2016
03.08

騙し合う8人の世界。『ヘイトフル・エイト』感想。

The_Hateful_Eight
The Hateful Eight / 2015年 アメリカ / 監督:クエンティン・タランティーノ

あらすじ
シチューうまそう派です。



南北戦争後のアメリカ、大雪のため山小屋に閉じ込められたワケありの男女8人。そこで起こる殺人事件をきっかけに、彼らの意外な素顔が明らかになっていく。『イングロリアス・バスターズ』『ジャンゴ 繋がれざる者』などのクエンティン・タランティーノ監督の長編第8作目、音楽のエンニオ・モリコーネは第88回アカデミー賞で作曲賞を受賞と「8」尽くしの密室西部劇。

タランティーノ最新作です。一時期脚本が流出したために「作らない!」とか言ってましたが無事完成。完成してよかった、と思わずにいられない面白さです。雪の広野を馬車で行く賞金稼ぎ二人、賞金首、保安官の4人。やがて吹雪を避けるために立ち寄ったミニーの服飾店にいる4人の男。この8人が長い一夜を過ごすことになります。ベースは西部劇、展開はミステリー、舞台はワンシチュエーションと軽々とジャンルをまたぐ語り口。また、一見本筋とは関係なさそうな会話の応酬は、説明ではなく人間性を映すものとして成り立っています。ワクワクさせる章仕立ての構成、18禁であるのも納得のグロとモロ、そして映画的快楽。タランティーノらしさを自らアップデートしたかのような完成度で、まさにヘイトフルな人物たちの一進一退に驚きながらも小気味良さを感じます。特に展開が予想できない後半のブッ飛び方にはシビれまくり。モリコーネの音楽も実に良いです。

キャストはタランティーノ作品ではお馴染みの面子が揃い踏み。悶絶姿が最高なウォーレン役のサミュエル・L・ジャクソン、馬車で頬杖つく顔がキュート。「ゲボァ!」が最高なジョン・ルース役のカート・ラッセル、血まみれ笑顔が最高なデイジー役のジェニファー・ジェイソン・リーの手錠コンビもイイ。滲み出るゲスさが最高なマニックス役のウォルトン・ゴギンズは『エージェント・ウルトラ』でも強烈でした。他にも長髪振り乱すマイケル・マドセンに、久しぶり!なティム・ロス(一瞬ヴァルツかと思ったゴメン)、『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』のブルース・ダーンなど役者陣の魅力が凄まじいです。そしてあの人の登場には驚く&笑います。「ウィ」じゃねーよ(爆笑)。ちなみに美術は『キル・ビル』でもタラ作品に参加した、三谷作品や『思い出のマーニー』などの種田陽平氏。

168分の上映時間には思ったよりは長さを感じなかったけど、さすがにもう少し短くてもいいかな、とは思います。思いますが、ではどこを削る?と聞かれると非常に困るんですよ。やはり必要な長さということになるんでしょうね。尿意に耐えるために事前の水分摂取は控えめがよろしいかと。最後にあんな着地をキメるのがもうたまりません。

↓以下、ネタバレ含む。








登場人物たちの人となりは止めどない会話によって浮かび上がります。ジョン・ルースはデイジーに指摘されるようにあまり頭はよくないのかもなーとか、ウォーレンが将軍の息子への仕打ちを嬉々として語る場面で最強のクソ野郎だと分かるとか、デイジーを助けようとする3人は会話で油断させて容赦なく殺す悪党であるなど。冗長に感じる台詞は無駄なようでいて各人の性格や背景、駆け引きを表しており、無駄会話になっていないところが今までのタランティーノとはひと味違います。

もちろん映画的快楽も忘れていません。ウォーレンが毒入りコーヒーの謎を解いていくミステリー展開は、ミニーがメキシコ人嫌いという後出しはあるものの興奮するし、二丁拳銃でボブの頭を吹っ飛ばしたりようやく地下から出て来た彼が脳みそパーンてなったりのグロ描写もあるし、股間を撃たれたサミュエルの「ン゙ア゙ア゙ア゙ァ~~ッ!」って叫び方は最高だし、血ヘドをぶちまけられながら大笑いするデイジーの凄惨な姿も凄い(あと手鼻が上手い)。飲みたくなるようなそうでもないようなコーヒーやシチューの描き方が絶妙だったり、ピアノやギターの使い方も効果的です。不満を挙げるとしたら、デイジー弟の人はオープニングで名前出さないでくれてればもっと驚いたんですけどね。

ウォーレンは最初こそ黒人呼ばわりされる差別的な扱いで、リンカーンの手紙の嘘も自分の身を守るための方便でした。しかし実際は南北戦争で白人を殺しまくって出奔した極悪人。逆にマニックスは南軍の将軍の息子として白人を殺しまくりながら、ちゃっかり保安官の立場を得た男です。デイジーは殺人犯でありギャング団の一員、その彼女を救おうとするジョー、オズワルド、ボブは、デイジーの弟と共に陽気で親切なミニーたちを皆殺し。スミザーズ将軍はそれを知りながら我関せずで見ないふり。平然とゲスな行いをする彼らに比べれば、ジョン・ルースはまだ善良な方です。手紙には素直に感動するし、デイジーには飲み物取ってやったりとたまに優しいし。でも容赦なくデイジーを殴るんですね(デイジーが余計な一言を言っちゃうのもありますが)。

そんな奴等が駆け引きする山小屋は、言ってみれば差別社会の縮図です。奴隷制度の名残があり、南北戦争が尾を引いていて、手錠で繋がれた女性が平気で殴られる。また同時に、人間の身勝手さを凝縮した世界でもあります。ウソで固め、ハッタリをかまし、皆が自分の都合を優先する。賞金のためではなく自分が死ぬところだったからという理由で女を吊るす。御者のO.B.やミニーたちのように他者のために動く者はバカを見る(だからこの人たちはヘイトフルな奴には数えられていない)。山小屋は舞台的にも物語的にも閉じた一つの世界であり、何度も戸に打ち付ける板で外界と断絶することからもそれは伺えます。

しかし結末は、そんな差別者やエゴイストは皆揃って死に至ります。ウォーレンなどはスミザーズ息子を凌辱したその股間を撃たれるおまけ付き。しかも正義とは何かと問いかけつつ、最後にはリンカーンそのもののような手紙を読み上げて、あろうことか友愛を説いて終わる。それを書いたのがウォーレンであるという皮肉な視点はあるものの、皆が無様に死んでいくなかでの慈愛に満ちた言葉には思いがけない感動さえ覚えます。

思えば冒頭は大地を見下ろす木彫りのキリスト像から始まるわけですが、ひょっとするとこれは敢えてクズばかりを登場させてその罪を暴き、罰を与えることで、逆説的に人間に対する愛、アガペーを示す話になっているのかもしれません。これはタランティーノ作品の中でも最も壮大なテーマを示していると言ってもいいんじゃないでしょうか。――まあそんな小難しいことを考えなくても「面白かった!」で済むのがまたいいところなんですけどね。

スポンサーサイト
トラックバックURL
http://cinemaisland.blog77.fc2.com/tb.php/1039-fb56481f
トラックバック
back-to-top