2016
03.15

希望の萌芽。『サウルの息子』感想。

Saul_fia
Saul fia / 2015年 ハンガリー / 監督:ネメシュ・ラースロー

あらすじ
ラビ=ユダヤ教の聖職者 です。



1944年、アウシュビッツでユダヤ人のサウルが従事する仕事は、ナチスの命で同胞のユダヤ人の死体処理を行う特殊部隊ゾンダーコマンドだった。ある日ガス室で生き残りながら始末された少年を、サウルは自分の息子だと言って手厚く葬ろうとするが……。収容所で行われていたユダヤ人大量虐殺の実態を描くハンガリー映画。2015年の第68回カンヌ国際映画祭グランプリ、第88回アカデミー賞外国語映画賞を受賞。

アウシュビッツにおけるユダヤ人大虐殺を背景に、そこで働く一人の男を描いた作品。誰もが言及せずにいられないだろうというのがその異質な映像です。画面は約4:3のスタンダードサイズで狭く、全景は映されず、カメラは常に主人公のサウルに寄り添い周囲にピントが合うことが少ない。そのため閉塞感が凄くて、とにかく息苦しいんですね。その代わりに叫び声、泣き声、銃声、機械音と音による煽りが凄まじくて、「見えないこと」と相まって嫌でも想像力が働きます。これが思った以上に臨場感を増していてちょっと驚くほど。

ガス室で死んだユダヤ人の遺体はまとめて火葬されるんですが、ユダヤ教では遺体を燃やすと復活できないとされるため、サウルは息子の遺体を葬るためにひたすらラビを探します。ただでさえ異常な周囲の状況を無視して「息子」の遺体に固執するサウルの行動はさらに異常ですが、乱雑に積み重ねられた死体を「部品」と呼び、それこそ物のように運搬するゾンダーコマンドたちを見ていると、サウルが狂気に走るのも納得できてしまいます。周囲にピントが合わないのも「見たくない」というサウルの心情の表れなのかもしれません。しかし最後まで観ると、本当にサウルの行動は狂気なんだろうか?とも思うのです。

歴史上の事実という知識としてはあっても、それがどれだけ凄惨を極めるものだったか、そこにいた人々がどう生き、どう死んでいったか。それをハッキリ映さないことで明確に示すという逆説的手法により、ホロコーストを体感させる。凄まじい作品です。

↓以下、ネタバレ含む。








アバンタイトルだけでも壮絶。大量のユダヤ人を引き連れ広い部屋に導くサウルたちゾンダーコマンド。仕事を与えると言われた人々は男女関係なく服を脱がされ、シャワーを浴びると言われて別室に連れていかれます。しかし戸を閉めた直後に衣類をかき集め始めるゾンダーコマンドたちを見て「あっ」と気付くんですよ。あの人たちはもう脱いだ服を着ることはないんだと。ガス室から聞こえる悲鳴、ガンガン戸を叩き続ける音。これをただひたすら耐えて聞き続けなければならない。地獄です。

サウルは息子を葬るためにラビを探し続けます。しかし噂を聞いてラビに会いに行きながら結果死なせてしまったり、「ここは生者の場所だ」と言われても遺体を寝所に隠したり、武装蜂起に必要な爆薬を取りに行きながらそれを落としたりと、周囲を顧みない行動は常軌を逸しています。問題は仲間の一人が「お前に子供はいない」と言うこと。これが本当なら、自分の子ではないのに息子と言い張っているということになります。実際に息子なのか、「妻との子ではない」と言うのが正しいのかは最後まで分かりません。途中で妻らしき女性も出てきますが、それでも息子のほうにこだわる。なぜそこまでこだわるのか。あるいは本当に息子だったからなのか。でもサウルが息子にこだわり始めるのは、あの子が目の前で殺された後なのです。

同胞をガス室へ送らなければならなかったという今までの罪滅ぼしの意味はあったかもしれません。ただ、死者を物として扱うのではなく、尊厳ある死を与えることで何かを示したかったのかもしれない。絶望的な場所で淡々と仕事をこなし、そのうち自分達も殺されるというゾンダーコマンドの世界、そこは一応は生者の世界ながら、死者の世界との境界は曖昧です。執拗なまでに「息子」にこだわるサウルはその境界をハッキリさせたいのかもしれません。曖昧にボカした映像とは対照的に。

ラストに少年が立っている姿を見てサウルは初めて笑みを見せます。息子を葬ることで生死の境界をハッキリさせようとしたサウルには、死んだ息子が目の前に生きて現れた(ように見える)ことは、境界のこちら側、生の世界の肯定であり、希望です。ここでついにカメラはサウルから離れ、その少年を追っていく。銃声を聞き、その意味を知った少年が、これから作る新たな未来にその希望を託すかのように。同時にそれは観ている我々に、つまり今を生きる者たちに託された希望でもあろうと思うのです。

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