2016
03.04

変える世界、変わらぬ信念。『スティーブ・ジョブズ』感想。

Steve_Jobs
Steve Jobs / 2015年 アメリカ / 監督:ダニー・ボイル

あらすじ
ビル・ゲイツは出ません。



アップル社の共同設立者スティーブ・ジョブズの波乱に満ちた人生を、象徴的な三つの発表会を舞台として垣間見るヒューマン・ドラマ。伝記作家ウォルター・アイザックソンのベストセラー『スティーブ・ジョブズ』を元に、脚本は『ソーシャル・ネットワーク』のアーロン・ソーキン、監督は『スラムドッグ$ミリオネア』のダニー・ボイルというアカデミー賞コンビで映画化。

84年のMacintosh、88年のNeXT Cube、98年のiMacという三度の新製品発表会の直前の時間だけで綴られる、という構成が実に面白いです。発表会自体は映さないし、ジョブズの生い立ちを追うわけでもない。しかも三回とも出てくる人はほぼ同じだし、会話の内容も似ている。でもこれが同じように見えて違うんですね。会話劇と言ってもいいほどの言葉の応酬が怒涛の奔流となって襲いかかり、華やかなステージの裏はトラブルだらけの修羅場と化す、そんな中にジョブズという男の人となり、人間関係、微妙な変化、それでも変わらない思いをぎゅう詰めにしつつ、軽やかに描いていきます。

ジョブズ役はマイケル・ファスベンダー。見た目はそれほどジョブズには似てませんが、そこはクールガイからサイコパスまで演じるファスだけにジョブズにしか見えなくなってきます。夢見るように語る表情と人を見下す態度をシームレスに切り替える、というか同居させるのがさすが。「こいつは何を言ってるんだ」という顔が尊大かつ非人間的でいいですねー。そんなジョブズと周囲の関係性もスリリング。ジョブズの公私のパートナーであるジョアンナ役にケイト・ウィンスレット、盟友でありながら壁を壊せないウォズ役にコメディ演技を封印したセス・ローゲン、スカリー役に『オデッセイ』でも存在感を出してたジェフ・ダニエルズといった脇もいい味。『プリデスティネーション』のサラ・スヌークや『インヒアレント・ヴァイス』のキャサリン・ウォーターストンが出てるのも個人的に嬉しい。

実話を元に(正確にはインタビューを中心とした原作を元に)してはいますが、伝記物の堅苦しさではなく人間ドラマの面白さで魅せてくれます。2013年にアシュトン・カッチャー主演でも『スティーブ・ジョブズ』が作られていますが、そちらは未見。ただ、以前『バトル・オブ・シリコンバレー』というドラマを観て、ジョブズもゲイツも天才かもしれないけど根はクズ、という認識はあったのですんなり入れました。時代を映す音楽やビビッドな色使いの映像がクール、しかし人間同士の関係はホットです。世界を変えようとしながら、世界と交わろうとはしない男の物語。

↓以下、ネタバレ含む。








正直スティーブ・ジョブズって何した人?っていうのがよく分からないですよね。劇中でも技術者ではないと言われるし、経営者としては問題ありそうだし、挙げ句自ら立ち上げたアップル社から解雇されたりする。彼の人物を詳しく知るには原作を読んだ方がいいんでしょうが(と言いつつ未読なので本作のみの印象で語りますが)、要するにビジョンを持った人なわけですね。誰もがコンピュータを持つ時代が来ると予見し、そのビジョンに向かって一切の妥協を許さず、スタッフを使ってビジョンを具現化し、世界に知らしめることこそが悦びであり使命。これは1幕目で技術者のアンディに「喋らせろ」の一点張りなところからも伺えます。そしてこのビジョナリーであるという点では最後までブレることがない。だから臨機応変に手段を変える技術者ではなく、頭の中のイメージを形にする芸術家という描き方は非常にしっくりきます(あくまで劇中のジョブズは、という限定ですが)。

1幕目のマックの発表会では、そんなジョブズの独断専行な姿がかなり印象付けられます。ウォズが頼むアップルⅡチームへの謝辞を一蹴し、クリスアンに対してはうんざりした顔を見せ、娘のリサには子供がコンピュータを使える点でのみ興味を示す。締めの言葉が「金は払う」だという見事なクズっぷり。それとは逆に、ステージ上ではリドリー・スコットが監督した(!)マックの幻のCMが流れたりと華やか。この辺りの対比は面白いです。

2幕目はそれから5年後のNeXT CUBEの発表会ですが、これまた胡散臭い(実際はNEXTのOSは後の「Mac OS X」となっていくわけですが)。この胡散臭さに引きずられるように、同じような会話を繰り広げる登場人物たちも僅かにきな臭い変化を見せてきます。クズさによって遂にアップルを解雇されたジョブズ、いまだアップルⅡの成果を認めさせようとするウォズ、病気なのだと言い張るクリスアン、物事が分かってきた娘サラ。そしてジョブズをクビにして作ったNewton(懐かしのPDA)で伸び悩むスカリー。スカリーとの会話は言い争いに発展し、そこに過去の解雇シーンを交互に挟み込む。このカットバックの入れ方は現在と過去を自在に行き来してて面白いです。転んでもただでは起きないジョブズの老獪さが際立つと同時に、ユーザがカスタマイズできないCubeの仕様に芸術家的なこだわりが見られます。

3幕目はそこからさらに10年。ジョブズのアップル復帰をニュース映像が口々に叫ぶことで劇的に盛り上げてのiMac発表会。思えばそれまでのPCの常識を覆すデザイン性と操作性を持つiMacは本当に革命でしたよ。Windowsしか使ってなかった当時の僕もかなり惹かれたくらいですからね。それはともかくステージの準備は珍しく順調。でも自分のこだわりについては変わらないままで、ウォズのアップルⅡ謝辞要請は最後まで突っぱねる。信念があるからここまで来たとは言えるでしょう。しかしここに来て変わったのが人との関係です。それまで振り回すばかりだったジョアンナに強気に諭され、他者との会話を試みます。2幕目までとは逆にジョブズが眼鏡をかけてジョアンナが眼鏡を外しているのも象徴的。

そして険悪だったスカリーとの和解。熱意に満ちた若い頃のカットバックを織り混ぜるのも効いてます。はっきり嫌いだと言われるのがむしろスッキリするアンディとの関係。さらに娘のリサとの関係修復。リサについては突然父性に目覚めたようにも見えますが、これまで金を出すだけの役割だったのを実はアンディがリサの学費を出していたと聞き、金以外の面で向き合わざるを得なくなったとも言えます。そして幼かったリサがマックで描いた絵をずっと持っていたという事実。父親の自覚はなくともどこかで引っ掛かるものがあったと示し、ジョブズを孤高の天才から心を持つ人間に少しだけ引き下ろします。

3幕構成を見事に組み立てた脚本、まるで舞台劇のようながら映画的な快楽にも満ちた演出。最後はiPodへの布石まで入れてくる。一人の人物の伝説をある意味換骨奪胎して非常によく出来た物語に再構成した手腕に唸ります。

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