て懐かしみながら「なぜ私なの」と吐き捨てる。彼氏と暮らす母親に「自分は楽しんで」と言い「人生壊されたのが自分だけと思わないで」とぶつかる。皆頭ではわかっていても心がついていけないんですね。

一方ジャック君にしてみれば目にする風景、出会う人々の全てが初めて尽くし。この「初めて」を表現するジェイコブ君の演技がとても良く、特にカーペットから這い出して見た初めての大空に驚く表情なんて素晴らしい。ジャックは宇宙だと思っていた壁の外で、それこそ「プラスチックのように柔軟」に順応していきます。いつの間にかレゴで色々作るようになるし、いつのまにか友達もできる。大人たちのあくせくした行動も「外の世界は広いから時間が薄くなって皆忙しい」という認識でクリアしちゃうんですね。母以外の人へ愛情を示す「ばぁば、大好き」の不意打ちにはね、もう泣きますよ。これらはジャックに対するジェイの教育がしっかりしていたこと、かつ愛情をかけてきたことの証とも言えます。

そんな息子への教えが母親本人に返ってくる「パワーがある」という髪束。おそらく髪を切らないことの方便だったことが、母を思いやる息子の精一杯の愛情として母に力を与えることになります。そして物理的な脱出を果たしても成し得なかった精神的な脱出を図るため、母子は再び「部屋」を訪れます。世界の全てだった部屋は今は空っぽとなり、新たな世界を知ったジャックはきっぱりと別れの言葉を口にします。部屋に囚われたままだったジェイも、支配されていた現実が終わったことを確認し、新たな一歩を踏み出すために別れを告げます。失った時間や絆は図り知れず、今後も辛い記憶は拭いきれないでしょう。それでも母は息子と二人ハンモックに揺られる生活に戻るために、そして息子は大きな世界で生きていくために部屋をあとにする。去りゆく二人の姿が脳裏に鮮明に残ります。

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