2016
04.09

その正義は誰がために。『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』感想。

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Batman v Superman: Dawn of Justice / 2016年 アメリカ / 監督:ザック・スナイダー

あらすじ
生まれました!



スーパーマンがメトロポリスに現れてから18ヶ月、アメリカ議会はその強大過ぎる力に不安を抱いていた。一方、ゴッサム・シティで悪党を粛清する男バットマンもまた、スーパーマンを危険視する……。DCコミックスを代表する2大ヒーローが激突するヒーロー・アクション。監督は『マン・オブ・スティール』に続きザック・スナイダー。

マーベルと並ぶアメコミの二大巨頭、DCコミックスが映画版クロスオーバーに本格着手。DCエクステンデッド・ユニバース(DCEU)と呼ぶらしいです。ゆくゆくはマーベルで言えば『アベンジャーズ』のようなヒーローチーム『ジャスティス・リーグ』へ繋げる計画なんですね。物語としてはスーパーマンの誕生を描いた『マン・オブ・スティール』の直接の続編に当たりますが、DCEUとしては初登場となるバットマンの物語でもあります。それがいきなり「vs」とは穏やかではないですが、前作でメトロポリスをブッ壊しまくったスーパーマンに対して怒り心頭のバットマンが「あいつは認めない」とか言って倒そうとするわけです。確かに街が沈んでいくかのようなあの破壊シーンはやりすぎじゃね?と誰もが思ってたわけですが、それをそのままバットマンの怒りとして表してるのが上手い。

バットマンが生まれた経緯、スーパーマンに対する人々の思い、そこにスーパーマンの宿敵となるレックス・ルーサーの思惑を絡め、陽と陰、パワー&スピードバトルと肉体派ガチバトルという様々な対比を費やしながらついに激突する両雄。しかし単なるケンカでは終わりません。『シビル・ウォー』予告では「もう!ケンカすんなや!」って思いますが、こちらでは「殴りあって分かること、あるよね!」って感じなんですよ。この対決がやがて二人を一つの目的へと繋ぎ、『マン・オブ・スティール』自体さえ伏線とし、紛うことなき「ジャスティスの誕生」にしていくのです。ザック・スナイダーらしいキメ絵の数々、前作よりは見やすくなったアクション、そして新たな力の出現。このボリュームをよくまとめたよザック偉いよ。

ヘンリー・カヴィルの演じるクラーク・ケントことスーパーマンは言うまでもなくハマり役ですが、今回からブルース・ウェインことバットマンを演じるベン・アフレックが最高です。もう20年もバットマンとしてゴッサム・シティで悪党退治を続けてきたという設定なので、ちょっと疲弊した感じがたまりません。カヴィルに負けないくらいビルドアップした肉体も説得力あり。ジェシー・アイゼンバーグのレックス・ルーサーも早口で捲し立てる印象が強烈。謎の女ダイアナ・プリンスを演じるガル・ガドットの妖艶さなどはまさにジャスティス!あとジェレミー・アイアンズの執事アルフレッドが予想外に良くて、ご主人にコーヒー入れてもらうとか「運転頼む」と言われ「え、ああはいはい」みたいに飄々と応じるとか、ご主人に結婚がー跡継ぎがーと言いながら諦めてるとか、なんかブルースとのバディ感強いのが最高です。

若干文句を言いたいところもあるけど、それを帳消しにするほど好きなところが多いんですよ。映画としてのバランスとかシーンの連続性、整合性みたいなのを求めると「アレ!?」ってなると思いますが、「うわ、ここイイ!」「ここもイイわー!」みたいなのが散発的に襲ってくるのがたまりません。原作の知識がないと「?」なシーンもありますが、それは「今後何かあるんだな」くらいに思っておけば良いのです。分からんことは後から調べるでも良いのです。アメコミの実写化と言うより実写でアメコミ作った、と言わんばかりの、ある意味新たなヒーロー映画の誕生です。ジャスティス!フォーエバー!(それは違う映画

↓以下、ネタバレ含む。








■バットマンの20年

物語はブルース・ウェインが両親を殺されバットマンとなるいきさつから始まります。地下に落下したブルース少年がコウモリの群れと共に浮かび上がるシーンは、バットマン誕生を示唆する象徴的なイメージ。しかし実際に登場するバットマンは彼が活動を始めてから20年経った姿であり、これがキモです。ブルース自ら「20年戦い、期待は裏切られた。善人はどれだけ残ったか」と言うように、正義を貫く彼の戦いは悪をなくすに至ってないんですね。

