2016
04.12

可愛い金魚と泡沫の夢。『蜜のあわれ』感想。

mitsunoaware

あらすじ
二階堂ふみ様、金魚になるの巻。



人間であったり金魚であったりと姿を変える女性・赤子と同居する老作家。仲良く暮らす年の離れた二人だったが、ある日老作家の過去の女が幽霊として現れる……。室生犀星の幻想小説を二階堂ふみ主演で映像化。

室生犀星本人を投影したと思われる作家が、一緒に住む金魚の化身と過ごす日常が4章立てで語られます。昭和初期の文学的な台詞回しもそのままに、現実と虚構の境が曖昧な世界で描かれる、老作家の幻想的でエロティックな妄想。これが楽しい!そして儚い!魅惑的な赤色を持つ金魚と、自由奔放で可愛らしい少女とを掛け合わせた赤子(あかこ)。そして翻弄され振り回される作家先生の、世を儚みながらも満更でもない様子。そこに含む男女関係のえげつなさと、人生を彩る恋という名のピュアさの絡み合い。幻想小説をキュートでエロくてコミカルで耽美、かつわびさびのある独特な映像で実現し、映画的な快楽で満たしてくれます。

何と言ってもその魅力を惜しげもなく披露する二階堂ふみ様ですよ(注:二階堂ふみは様付けとなります)。ひらひらの赤い衣装で自分を「あたい」と呼ぶふみ様の小憎らしい可愛らしさ、そんなふみ様に「おじさま」と呼ばれるという至福!そのおじさま役の大杉漣は、振り回されながら変なところで頑ななのがハマってます。真木よう子、韓英恵と他の女性陣も艶やかで素晴らしい。あと高良健吾が終始キメ顔なのには笑います。大杉漣も高良健吾もモデルである作家には正直似てるわけではないんだけど、イメージが合ってますね。文豪好きにも楽しいです。

石井岳龍監督は『ソレダケ thst't it』とはまた随分毛色の違うのをブチ込んできました。人物の周囲を執拗に回る長回しで混沌とさせたり、普通の女性がふいに滑るように動く幽霊っぽさで異質な世界を垣間見せたり、かと思うと突然始まる金魚ダンスでミュージカルっぽさを出してきたりと変幻自在。人を好きになることが先のない人生に与える哀切と幸福に、悦びと侘しさが交錯します。

↓以下、ネタバレ含む。








もうなんなんすか二階堂ふみ様の尻!序盤のフルレンジ尻が本人かは分かりませんが、衝立の端から覗く半尻とか終盤の寝尻とか尻をフリフリ金魚ダンスとかもう超ヒップ!(落ち着け)性に関して好奇心旺盛なところにはこちらがドギマギします。ヌメヌメの間のわけめ?ってなに?(ドギマギ)頬膨らませた顔も可愛いし、真木よう子とのラブシーンなんてもうね!「あ、ありがとうございますッ!」って感じですね!大杉漣も、大真面目に「丸いお尻は愛らしく良い風景だなあ」みたいに言うのが、アホみたいながら「真理であるなあ」などと感心させられたりして、自分でも何言ってんだかよく分かんなくなってきます。あの赤い衣装が手触り良さそうなのもいいですねえ。あと何かしたときにポチャンという水音を響かせるのが『うる星やつら』のラムちゃんが飛ぶとピロピロ音が鳴るみたいで異次元感を感じましたよ。

赤子の存在は、先生が自ら描いた金魚の挿し絵から着想を得た妄想である、というのは妥当な解釈でしょう。死に向かう老人の孤独を癒す可愛い金魚。しかしその妄想が自らのシナリオからはみ出して想像もしない行動を始めます。いわゆるキャラが勝手に動き出す状態。一方でかつて関係のあったらしいゆり子が幽霊となって現れるのも妄想なのだとすれば、それは先生が余命を宣告されたときから思い返している過去の人間関係に起因してそうです。割れた鏡に現実世界で別れてきた女性たちが映ること、「人への思いは死んだら持っていけない」という台詞からもそれは推測されます。

幽霊に対しては死への忌みがあるからか基本関わろうとはしません。こんな死にかたをするとは思ってなかったということなのか、病気で死ぬことのカッコ悪さのようなものが、先に旅立った芥川への思いとして表れたりもします。しかし赤子が「子供がほしい」と言うのに対しては「僕の予定にはない」と拒否し、ついには他の男に抱かれる描写まで。死も生も受け入れられない自己憐憫の塊のようになっているんですね。愛人に対しなぜかキレるのもそんな葛藤が不意に爆発したかのよう。

幻を糧にしながら奥底に持つリアリスティックな想いが時々口をついて出てしまうのは、作家としての冷静な思考なのでしょうか。尻が弛んでるだの口が臭いだの赤子が酷いことを言うのも自己を貶めているようです。自分で作った幻想を自ら壊しかねない言動をし、それでいて必死で謝る作家の哀れさ。侘しいと喚き、寂しいと泣きつく老人のあがき。赤子に「身勝手だ」と言うのは、そのまま自分へのブーメランでもあります。

しかしいつしかこの奇妙な世界は一人歩きし、現実なのか妄想なのか分からなくなっていきます。全てが老人の泡沫の夢のようでもあり、金魚によって救われるおとぎ話のようでもある。どちらにしろ金魚は生きる悦びの投影であり、一人称が「あたくし」に変わった赤子は「母になるんですもの」と高らかに生を肯定する。そして口にすることを拒んでいた「人を好きになるというのは楽しいことでございます」を言葉にしたとき、老作家もまた生きることの楽しさを思い出す。エンドロールの尻振りダンスがほのぼのするのは、そのチャーミングな様子もさることながら、生が死を凌駕したシーンとも言えるからではないでしょうか。

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