バットマンと言えば殺人は犯さない、銃は使わないというのがありますが、どう見ても何人か殺してるような……(銃も使いますがこれは夢の中という事でひとまず置いときます)。「我々は最初から犯罪者だ」とも言うように、自警という名の犯罪行為を繰り返すうち悪党への粛清に歯止めが利かなくなったようにも見えます。また「ジョークさ」と落書きされたスーツ、恐らくあの落書きはジョーカーによるものでしょうが、形状的にバットマンスーツではないため相棒のロビンのものと思われます。しかしロビンは登場しません。原作では二代目ロビンがジョーカーに殺されるので、その設定が入っていると思われます。つまり相棒の死という悲劇まで経験しているわけです。

そう考えるとブルースに不殺へのこだわりがないのもまあ分かります。若干死んだような眼が長年蓄積された疲弊も伺わせます。悪党に焼き印を押すという暴挙まで行い、結果焼き印を押された囚人が刑務所内で殺されたりもする。ブルースの正義は20年の間に少々歪みを持ち、目的のため手段を問わない危うい領域にあると言えそうです。そこに現れたスーパーマンとゾッド将軍の戦いのせいで自社ビルは壊され部下も失ってしまう。ブルースがスーパーマンを倒そうとするのは街を破壊し何千人をも死に追いやった償いをさせるためであり、自身の恨みを晴らすためでもあります。それは果たして正義なのか?ってことなんですが、「許されない存在」と断定して突き進んでしまうんですね。バットマンがスーパーマンに言う台詞「Tell me. Do you bleed?……You will.」は、大勢の人を死なせたお前は血が通っているのか?と、血を流させて償いをさせてやる、という二つの意味があるのでしょう。

それにしてもベン・アフレックのバットマンは長年の活動を経てきて知恵も経験も豊富な感じが、これからジャスティス・リーグを引っ張っていく司令塔として実に合ってると思いますよ。『ダークナイト』3部作のクリスチャン・ベールももちろん良いですが、あちらはチームより「孤独な闇の騎士」が似合う感じですね。本来ならベンアフのバットマン単独作を一本やってから本作だったらもっとバランスよくなったろうなーとも思うんですが、両親の話から一気に見せることで母親の名前シーンが活きてくるというのもあるので、これはこれで良いでしょう。トレーニングで叩いたり押したり引っ張ったりとやたらタイヤを使うのが何だかスポ根ですが、バットマンでいるため必死で鍛えている感があって好き。カメラが周囲を回るなかノンストップで続くなど格闘シーンも燃えます。ちなみにバットマンの低音ボイスはマイクを通していた、と知ったのは軽く衝撃でした。声色変えてたんじゃないのね……。


■スーパーマンは神か悪魔か

前作ラストの暴れっぷりを別視点から描くのが凄くいいんですよ。あのワールド・エンジンを見上げる絶望感とか、宇宙船がビルの合間をザクザク裂いていくのを上から映し、真下にブルースの車が走っているのとか。あそこの決死のドライブシーンは素晴らしかったです。あれだけの惨事を今作で繰り返すと次作でまたそのフォローが必要になることを嫌ったのか、今作では「避難はすんでる」「港は廃墟だ」「無人島だ」など、人はいないから暴れても大丈夫、みたいなのが何度もあってちょっと笑いました。まあそれだけスーパーマンのパワーはアホみたいに凄いということです。

クラークは恋人のロイスを助けるためにナイロビまで飛んで行きテロリストをブッ飛ばしたり、公聴会が開かれたと言っても関係ないと言うのに、足を無くしたウォレスの姿と「FALSE GOD」の文字を見て自分の行動が不幸を呼んだと思い、ついに公聴会にやってきます。人助けをしながらも自分が正しいと言い切れないでいるんですね。自身も「父の望むようになろうとやってきたが幻想だった」と言います。これまた、それは果たして正義なのか?ってことなんですよ。しかもルーサーの策略で議会は大爆発し(ピーチティーのくだりはサスペンス!)、それを見抜けなかったことを悔やんでさらに罪の意識に苛まれてしまう。あるべき姿を見失って行方をくらましてしまいます。

そんなクラークに母マーサは「みんなのヒーローになりなさい」と指針を示し、父ジョナサンは水害をせき止めた結果隣の農場が流された話をして「すべてを救えるわけではない」という限界を諭します。父の姿が幻か天啓か心の声かはよく分かりませんがそれはまあいいでしょう。要するに人々を助けることは正義だと再度認識することで復活するわけですね。それでもバットマンと戦うはめになるのは、根底に「愛する者を救う」というのがあるからで、矛盾はしてません。バットマンが話を聞かないから「キーッ」ってなっちゃったんですよ。まだまだですな!(何様)

それでもスーパーマンはその力ゆえに常に神性が付いて回ります。洪水の屋根の上で見上げた女性の先で、宙に浮くスーパーマン。死者の日のメキシコで火事から少女を救い出したスーパーマンに群がり手を伸ばす人々。宗教画のようなショットはあからさまに神性を表しています。アルフレッドは天から来た男を神と呼び、ルーサーは最初は悪魔と呼んでいたのに後半は「神がひざまずいた」と言う。クリプトナイトのスピアは神を貫くロンギヌスの槍。死んだあとマントに包まれて降ろされる姿は磔台から降ろされるキリストのよう。

そんな神に対し戦いを挑むバットマンはあくまで人間であり、絶対的な力に対し知恵と策略を巡らせて勝負を挑む様は非力な人間の象徴にも見えてきます。クリプトナイトで力を奪って吹き抜けの下へ、文字通り神を天から地へ落とす。そんなバットマンに神殺しを思い止まらせるのが母の名前が同じマーサだからだというのは、そんなことで止めるの?となりそうですが、その名を聞いて狼狽し躊躇するカットがあって、そこで色々と理解したからだと思うんですよ。スーパーマンが話そうとしていたこと、自分達が戦う理由などないこと、自分がバットマンになったきっかけ。そしてスーパーマンが神でも悪魔でもなく、母を守りたいという一人の息子であること。今度は"マーサ"を救えるかもしれないこと。引いては悪党を粛清するだけが正義ではないこと。バットマンの正義もここに復活となるわけです。

ちなみに僕は、冒頭から何度もマーサという名が出てくるにも関わらず、二人の母が同じ名前だということに気付きませんでした……いいんだ、そのぶんブルースと同じくらい驚いたから。


■不満と謎

不満もありますよ。せっかくのおニューなバットモービル、バットウィングがほとんどまともに映らないのはもったいない!バットモービルによる闇の中のカーチェイスも暗すぎてよく分からずいまいちでした。

あとルーサーの計画と行動原理が分かりにくいんですよ。スーパーマンが邪魔だから陥れて社会的評価を下げた上でクリプトナイトで倒す→クリプトナイトを奪われたので代わりにバットマンに倒させる→ダメでもドゥームズデイに倒させる、だったんですかね?そもそもなぜスーパーマンが邪魔なのか、倒せたとしてドゥームズデイはどうするつもりだったのかは不明。あとルーサーはなぜクラーク・ケントを知っていたのか(宇宙船のアーカイブにあった?)、最後いつのまに捕まったのか。ジェシーのルーサーが良かっただけにちょっと残念。

そしてブルースの悪夢シーンですね。さすがにあれはどこ?何してんの?って感じで調べるまでさっぱり分かりませんでした。そして突如現れて「早すぎた!」とセルフツッコミをして消える謎の男。アメコミ詳しい人ならピンとくるのかもですが、誰?ロビン?とポカーンとしてしまいましたよ。あれは時間を越えて未来から来たフラッシュだそうです。わかるか!!この置いてきぼり感は凄い。でも嫌いじゃないよ。

ロイスがルーサーにビルから落とされたとき駆け付けるスーパーマン、クリストファー・リーブの1作目の『スーパーマン』でロイスと二人飛ぶシーンを思い出して良いんですけど、なぜ落ちたのが分かったのか。母が捕まってる場所は分からないのに、ロイスが水中に閉じ込められてドンドン叩く音にはなぜ気付くのか。クラークのロイス・レーン・センサーが敏感すぎて笑います。あと風呂入るときはせめて靴は脱ごうな?


■なし崩しのクライマックス

人間と神の戦いが終わったと思ったら、今度は神と悪魔の戦いが始まります。ドゥームズデイの造形は『ロード・オブ・ザ・リング』のトロールみたいで新鮮味に欠けますが、コミックでの姿があんな感じだからまあしょうがない。ドゥームズデイが核攻撃でも全然平気というのがマジか!って感じですが、死にかけながらも太陽のエネルギーで甦るスーパーマンもマジか!って感じなのであおいこです。なんだおあいこって。

ここで満を持してワーダーウーマン登場!んもう「待ってました!」ですよ。いきなりドンドコドンドコと景気のいい音楽に笑いながらもアガります。ここの音楽はハンス・ジマーではなくもう一人の音楽担当、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』のジャンキーXLでしょう、ツェッペリンの「移民の歌」をスピーディーにしたようで最高。タイトルロールのはずの二人が突然脇に従えた手下のようになるのも致し方なし!ワンダーウーマンの頼もしい姿に安心したか、必死の形相だったBとSも「お前の連れだろ」とコントをかます余裕さえ見せます。

シリアスにケンカしてたのとはいきなり作品のトーンが変わり、なし崩しに始まる怒濤のバトルには苦笑いもなくはないです。でもねー、この大盤振る舞いなクライマックス、強引ではあるんですけど僕はケレンとして受け入れてしまいました。スーパーマンが全力で戦えるし、ワンダーウーマンの強さも見せることができるし。バットマンは逃げてばかりという声も聞きますが、あんな化け物同士の戦いのなかで、ただの人間なのにドゥームズデイをおびき寄せたり時間稼いだりするの、もの凄い勇気ですよ。そりゃバットマンだってビビりますよ、人間だもの。ドゥームズデイと戦う二人を離れた場所のバットマン目線で映すシーンがありますが、あのバトルフィールドはどう見ても異次元だもの。僕なんぞがあの場にいたらドゥームズデイの鼻息で吹き飛んで即死ですよ。つまりバットマンすげー!なわけです。


■ジャスティスは誕生したのか

ドゥームズデイと相討ちになり息絶えるスーパーマン。ずっと眉間にシワを寄せていた彼は、成すべきことを成し遂げて死後の表情は穏やかです。ブルースは「希望の光を失った」と言いますが、代わりに彼が新たな希望を引き継ぐ決意に繋がります。それはコウモリの群れのなか、見上げた頭上に見えた光を再び求めること。国葬でアメリカの偉人となったスーパーマンの墓に集まる人々には「周りを見ろ」のメッセージを、スーパーマンの残した正義を見ろと促す。そして焼き印を使うという「押し付けの正義」に別れを告げます。

鋼鉄の男が失われた不安を煽るかのようにルーサーが言う「奴が来る」とは誰のことなのか、これは次回以降の敵のことなのでしょう。ラストでルーサーの天使と悪魔の絵が逆さになっていることから、宇宙から悪魔のような侵略者がやって来るのでしょうか。しかしその絵の悪魔の下には天使がおり、地から甦るスーパーマンを表していると思われます。最後に棺にかけられた土が微かに宙に浮くのは『マン・オブ・スティール』でスーパーマンが初めて飛び上がるときと同じ現象なのです。

それぞれが囚われていた正義の、根本に共通する正義を見つけたバットマンとスーパーマン。加えて百年ぶりに人の世と関わることを決意したワンダーウーマン。そして音速で強盗を倒すフラッシュ(この普通のあんちゃん感!)、海の底で眼光を光らせるアクアマン(髪の揺らめきが蛸の足っぽい)、誕生途中のサイボーグ(『ロボコップ』を思い出す)。原題の『Dawn of Justice』は直訳すれば「正義の夜明け」ですが、このまさかのジャスティス・リーグの面子登場を見れば、邦題は「ジャスティスの誕生」でなければならなかったわけです。はい、誕生しましたね!!一気に事を進める性急さが心配にもなりますが、そんな勢い重視なところが緻密なマーベル・シネマティック・ユニバースとの差別化にもなってるし、今後も楽しみなDCEU。でも頼むから……グリーンランタンも出しておくれ……。

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